ちは卑怯じゃないか。わしの大事にしていた殺人光線灯を盗んで、わしをおびやかすなんて、風上にもおけぬ卑怯な奴じゃ」
「こら、何をいう」
と小浜兵曹長はおこっていいました。
「卑怯とは、どっちのことだ。貴様こそ、卑怯なことや悪いことをかずかずやっているじゃないか。中でもあの勇敢な青江三空曹を殺した罪をおぼえているか。あれは貴様のような卑怯者に殺させてはならない尽忠の勇士だったのだ。それにひきかえ、貴様が自分の殺人光線灯で死ぬのは、それこそ自業自得だ」
「ま、待て。撃つのはちょっと待ってくれ。その代り、わしは何でもお前たちのいうことを聞くから」
怪塔王は、もうかなわないとおもったものか、にわかに下に折れてまいりました。
「なに、俺たちのいうことを聞くというのか。それならば――」
と、小浜兵曹長は怪塔王に目をはなさず、
「俺たちの命令どおり、この怪塔ロケット隊の指揮権を渡すか」
それを聞くと、怪塔王はびっくりして目を白黒していましたが、
「さあ、それは――」
と、返答をしぶりました。
「いやか。いやなら、この殺人光線灯をかけるがいいか」
と、小浜兵曹長が身がまえますと、
「ああ、あぶない。ま、待て」
「怪塔王ともいわれる人物でありながら、往生ぎわの悪い奴だなあ」
帆村探偵も横からあきれ顔でいいました。
「しかたがない。ロケット隊の指揮を、お前たちにまかそう」
怪塔王は、はきだすようにいいました。しかしそのうちにも、彼はしきりになにかを待っているらしく、耳をそばだてていました。
3
怪塔王は、とうとう帆村探偵と小浜兵曹長とに降参してしまったのです。これくらい痛快なことはありません。
「これで、俺は胸の中がはればれした」
小浜兵曹長は、鬼の首をとったようによろこびました。
帆村探偵は、また一歩前に出て、怪塔王の横腹をつつき、
「さあ怪塔王、こうなると、僕は永いあいだ貸しておいたものをいま君から貰うぞ」
「借りたものって、一体なにを借りたか」
怪塔王はふしぎそうに、帆村をにらみかえしました。
「あはははは、もう忘れたのか。外でもない、君がいま顔につけているそのマスクのことさ」
「ええっ――」
「おぼえているだろう。このまえ、僕は、君がいまつけている変なマスクを取ろうとして、君のためやっつけられたのだ。いまこそ、そのマスクを取る。さて、その下からどんなほんとうの顔があらわれるか……」
「ああ、それはゆるしてくれ、マスクのことを知られては仕方がないが、私はおしまいまでこのマスクでいたいのだ。素顔を誰にも見られたくない」
「いまになって、なにをいう。指揮権はみなこっちへもらったはずだ。なにをやろうと、君は命令にしたがいさえすればいい」
「ま、待ってくれ。こんなところで、私にはじをかかせるな。時節が来れば、きっとマスクをはずすから、しばらく待て」
「うむ、わかった」
帆村はこのとき大きくうなずきました。
「どうした帆村君、なにがわかったのか」
小浜兵曹長が、聞きました。
「いや小浜さん、このマスクの下にあるほんとうの顔が、それがわかったというのです」
「え、それはなんのことだ」
「つまり、怪塔王のマスクの下には、僕たちのよく知っている顔がある、ということなんです」
4
帆村探偵は、怪塔王のマスクの下に、知っている人の顔があるといいます。
小浜兵曹長は、おどろいて、
「それは誰の顔だ」
「それは――」
と帆村は、おもわず興奮に顔を赤くし、怪塔王を指さしながら、
「それは外でもありません、この下に大利根博士の顔があるのです」
「大利根博士といえば、塩田大尉がよくいっていられた国宝的科学者のことかね。大利根博士が怪塔王に化けているというのかね。いや、俺には、なんだかさっぱりわからないよ」
「いや、大利根博士だから、僕たちの前でマスクをとられたくないのですよ。どうだ図星だろう、怪塔王!」
と帆村は、怪塔王の顔に指をさしました。
「いや、私は大利根博士ではない」
怪塔王がいいました。
「博士ではないというのか、いや博士にちがいない。とにかくマスクをとるんだ。命令だから、マスクをはずせ!」
「やむを得ん。ではマスクをはずすぞ」
どうしたものか、怪塔王は案外すなおに帆村のいうことを聞きました。そして、彼は両手を顔にかけました。
そのとき、警報ベルがけたたましく鳴りだしました。
「あ、怪塔王、あれは何だ」
「ロケット隊からの戦況報告だ。ちょっと私を送話器のところへ出してくれ」
「いや、いかん! うごけば、殺人光線灯をかけるぞ」
小浜兵曹長はどなりました。
「おい、マスクを早くとらんか」
と、これは帆村の声です。
そのとき警報ベルが鳴りやむと同時に、高声器から、戦闘中のロケット隊長からの声が出てきました。怪塔王の眼は、異様にかがやきました。
5
高声機の中からは、戦闘中のロケット隊長から怪塔王あてにかかって来た戦況報告がひびいて来ました。
「首領、わが怪塔ロケット隊は、おもいがけない負戦《まけいくさ》に、一同の士気はさっぱりふるいません」
「なんだ、負戦? そんなことがあろうはずはない。磁力砲でもってどんどんやっつければいいではないか」
と、怪塔王はおもわず叫びました。
「ところが、首領、その磁力砲が一向役にたたないのです。磁力砲を日本艦隊や飛行機にむけてうちだしますと、向こうは平気でいるのです。そして、磁力砲をうったこっちが、あべこべに真赤な焼《や》け鉄《がね》をおしつけられたように、急に機体が熱くなって、ぶすぶすと燃えだすさわぎです。どうも変です」
「磁力砲をうったこっちが、あべこべに燃えだすというのか。はて、それはふしぎだ」
怪塔王はあらあらしい息づかいをして、無念のおもいいれです。帆村探偵と小浜兵曹長とは、この様子をさっきからじっと見まもっていました。敵のロケット隊長の戦況報告によれば、わが秘密艦隊はこのところたいへん優勢であります。怪塔王と戦っている二人にとって、これくらい嬉《うれ》しく、そして力づよいことはありません。
「あっ、そうか」と、怪塔王はこの時何をおもいだしたか、つよく手をうち、「おい、隊長、向こうは、わしが秘密にしておいたあべこべ砲を持ちだしたらしい。艦隊や飛行機はいつの間にか、みなあべこべ砲をつけているのだ。だから、こっちから磁力砲をうつのはすぐやめにしろ。うつだけ損だ。損ばかりではない。自分でうったものが、自分にかえって来て、ロケットや乗組員を焼くのだ。あぶないあぶない。お前は、すぐロケット隊全部に引上《ひきあげ》を命じなさい」
怪塔王は夢中になって、マイクの中に命令をふきこみました。
「首領、引上げてこいとおっしゃっても、もうそれは遅いのです」
隊長の声は半分泣いていました。
6
「もう遅いって、どうしてもう遅いのか」
怪塔王は敗戦のロケット隊長をしかるように、もう遅いわけを聞きかえしました。
「はあ、そのわけは、わがロケットの損害があまりに大きくて――首領、どうも申訳《もうしわけ》がありません」
「おい、はっきりいえ。わがロケットの損害は、どのくらいか」
「はい。まことに申し上げにくいですが、只今あたりを見まわしましたところ、空中を飛んでいるロケットは、わが一機だけであります」
「えっ、お前の一機だけか。そして他のロケットはどこにいるのか」
「それがその、さきほどからの戦闘中、あべこべ砲にやられまして、いずれもみな火焔につつまれて海面へ落ちていき、それっきりふたたび浮かびあがってまいりません」
「な、なんじゃ。それではあとは全部、日本軍のためにやっつけられたのか。そ、それはあまりひどすぎる! あれだけのロケット隊をつくるのに、どんなに苦労したことか。それが、かねてわしの狙っていた日本の武力を、根こそぎ壊すのに役立つどころか、今迄に軍艦|淡路《あわじ》と十数機の飛行機を壊しただけで、もうこっちがあべこべにやっつけられてしまった。ああ残念だ。なんという弱い同志たち! なんというおそろしいあべこべ砲! わしは失敗した。あべこべ砲の始末を十分につけないで、放っておいたのが、誤《あやまり》だった。だが、まさか、あの秘密室まで日本軍がはいって来るとはおもっていなかったのだ」
怪塔王は、赤くなったり青くなったりして、じだんだふんでくやしがりました。しかし、残るロケットがただ一つではどうすることもできません。
「おい怪塔王、もうこのへんで男らしく降参しろ」
と小浜兵曹長は、破鐘《われがね》のような声で、怪塔王をやっつけました。
怪塔王は、きっと顔をあげましたが、そのまま言葉もなく首を垂《た》れました。
素顔
1
「もうだめだ」
怪塔王のため息は、帆村にも小浜兵曹長にも、聞えすぎるほどはっきり聞えました。怪塔王は気の毒なほど、悄気《しょげ》ているようです。
「おい、マスクをとれ」
帆村探偵が、さいそくしました。
「よし、いまとる。もうこうなっては、諸君の命令にしたがうばかりだ」
と、怪塔王は日頃に似あわぬおとなしいことをいって、両手を顔にかけました。
ああいまこそ怪塔王のマスクがとられるのです。人をばかにしたようなおどけた汐ふきのマスクの下にある顔は、一体どんな顔であろうかと、帆村探偵と小浜兵曹長とは、非常に胸がおどるのを覚えますとともに、また一方において、たいへん気味わるくもおもいました。
怪塔王は、マスクを無造作にぬぎました。防毒面をぬぐのと同じように、顔面全体と頭髪とが、すぽりととれたのです。
さあ、そのマスクの下に、どんな顔があったでしょうか、息づまるような瞬間です。
怪塔王は、しばらくうつむいていましたが、やがて顔をしずかにあげました。
鬼神の顔か? それとも国宝科学者といわれた大利根博士の顔か?
いや、そのどっちでもありませんでした。それはのっぺりした若い西洋人の顔でありました。まったく見も知らぬ西洋人の顔です。
(おや、これが怪塔王の素顔か!)
帆村も、小浜も、ともにちょっと呆気《あっけ》ない感じがしないでもありませんでした。
「さあ、これがわしの素顔だ。よく見てくだされ」
そういう声は、いつも聞きおぼえのある憎い怪塔王の声でありました。すると、この若い西洋人が、汐ふきのマスクをかぶって、あのように大胆な悪事のかずかずをやっていたのです。
「貴様は一体、どういう素性《すじょう》のものか」
兵曹長が、こらえきれないといった風に、怪塔王に問をかけました。
2
「わしの素性か、そんなことはどうでもいい」と、怪塔王はあらあらしく息をはずませながら、
「わしは日本海軍をやっつけて、東洋をめちゃめちゃにするつもりだったが、失敗した。失敗したうえからは、わしはなにもいいたくない」
そういって、きっと口を結んでしまいました。この若い西洋人は、発明狂ででもありましょうか。その生《お》いたちこそ、ぜひしらべてみたいくらいの、じつに興味ふかいものでありました。
さっきから口を閉じたまま、呆然《ぼうぜん》と怪塔王の素顔に見入っていた帆村は、このとき、つと一歩すすみますと、
「おい怪塔王、僕は、じつをいうと、怪塔王とは大利根博士の化けたのではないかとおもっていた。しかるに、マスクをとったところを見て、僕の考《かんがえ》がちがっていたことがはっきりわかった」
といって、帆村はちょっと唇を噛んで、
「――で、僕はここに、怪塔王からぜひとも返答をもとめたい一事がある」
「えっ、それは何じゃ」
「それは大利根博士の行方だ。博士はいま、どこに居られるか、すぐそれを教えたまえ」
「そんなことは知らん」
「知らんとはいわせない。怪塔王が博士邸へ押入ったことはわかっているんだぞ。博士の上着が遺《のこ》され、それに血が一ぱいついていたこともわかっている。大科学者を、君はどこへ連れていったのか。博士はまだ生きているのか、それとも君が殺したか。それを知らないとはいわせないぞ」
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