しい渦巻をつくって流れています。この荒潮は、帆村探偵の生死をたしかに知っているはずでありますが、残念にも口をきくことができません。
ところが、その帆村探偵は、しばらくしてはっと我にかえりました。気がついて見ると、いつの間にか、呼吸がたいへん楽になっていました。そして目をあけて見ますと、自分は岩のうえにながながと寝そべっているではありませんか。彼は夢を見ているような気がしました。
「怪博士は?」
彼は、がばとはねおきました。そしてあたりを見まわしたのでありますが、どうもさっきとは様子がちがっています。
一道の光が、眩《まぶ》しくさしこんでいまして、さっきの洞穴とはくらべものにならぬほど明かるい気分にみちています。
足元には、白い泡をうかべた荒潮が、或《あるい》は高く、或は低く満ち引きしています。そして海鳴《うみなり》のような音さえ聞えるのです。
3
帆村探偵は、奇蹟的に一まず危難をのがれたことを知りました。
殺人光線灯をかけられようとした途端《とたん》、彼はこんなものにうたれて体を焼かれるよりはとおもい、おもいきって海中に自ら身をなげたのであります。
ところが、体はそのままはげしい渦巻にまきこまれてしまい、彼も気をうしないましたが、その間に彼の体は海底をくぐって、岩の下をくぐりぬけ、そしてまた別のこの明かるい洞窟のなかに浮かび出たのです。そこはどうやら海からすぐ入りこんだ洞門らしいのです。
おそらく彼の体は、海中へ注ぐ潮に流されていくうち、狭くなった水路のところに出ている岩のうえに押しあげられたものでありましょう。どこまでも運のいい帆村探偵でありました。
こうして一命は助りましたが、荒潮にもまれ流れているうちに、彼の体は幾度となくかたい岩にぶつかったため、全身はずきずきとはげしい痛みに襲われ、どうしても立ちあがることができません。残念ですが、しばらくなおるのを待つこととし、そのまま岩の上に長く寝そべっていました。すると、いろいろなことが思いだされてきました。
(小浜兵曹長はどうしたかなあ)
彼は、兵曹長の身の上が心配になってきました。
(あの大利根博士という人物は、一体ほんとうの大利根博士なのだろうか。怪塔王みたいな声に聞えたが、あれはどうしたわけだろうか)
なにもかも不思議というより外はありませんでした。
(しかし世の中に、どんな不思議があるといっても、解けない不思議というものがあろうはずはないのだ。頭をはたらかせさえすれば、その不思議は必ず解けるにちがいないのだ!)
帆村のこの元気を、神様もよろこばれたのか、そのとき帆村の頭に、なにかぐにゃりとしたものが、ぶっつかりました。
4
洞門の巌《いわお》のうえ、帆村荘六の頭に、ぽかりとあたったものは何であったでしょうか。
それはぐにゃりと、きみのわるい手ざわりのものでした。取上げてみて、帆村はびっくり。
「やっ、これは!」
と、おもわずおどろきの声をあげたのも、むりではありませんでした。帆村のひろったそのぐにゃりとしたものは、やわらかい上質のゴムでつくったマスクでありました。怪塔王が、よく使っているマスクだったのです。
「たいへんなものが見つかった!」
帆村は、そのマスクを光のさしこむ方にかざして、その面をあらためてみましたが、
「ややっ、これは怪塔王の素顔!」
と、またまたおどろきの声をあげました。なんというふしぎでしょうか、帆村が手にしているマスクは、怪塔王の素顔――とおもっていた例の西洋人の顔だったのです。それは鼻の低い、頬ぼねのつっぱった汐吹《しおふき》の顔ではありません。その汐吹のマスクをとったあとに現れた西洋人の顔! 今の今まで、それは怪塔王の素顔だとばかり思っていましたのに、帆村が拾ったマスクは、ふしぎにもその西洋人の顔だったではありませんか。
「なんというふしぎだ。これが怪塔王の素顔でないとしたら、一体怪塔王のほんとうの素顔は、どんなのであろうか?」
帆村は一時、頭のなかがみだれて、ぼんやりとしていました。しばらくたって、彼はやっとおそろしい事実に気がついたのです。
「そうだ、わかったぞ。怪塔王のほんとうの素顔というのは――」と、その先をいうのがおそろしくて、帆村はおもわずここでつばをのみこみましたが、
「――ほんとうの素顔というのは、あの大利根博士なのだ。大利根博士が、いくつものマスクをつけて、怪塔王になりきっていたのだ。では、あの憎むべき怪塔王の正体は、意外にも大利根博士だったのだ」
5
意外も意外です。
怪塔王の正体をあらってみれば、大利根博士だということになりました。
帆村探偵は、理屈のうえではたしかにそうなるから間違《まちがい》ないと信じながらも、あまりに事の意外なのに、夢ではないかと、いくたびも考えなおさずにはいられませんでした。
「いや、間違なく、大利根博士が怪塔王だったのだ!」
帆村は、はっきり自分にいいきかせました。それにちがいないのです。
ただ、この上のふしぎは国宝的科学者ともいわれているあの大利根博士が、仮面をむけば、なぜあのように憎むべき怪塔王であったかという謎です。それこそは、どうしても解かねばならぬ大きな謎でありました。おそろしい怪塔王の仕業《しわざ》も、みなその謎の中に一しょに秘められているのにちがいありません。なぜ? なぜ? なぜ?
帆村の勇気は百倍しました。わが海軍の機密を知りぬいている大利根博士が、あの怪塔王だとしたら、これは一刻もそのままゆるしておけないことです。ぜひとも怪塔王をとらえて、そして、なぜ怪塔王がそんなわるいことをするのか、その大きな謎をとかなければ、国防上これはたいへんなことになります。
怪塔王は一たん死んだものとおもわれましたが、ここにきて、残念ながらそれを取消さなければならなくなりました。
怪塔王は、まだ生きているのです。岩窟の中で見た大利根博士こそは、外ならぬ怪塔王の姿だったのです。ですから怪塔王は、ただ生きているどころのさわぎではなく、あの岩窟を出て、なにかまた悪いたくらみをしようとしていたのにちがいありません。
大利根博士の姿をした怪塔王は、いまどこでなにをしているのでしょうか。
「こうしてはいられない!」
帆村は、潮鳴る洞門のかなたを、きっとみつめました。
ああ上官
1
さてお話は、小浜兵曹長のうえにうつります。兵曹長は、帆村とわかれ、怪塔ロケットへむかいました。黒人たちは、もうすっかりおとなしくなっています。主人のなくなった黒人たちは、まるで虎が猫になったようなものでありました。
兵曹長は、殺人光線灯を身がまえながら、怪塔の無電室にはいっていきました。そして、さっそく、秘密艦隊をよびだしたのでありました。
「塩田大尉にねがいます。こちらは白骨島において小浜兵曹長です」
そういって、無線電話をもって、しきりによびかけました。
艦隊は、そのとき空と海面との両方から、まだ空中にのこっている敵のロケットやら、また海面におちながら、まだ降参しないでうってくる敵の生き残りの者どもと、しきりに戦闘中でありました。
もちろんこの戦闘は、秘密艦隊の勝となった模様です。しかし、空中に残る一台のロケットがなかなか降参いたしません。それは敵の隊長がたいへん抵抗するためでありました。この最後の一台のロケットが、どういうものかなかなかつよいのです。いささか手をやいているとき、小浜兵曹長からの無電がはいり、軍艦六甲の艦橋にいた塩田大尉がマイクロフォンの前にでました。
「おお、小浜兵曹長か。こちらは塩田大尉だ。お前はよく生きていたな。おれはたいへんうれしいぞ」
と、まず大尉は、部下の無事をよろこびました。こっちは小浜兵曹長です。上官の声をきいて、どんなに気がつよくなったかわかりません。
「ああ塩田大尉、私も上官のお声を耳にしてどんなにか嬉しゅうございましょう」といいましたが、とたんにおもわず胸のなかが一ぱいになりました。
2
塩田大尉と小浜兵曹長の無線電話は、つづきます。――
「塩田大尉、私と帆村探偵とは、首尾よく怪塔王をやっつけてしまいましたから、どうかごあんしんねがいます」
と、小浜兵曹長は報告しましたが、それは小浜のおもいちがいで、怪塔王はやっつけられもせず、あいかわらず生きてあばれているのでありました。帆村と怪塔王との出くわしについては、なにも知らぬ小浜兵曹長です。そういうぐあいに報告するのも、むりではありません。
「そちらの戦闘の様子はどんな風でありますか」
これにたいして、塩田大尉は、敵の大敗北であることを報告したうえ、まだあと一台の敵ロケットがしきりに抵抗していることをつたえました。
「――われわれは、その一台をおとすまでは大いにがんばって闘うつもりだ。そのうえで、白骨島へ突入する考えだ、そこは怪塔王の根拠地だからな」
「あっ、こっちへ来られますか。それはますますうれしいです。まったくこの白骨島は、いかにも怪塔王の巣らしく、たくさんの謎にみたされており、そしてまた、いろいろの武器もあるようですよ」
そういって兵曹長は、いままでに見たり聞いたりしたことを、いろいろとならべました。それが秘密艦隊にとって、どんないい報告だったかいうまでもありません。艦隊では、いよいよ白骨島を一番おしまいの目的地として、すすむことになりました。
そうなると、いまのうちに早く、敵のロケットをうちおとさねばなりません。空からは飛行機隊が、海面からは艦艇が、力をあわせて最後のロケットめがけて攻めかけました。
このロケットは、磁力砲の役に立たなくなったことをはやくも察して、いまは逃げる一方です。ロケットの尾部から、黒いガスを出して煙幕をはり、逃げること、その逃げること。
3
いま、どっちも、鬼ごっこをしています。
磁力砲も機関銃もうたず、もっぱらロケットは逃げることに一生けんめいですし、秘密艦隊の方では、それに追いつくことで一生けんめいです。
そうこうするうちに、このおそろしい鬼ごっこはだんだんと白骨島に近づいてきました。塩田大尉はそれを小浜兵曹長のところへ、さかんに知らせてきます。それを聞いていた小浜兵曹長は、こちらもなんとかしてこの怪塔ロケットをとばせて、むこうから逃げてくる敵の隊長ロケットをむかえうちたいとおもいました。
兵曹長は、黒人のところへやってきて、
「まだこの怪塔ロケットは、うごかないか」
と、聞きました。
「いや、なかなかうごきません。こんなに壊れているのですから、考えてもおわかりでしょうが、直るまでにはなかなかたいへんです」
黒人たちは、そういいました。それで早く直しにかかるのかとおもっていますと、そうでもありません。いやいやながら壊れたところを直しているといった様子が、手にとるように見えます。
これをみて兵曹長は、心中むっといたしました。この調子では、怪塔ロケットの直しができあがるのはいつのことやらわかりません。そこで考えた兵曹長は、黒人たちにむかい、
「お前たち、壊れたところを早く直した者には自由をあたえる。つまりお前たちの生まれた国へ、安全にかえしてやる」
「え?」と、黒人はおどろき顔です。「早く直した者は、奴隷《どれい》からゆるされるのですか。自由の身にして、かえしてくれるのですか。それはほんとうですか」
「そうだ、そのとおりだ」
それを聞くと、黒人たちは、たちまち別の人間のようになり、たがいに、ばたばたこちんこちんと、機械の修理にかかりました。
ロケットは、まもなく直るでしょう。
4
黒人たちが、われ勝《がち》にと、大さわぎをして怪塔ロケットのわるいところを直すことにかかっていたとき、怪塔の入口のところを、ぶらりとはいってきたのは、別人ならぬ大利根博士でありました。
「誰だろう?」
黒人たちは、目をぱちくりです。
大利根博士は、まったく知らぬ顔をして、階上の無電室へのぼっていこうとします。そ
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