帆村は、怪塔王の胸もとをつかんばかりの、はげしい剣幕でつめよった。
 怪塔王は、しばらく口をもごもごさせていたが、やがて決心したらしく、
「大利根博士の行方を、それほど知りたいか。ではやむを得ない。これから案内して、博士をお前たちに、ひきわたそう」
「えっ、博士を渡してくれるか。すると博士は、この島にいられるのか」
「うん、そうだ。この上の洞窟の中に、監禁してあるのだ」

     3

 大利根博士が、この島に監禁されているときいて、帆村探偵も、小浜兵曹長も、おどろいたり、またよろこんだりした。
「では、早く案内しろ」
 怪塔王の横には、帆村探偵がつきそい、そのうしろからは、小浜兵曹長が殺人光線灯をもってつき従った。万一、怪塔王が逃げようとすれば、すぐこの殺人光線灯をかけるつもりだった。
 怪塔王は、坂道をのぼると、例の洞窟の中へはいった。中はうすぐらく、その下には、あのおそるべき海底牢獄がある。
「怪塔王、貴様は博士を海底牢獄にほうりこんだな。ひどい奴だ」
「いや、海底牢獄ではない。この洞窟の中に、別に大きな部屋があるのだ。さあ、この岩のわれ目からはいっていくのだ。天井が低いから、頭をぶっつけないようにしたまえ」
「なに、頭をぶつけるなというのか」
 帆村と小浜は、ついその言葉に釣《つ》られて、はっと上を見た。そのとき二人の眼は、怪塔王の身体から放れて、真黒な岩天井にうつった。それこそ、すっかり怪塔王の思う壺にはまったのであった。博士を種に、二人はここまで引出されたのだ。
「えいっ」
 一声高く、怪塔王が叫ぶとみるや、彼の姿は岩のわれ目の中に消えた。
「あっ、逃げた!」
 帆村と兵曹長とは、すぐさまその後を追おうとしたが、そのとき二人は、岩のわれ目の向こうが深い谷になっているのに気がつき、はっと身を縮めた。
 ぎゃーっ。
 そのとき、谷底から、魂消《たまげ》るような悲鳴がきこえて来た。二人はそれは谷底におちて岩角に頭をうちつけたらしい怪塔王の最期の声であると知った。
「おお、あれは――」
「うん、怪塔王の自滅だ」
 帆村探偵と小浜兵曹長は、おもわず双方からよって、手と手をしっかり握りあわせた。

     4

 怪塔王は、ついに自滅したようです。
 帆村探偵と小浜兵曹長とは、この快報を一刻もはやく秘密艦隊へ知らせたいとおもいました。
 それを知らせるには、今のところただ一つの方法しかありません。それは目下故障のまま白骨島の砂上に「えんこ」をしている怪塔ロケット第一号の無電装置をつかうことでありました。なかなか忙しいことです。
 怪塔王のほろんだ岩窟を、そのまま後にするのは、たいへん心のこりでありました。なんだか、怪塔王がその辺から血まみれになって、匐上《はいあが》って来るような気がしてなりませんでした。
「どうしましょうかねえ、小浜さん」
 と帆村探偵は、心配そうに相談いたしますと、兵曹長は笑って、
「なあに、怪塔王がいくらつよいといっても、一旦《いったん》死んだ以上、ちっとも恐しくない。しかしそんなに気がかりなら、帆村君はしばらくここにいたまえ。その間に私は、ロケットの無電を使って、艦隊へ連絡してくる」
「あなた一人で大丈夫かしら」
「大丈夫だとも。第一、この殺人光線灯があれば、たとえ後に怪塔王の配下が幾千人のこっていようと、おそれることはありゃしない」
 兵曹長は、軍人らしく、きっぱりと申しましたので、帆村もついにその気になり、ここに二人はちょっと左右へ分れることになりました。
「では、小浜さん。艦隊への連絡は、頼みましたよ。そして用事がすみましたら、すぐにもう一度この岩窟へひきかえしてください。私はあくまで大利根博士をさがし出すつもりなんです。怪塔王のいったことが嘘《うそ》でなければ、博士はかならずこの岩窟のどこかに隠されているはずですから」
「よろしい。私も博士の行方をつきとめることには賛成だ」
 小浜兵曹長はそう言って、出かけました。


   新しい怪事



     1

 小浜兵曹長が、岩山を出て、ロケットの見える白骨島の平原の方へおりていきますと、さびしい洞窟のなかには、帆村探偵ただ一人となりました。
 このうすぐらい洞窟内は、けっして気持のよいところではありません。見えるのは岩ばかりでありましたが、なんだかそのほかに魔物でも棲《す》んでいるように思えてなりません。その魔物は岩のかげから、黄いろい眼を光らせながら、帆村の様子をそっと隙見しているような気がします。
(なぜこう気味がわるいのだろう。僕は急に臆病者になったのかしらん?)
 帆村は、岩の根に腰うちかけ、あたりをぐるぐる見まわしながら、自分の心にそんな質問をかけてみました。
 耳を澄まして聞いていますと、どーんどーんという音がします。どこか海水のうちよせてくる洞穴があるらしくおもわれます。帆村は、まだそのような洞穴の在所《ありか》を知りませんでした。
 ばさばさばさばさ。
 急に、はげしい羽ばたきが頭の上に聞えて、怪鳥がとびこんできました。
「おや」
 帆村は、びっくりして立ちあがりました。こんどは怪鳥がびっくりして、またばさばさばさと羽ばたきをして、向こうへにげていきました。
 怪鳥は、怪塔王が身をなげた岩の割れ目へとびこみましたが、しばらくすると、「けけけけ」と、聞くのもぞっとするような啼声《なきごえ》をたてて、また帆村のいる方へ、とびもどってまいりました。
(どうも様子が変だぞ。油断はできない)
 と、帆村ははっと身を起して、岩かげに身をひそめました。
 すると、どうでしょう。岩の割れ目が、ぼーっと明かるくなって来ました。なんだか向こうで火が燃えているようです。はてな?

     2

 岩の割れ目の向こうが明かるくなったのは、なぜでしょうか。
 帆村探偵は、岩かげに身をひそめ、目ばたきもせず、その方を見つめていました。
 すると、やがて岩の割れ目から、手提灯《てぢょうちん》が一つ現れました。それは、西洋の漁夫などがよく持っている魚油を燃やしてあかりを出すという古風な魚油灯でありました。
 その魚油灯は、一本の腕に支えられています。
 誰でしょうか?
 すると、こんどは一つの頭が、割れ目の向こうに現れました。帆村探偵は、息をこらして、なおもじっと監視していました。
 怪人物は、魚油灯を高くかかげて、岩窟のなかをしきりに照らしてみております。なかなか用心ぶかいやり方でありました。
 帆村はそのとき、魚油灯に照らしだされた怪人物の顔を、はっきり見ることができました。
「あっ――」
 なぜか帆村は、びっくりしました。岩をだいている彼の腕が、がたがたふるえるのが、自分にもわかったほどの驚きぶりです。
 それは、どうやら帆村の知っている人物であったと見えます。しかもすこぶる意外の人物であったらしいのです。それは一体、誰だったでありましょうか。
 怪人物は、岩窟内に誰もいないことをたしかめると、ついにその岩の割れ目から匐《は》いあがってまいりました。そしてなおもあたりに気をくばりながら、なにかしきりに考えごとをしているらしいのです。
 そのときです。帆村は岩かげからとびだしました。そして怪人物の前に、ぱっと躍《おど》りでたのです。
「おお、大利根博士!」
「えっ!」

     3

「大利根博士!」
 と声をかけられて、相手はびっくり仰天《ぎょうてん》しました。思わずたじたじと、体をうしろにひきましたが、あっあぶない! そこにはさきに怪塔王の墜落した岩の割れ目があります。
「だ、誰じゃな」
 博士は、しわがれた声で、口ごもりながらいいました。そして手をうしろへまわして、しきりに岩をさぐっています。逃路《みげみち》があれば、逃げるつもりとみえます。
「あははは、博士はご存じないかもしれませんが、僕は帆村荘六という探偵です。博士のお行方を心配して、ここまでやってきたものです。お見うけしたところ、僕たちの心配していたのとはちがって一まずご無事らしいのは、なによりうれしいことです」
 帆村は博士を見つけたうれしさに、じつはもう胸をわくわくさせていたのです。博士の手を握って、ありったけの喜びの言葉をのべたいとおもいました。なにしろわが国にとって国宝的な学者といわれる博士、そして十中八九まで死んだものと信ぜられていた博士を、ついにさがしだしたのですから、帆村の興奮するのも決して無理ではありません。しかし彼は、あまりに博士をおどろかせてもとおもい、飛びたつばかりのわれとわが心を、できるだけこらえている次第でありました。
「ああ、帆村探偵か。いつか、どこかで聞いたことのある名前じゃ。私をさがしに来てくれたとは、まことにありがたいことじゃ。しかし、いきなり前にとびだされたのにはおどろいたぞ。うふふふ」
 大利根博士は、やっと気がおちついたようであります。
「博士は、一体どうなすって、この白骨島へおいでになったのですか」
 帆村は、いままで気にかかっていたことをたずねました。
「な、なぜ、この白骨島へきたかと聞くのか。そ、それはじゃ、つまりそれは、あの憎むべきところの怪塔王の仕業じゃ」

     4

 岩窟内での、めずらしい対面!
 大利根博士とむかいあって、帆村探偵の胸はまだおどりつづけています。博士の説明によりますと、博士は怪塔王のため、ここへつれこまれたということです。
「それはずいぶんお苦しみのことだったでしょう。僕たちが見つけた以上は、身をもっておまもりします。ご安心ください」
 帆村は、博士をなぐさめるために、そういわないではいられませんでした。
「ああ、どうもありがとう。君たちに救われるとはなんという幸運だろう」
 博士は、ことばすくなにこたえました。
「大利根博士、僕はもうすこしで貴方《あなた》にとびかかるところでしたよ。なぜって、博士はさっき怪塔王のおちたその岩の割れ目から出てこられたものですから、僕はてっきり怪塔王が息をふきかえし、匐いだしたことと早合点したのです。ほんとにあぶないところでした」
「うん、こっちも驚いたよ。いきなり君に声をかけられたのでね」
 そこで帆村探偵は、言葉をあらため、
「博士、貴方は今までどこに起伏《おきふし》していらっしゃったのですか」
 と尋ねた。
「うん、それはその、何だよ。君も知っているだろうとおもうが、われわれが今立っているところの下に、海底牢獄がある。それは皆で五つ六つあるそうだが、その一つに押しこめられていたのだ。そこを何とかして逃げたいといろいろ計略をめぐらした結果、やっと今日は逃げだすことができたのだ。こんなにうれしいことはない」
「そうでしょうとも。お察しします。博士が無事だということが内地に知れわたると、皆びっくりすることでしょう。そしてどんなによろこぶかしれません」
 それを聞くと、博士はほっとため息をついて、うなずきました。

     5

「それで博士、貴方が、その岩をこっちへのぼっておいでになるとき、怪塔王の悲鳴をお聞きになりませんでしたか」
 帆村探偵は、さっきから聞きたいとおもっていたことを大利根博士に問いただしました。
 すると博士は、大きくうなずき、
「ああ、たしかに聞いたとも。たいへんな声が頭の上で聞えた。と思うと、人間が上から降ってきて、谷底へおちて行った。あれが怪塔王だったのか」
 帆村は、それを聞いて目をかがやかし、
「ああ、博士もそれを御覧になったのですか。それは幸でした。それで怪塔王は、結局どのような最期をとげましたでしょうか」
「うん、それは――」と博士は、くるっと目をうごかし、「それははっきり覚えていないが、なんでもその怪塔王の体は、谷底の岩の上に叩きつけられた。そのとき、くるしそうな声を出した。そこで岩につかまっていたわしは、こわごわ下をのぞいた、ところがそのとき怪塔王の姿は、岩の上になかった」
「ほほう、すると怪塔王は逃げたのでしょうか」
「いや、そうではないよ」と博士はつよく首をふって、「怪塔王の体は一たん岩にあたってから、勢あまっては
前へ 次へ
全36ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング