れば、命をたすけてくださいますか」
黒人は、怪塔王の思いがけない言葉に、とびあがってよろこびました。だが、モーターの故障は、なかなかなおりません。その故障の箇所は、モーター全部をとりかえないとだめなことがわかりましたので、別なモーターを地下の倉庫からさがして、つけかえることにしまして、やっとなおる見込みがたちましたが、なかなか手がかかって、すぐというわけにはいきません。
しかるに、一方監視隊の方からは、秘密艦隊がどんどん近づき、いよいよ危険が追ったという知らせです。これ以上ぐずぐずしていては、白骨島に攻めよせられることがわかりました。
怪塔王は気が気ではなく、司令室の中を、まるで檻《おり》に入れられたライオンのようにあるきまわっていましたが、ついに我慢がしきれなくなって、
「ああ、しかたがない。じゃあ、これは後から出発ということにして、あとのロケットだけで、日本軍をむかえうつことにしよう」
怪塔王は、そのままこの司令機の中にのこることにして、他のロケットは、全部日本軍の秘密艦隊へ向かいました。
「じゃあ、お前たちにたのむぞ。なあに遠慮することはない。日本の軍艦でも、飛行機でも、見つけ次第磁力砲でもってやいてしまえ!」
戦機近づく
1
白骨島を南西に去ること百キロメートルの地点でもって、ついに怪塔王のロケット隊と、わが秘密艦隊の艦艇隊と飛行隊とが出会いました。
そのときの状況は、語るのもまことにおそろしい有様でありました。
ロケット隊は、横一列になって、ずんずんとすすみよりました。高度は一千メートルという低さです。
これに対し、わが飛行部隊は三隊の梯形《ていけい》編隊にわかれ、いずれも高度を三千メートルにとり、一隊は敵のロケット隊の中央をめがけてすすみ、他の二隊は左右両方から攻めかかりました。
艦艇隊の方は、それよりずっと遅れること十キロメートル、旗艦を中央に、そのまわりを各艦艇がぐるっと囲んで、五列の縦陣《じゅうじん》をつくり、全速力でもってすすんでいました。
このとき、一天は晴れわたり、どこまでも展望がききます。また海上は油を流したように穏やかで、ただ艦艇のあとには、数条の浪がながくつづいていました。
艦隊は、十数台の偵察機をとばして、近づくロケット隊の進路と隊形とをしきりに観測して、それを報告させていました。
このとき、主力艦の上を見ますと、甲板の上に、妙な形をした大砲ぐらいの大きさの見なれない機械が、四五台ぐらい並んでいて、いいあわせたように天の一角を睨《にら》んでいるように見えました。それこそ大利根博士が研究していたという話のあるあべこべ砲でありました。
あべこべ砲は、これからどんな働《はたらき》をするのでありましょうか。
このとき塩田大尉は、一彦少年とともに、艦橋に立って、前方を見まもっていました。
刻々と戦闘のはじまる時刻は近づいてまいります。
そのとき、前衛の飛行部隊がいよいよ戦闘をはじめたという知らせが、無電班へはいってまいりました。
2
「まだ、モーターはなおらんか」
怪塔王は、たいへん気をもんでいます。
「はい、もうすこしのところです」
黒人は、おどおどしながら、こたえました。
「もうすこしか。では、あと三十分ぐらいで出発できるだろうね」
「はい、それがどうも」
「三十分じゃなおらんか」
「ところが、どうも困ったことができまして……」
「なんじゃ、困ったこととは。まだなにかいけないところがあるのか」
「はい」と黒人はいいにくそうに、「いま外のモーターをしらべてみましたところ、それも故障になっているのでございます」
「えっ、なんじゃ。外のモーターも故障か。そんなことは、さっき報告しなかったじゃないか」
「はい、それがどうも……」
「どうも? どうしたというのか」
「あのときは別に故障ではなかったのでございます。ところがいましらべてみますと、故障になっておりましたのです」
「ふうん、それはおかしい」
怪塔王は首をひねって、考えこみました。
「待てよ。さっきはどうもなかったモーターが、いましらべてみると故障になっているというのは――うん、わかった。モーターの故障は、自然の故障ではなく、誰かがわしたちに邪魔をしようとおもって、モーターをぶちこわしたのにちがいない。そしてその誰かは、どこかそのへんに隠れているのにちがいない」
「へへえ、そうなりますか」
「それにちがいない。さあ、皆をよんで、そこらの隅々《すみずみ》をさがしてみろ。きっとその悪者がみつかるだろう」
怪塔王は、モーターをこわした者がそのへんにいるといいきりました。一体誰が怪塔ロケットのモーターをこわしたのでしょうか。
3
やがて、黒人やルパシカを着た団員が、たくさん集ってきました。そうしてモーター焼切りの犯人を探しにかかりました。
「どうじゃ。まだ見つからんか」
と怪塔王は、じりじりしています。
「ああ、警報ベルが鳴っています。先発隊からの無電報告らしいですよ」
別の黒人が、怪塔王のところへ駈けてきました。
「ちぇっ、日本軍といま戦《たたかい》をはじめるというときになって、こんなさわぎがおこるなんて、なんというまずいことだ。おい、わしは戦況をきいているから、はやく悪者をさがしだすんだぞ」
あまりのいそがしさに怪塔王は、体が一つしかないことを、どんなにか不便に思ったことでしょう。
「もしもし。わしだ。どうだ戦況は?」
すると向こうから返事があって、
「ああ団長ですか。日本軍はいますっかりわがロケット隊をとりまきました。上へあがれば、敵の飛行隊がいますし、下へおりれば敵の艦隊がいます。そして今前方から大型の飛行機が三十機ほど、ものすごいスピードでこっちへ向かってきます」
と、これは副司令に任命した団員の報告でありました。
「なんだ。そんなに日本軍に圧迫せられてはしようがないじゃないか。すぐさまわが無敵磁力砲でもって、どんどん日本軍の飛行機や軍艦をやっつけろ。ぐずぐずしていて、こっちの白骨島へ攻めこまれると、ちょっとやっかいなことになるじゃないか。はやく磁力砲をぶっぱなせ」
「ええ、その磁力砲ですが、その磁力砲がどうも……」
「なんだ。なにをいっている。磁力砲がどうしたと? はやく話せ」
怪塔王の顔が、またさっと青くなりました。
「はい、磁力砲が、ちと変な工合でございまして……」
4
「磁力砲が、ちと変な具合だって? おい、それは本当か。はやくくわしいことを話せ!」
怪塔王は、おもわずマイクにしがみつきました。さきにはモーターが故障で、いままた磁力砲の具合がわるいとは、泣面《なきつら》に蜂がとんできてさしたように、災難つづきです。
「いや、実はさっきから磁力砲をさかんにうっているのでございます。が飛行機や軍艦が、それにあたってとろとろと溶けるかとおもいのほか、どうしたものか、敵は一向《いっこう》平気なのでございます」
「そんなばかな話があるものか。きっと磁力砲の使い方がわるいのだろう。あれだけ教えておいたのにお前たちは駄目だなあ」
「いや、私どもは、まちがいなく磁力砲をうっています」
「まちがいなくうって、相手の飛行機や軍艦がどうかならぬはずはない。たちまち赤い焔《ほのお》をあげてとけだすとか、うまくいけば、一ぺんに爆発するとか」
「あっ、困った。敵機がすぐそばまでやってきたそうです。いよいよ死ぬか生きるかの戦闘をはじめます。報告はあとからにいたします。ちょっと無電をきります」
「よし、しっかりやれ。わしは懸賞を出そう。飛行機を一機おとせば、二千円やる。軍艦なら一隻につき一万円だ」
その返事は、ありませんでした。副司令は、日本軍と戦闘をはじめたのでしょう。どうなるのでしょうか。戦に勝つか負けるか、怪塔王は気が気でありません。
「ちょっと至急、おいでをねがいます」
とつぜん耳もとで、ルパシカ男の声がしました。
「なんだ。モーターをこわした悪者をひっとらえたか」
「いや、そうではございません。あのう、縛っておきました小浜兵曹長がおりません」
「なんだ、あの日本軍人がいないのか」
「それからもう一つ、驚くべきことがございます」
5
「もう一つのおどろくべきことって、それは一体なんだ」
怪塔王は、かみつくような顔をして黒人にききました。
「はあ、それは――それは第三機械筒の中につないでおいた帆村探偵がいなくなったのでございますよ」
「えっ、帆村が、第三機械筒の中にいないって。それじゃ第三機械をうごかす者がいないではないか」
「はあ、そうでございます」
「そいつは困った。なにもかもめちゃくちゃだ。このロケットは死んでしまったも同じことだ。戦を目の前にして、とびだせないなんて、こんな腹立たしいことがあろうか」
怪塔王は、どすんどすんとじだんだをふんでくやしがりました。
この話によると、帆村探偵はこの怪塔ロケットの第三機械筒につながれ、その機械をうごかす役をあたえられていたことがわかります。これは勿来関の上空で、わが海軍機と戦っているうちに黒人の一人が死んだのです。そこでその黒人にかわり、かねて捕えられていた帆村荘六がむりやりに第三機械筒の中に入れられ、その機械をうごかす術をむりやりに教えこまれたのでありました。
かしこい帆村は、筒の中につながれていると見せかけ、じつはいつの間にか筒を自由に出入りできる身になっていたのです。
小浜兵曹長を海底牢獄からすくいだしたのも彼ですが、兵曹長を山の上にかくしておいて、その夜また行くつもりでいたところ、怪塔王にさとられ、ついに行けませんでした。
しかし、こんど彼はとうとう兵曹長をうまくすくいだしました。そして怪塔内のモーターを焼切ったりなどして、怪塔王をすっかり閉口させています。
さてその帆村探偵と小浜兵曹長は、いまどこにかくれているのでしょうか。
ちょうどそのとき、怪塔王と黒人とが、大困りで顔と顔とを見合わせているうしろで、ことりと音がしました。
二勇士
1
怪塔王と黒人の立っているうしろで、ことりと物音!
怪塔王は、それを聞きのがしませんでした。
「何者か?」
と、うしろをふりかえった怪塔王の眼にうつったものは、何であったでしょう。それは外ならぬ帆村探偵と小浜兵曹長の二人の雄姿でありました。
「うごくな、怪塔王!」
「降参しろ! うごけば命がないぞ」
「なにを!」
怪塔王は、いかりの色もものすごく、とつぜんにあらわれた二勇士へ叫びかえしましたが、何を見たか、
「あっ、それはいかん。あぶない。ちょっと待ってくれ」
と、俄《にわか》に怪塔王はうろたえ、ぶるぶるふるえ出しました。
「あははは。これがそんなに恐しいか。だが、これは貴様がつくったものではないか」
小浜兵曹長はあざ笑いました。彼がいま小脇にかかえて、怪塔王に向けているのは、怪塔王秘蔵の殺人光線灯でありました。この殺人光線灯は、かねて帆村がその在所《ありか》をさがしておいたものです。このたびはこっちが失敬して、逆に怪塔王の胸にさしつけたというわけです。
ピストルも小銃も、一向に恐しくない怪塔王ではありましたが、この殺人光線灯を見ると、まるで人間がかわったように、ぶるぶるふるえだしました。それもそのはず、殺人光線灯がどんなに恐しいものであるかは、それをこしらえた怪塔王が一番よく知っているわけですから。
怪塔王は、(困ったなあ。たいへんなものを、盗まれてしまった!)と、歯ぎしりをしましたが、もう間にあいません。
小浜兵曹長は、ゆだんなく殺人光線灯の狙《ねらい》を怪塔王の胸につけ、もしもうごいたら、そのときは引金をすぐ引くぞというような顔をしています。
「そこで、怪塔王どの」
帆村は、横の方から怪塔王のそばに一歩近づきました。
2
「そこで怪塔王どの」
と帆村に呼びかけられ、怪塔王は額ごしにおそろしい目をぎょろりとうごかし、
「なんだ、帆村。お前た
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