喜ぶだろうと思ったのでありました。
 だが、どうしたものか、帆村探偵の姿は一向現れてまいりません。
(帆村探偵は、どうしたんだろうか?)
 兵曹長は一向|合点《がてん》がいきませんでした。
 しかし、ぐずぐずしてはいられないので、彼は縛ってある怪塔王と、降参したその手下どもをうながして、とうとう怪塔ロケットのなかにはいりました。
 それは、間髪《かんぱつ》をいれない瞬間の出来事でありました。
 とつぜん、怪塔ロケットの入口の扉が、ばたんとしまりました。
「あっ――」
 と兵曹長がさけんだときは、もう扉がしまった後でありました。
 怪塔王も、手下も、兵曹長のために自由をうばわれ、勝手に身うごきもできない有様になっていたので、兵曹長はすっかり安心しきっていましたが、どうしたことでしょうか。いや、そのとき、何者とも知れず、ロケットの扉のかげに隠れていた者があって、兵曹長が中にはいったとみるより早く、扉をぱたんと閉めたのです。
「こらっ、誰だ。変な真似をするとゆるさないぞ。貴様たちは、俺が怪塔王の命を握っていて、生かそうと、殺そうと、どうでもなるということを知らないのか」
 とどなりました。
 すると、そのとき、
「あっはっはっはっ」と、無遠慮に大きな声で笑う者がありました。

     5

「誰だ。大声をあげて笑うのは。お前たちの頼みに思う怪塔王は、こうして今、俺の傍に生捕《いけどり》になっているんだぞ」
 小浜兵曹長は、たしなめるように、大きな笑い声の主へ、注意をあたえました。
「あっはっはっはっ」
 と、その声は、またおかしくてたまらないといった風に笑い、
「なにを大きなことをいっているか。貴様はそこに怪塔王を捕えているつもりで、よろこんでいるのだろう」
「なにをいっているか」
 兵曹長はどなりかえしました。
「貴様こそ、なにをいっているか、だ。貴様の捕えているのが、怪塔王か怪塔王でないか、そのお面をとってみれば、すぐわかるだろう。あっはっはっはっはっ」
「ええっ――」
 お面を取れといわれて、兵曹長はびっくりしました。そしてやっと或《ある》ことに気がつきました。
 こうなっては、早く本当のことを知らねばなりません。兵曹長は、生捕にした怪塔王の顔を見つめました。見ていますと、別にお面をかぶっているようにも見えませんでしたが、念のためと思って、怪塔王の顔に手をかけ、えいと引張ってみると、顔の皮は何の苦もなくずるずると剥《む》けました。
「あっ、マスクだったのか」
 一皮剥けて、その下から出てきたのは、変な目つきをした黒人の顔でありました。
 黒人の怪塔王?
 兵曹長は、これをどう考えたらいいか、あまりのことに迷っていますと、また天井から大きな声で、
「あっはっはっはっ。どうだ。やっとわかったか。贋物《にせもの》の怪塔王の仮面がやっとはげたんだ。そのような怪塔王でよかったら、あと幾人でも見せてやるわ」
 天井裏からおかしそうに響いてくる無遠慮な笑い声は、たしかに怪塔王にちがいありません。

     6

「どうだ、小浜兵曹長。その辺で降参したらどうだ。もうなにごとも、貴様にのみこめたはずだ。貴様の脱獄したことがわかったので、こっちは計略で貴様をうまく怪塔のなかにひっぱりこんだというわけさ。あっはっはっはっ」
 怪塔王はますます笑います。小浜兵曹長はうまく、怪塔王にひっかけられたことが、やっと呑《の》みこめました。
 目をあげて、まわりを見まわしますと、いつの間に出て来たのか、いかめしい武装をした黒人が十四五人も、銃口をずらりと兵曹長へ向けてとりまいていました。
(もう駄目だ!)
 兵曹長は、腸《はらわた》がちぎれるかと思うばかり、無念でたまりませんでした。しかしこうなっては、どうすることもできません。ですから、持っていたピストルもなにもその場へ放りだして、腕組をしました。
「そうだ。そういう風に、おとなしくして貰わにゃならない。いい覚悟だ。おい皆の者、この軍人さんを逆さに縛って、しばらく例のところへ入れておけ」
 怪塔王の命令で、兵曹長は無念にも、胴中を太い綱でぐるぐる巻にされ、再びロケットの外につれだされました。
 やがて目かくしをされ、大勢にかつがれ、またもや例の海底牢獄のなかに、どーんと放りこまれてしまいました。こんどは胴と両手とを綱でぐるぐる巻にされたままですから、とてもこの前のように体の自由がききません。
 兵曹長は、この海底牢獄で幾日も幾日もくらしました。
 帆村がまた助けに来てくれるかもしれないと心待ちに待っていましたが、いつまでたっても、再び彼の姿も声も、兵曹長の前には現れませんでした。
 絶望か? 兵曹長の心も、すこし曇って来ましたが、さて或日――


   司令室



     1

 ここは怪塔の司令室です。
 この司令室は、怪塔の三階の一隅《いちぐう》にありました。
 怪塔王は、司令室にただひとり、じっと地図をみています。
 その地図は、どこの地図だったでしょうか。ほかでもありません。日本を中心とする太平洋の大地図でありました。
 怪塔王は、たいへんうれしそうな顔をしています。
 地図のうえで、日本のまわりを指さきでぐるぐるなでながら、
「うふん。いよいよこの辺が、こっちのものになるというわけだ。するとあとはもうおそろしくない国々ばかりだ」
 怪塔王は、肩をゆすって、うふうふうふと気味のわるい笑い方をいたしました。
 この司令室は、まるで電話の交換室のようになっていまして、この怪塔ロケット内のすべての機械の末端がここに集っていますから、この室にすわってさえいれば怪塔を自由にあやつることができるのでありました。いや、この怪塔内ばかりではなく、他のロケットも同様にあやつることができます。つまりいま怪塔王は、その司令配電盤を前にして、地図を見ているのでありました。なかなかうまく出来た司令配電盤でありました。そしてまた、これが怪塔王の心臓のように大事な機械でありました。
 ずずずずず。
 とつぜん警鈴がひびき、赤い注意灯がつきました。それは怪塔王のところに、無電がかかって来たのをしらせているのです。
 怪塔王は、受話器を手にとりました。
「おう、お前は監視機百九号だね。何用か」
「はい、監視機百九号です。いま小笠原《おがさわら》附近の上空を飛んでいますが、はるかに北東にむかって飛行中の空軍の大編隊をみつけました」
「なんだって、今ごろ空軍の大編隊が北東にむかっているとは――」

     2

 空軍の大編隊が、北東にむかって飛んでいるという無電に、司令室の怪塔王はびっくりしました。
 怪塔王は、その無電をかけてきた監視機にむかって、
「おいもっとくわしく知らせろ。どこの飛行機か。そして機数は?」
 すると返事があって、
「さあ、どこの飛行機か、よくわかりません。じつは、はじめからそのことが気にかかっていたのですが、電子望遠鏡でのぞいても、飛行機にはどこの国のマークもついていないのです。じつに怪しい飛行機です」
「マークがついていない飛行機か。はて、それは怪しい」
 怪しい怪塔王が怪しいなどというのです。どっちが怪しいか、おかしいことです。
「おい、飛行機のかっこうから考えて、どこの国の飛行機かわかるだろうに」
「そうですね――いやわかりません。あんなかっこうの飛行機を、今まで見たことがありません」
「日本の飛行機ではないのか」
「いや、今まであんな飛行機が日本にあったように思いません」
「一体、飛行機の数は、どのくらいいるのかね」
「機数は、すっかり数え切れませんが、ちょっと見たところ百五十機ぐらいはいるようです」
「そうか。百五十機の怪飛行隊か――そうだ。おいお前一つその飛行機の編隊の中へとびこんでみろ。すると向こうではどうするか。向こうから撃ってくれば、こっちも撃ってよろしい。その間に、敵の正体をたしかめて、すぐ無電でしらせろ」
「はい、わかりました。では、これからすぐあの編隊を追いかけましょう。こっちが全速力をだせば、あと一時間で追いつけるとおもいます」

     3

 北上するマークなしの飛行編隊は、そもそもどこの国の飛行隊でありましょうか。
 怪塔王は、その飛行大編隊が、なにを目あてにしているかが、たいへん気になりました。なんだか、いまに自分たちがいる白骨島へ攻めよせてくるように思われてなりません。
 そうこうしているうちに、怪塔王の前に、また別の警報灯がつき、つづいて警鈴が鳴りはじめました。また別のところから、至急無電なのです。
 怪塔王は、ぎくりと驚きました。
 受話器をとりあげてみると、これはやはり怪塔王の配下の監視船が発した警報でありました。
「報告。ただいま鹿島灘《かしまなだ》上を、夥《おびただ》しい艦艇が北東に向け、全速力で航行中です」
 これをきいて、怪塔王はとびあがるほどおどろきました。
「なんじゃ。こんどは夥しい艦艇が、北東へ全速力でもって走っているというのか。どうも気になる方角だ」
 鹿島灘から北東へ線をひいて、それをずんずんのばしていきますと、やがて白骨島の近くへとどきます。その線上を走っているのは、夥しい艦艇だといいます。
 それより前、監視機の方は、マークなしの飛行大編隊が、小笠原群島の上を北にむけて飛んでいるのを発見して知らせてきましたが、その後の報告によると針路はやや東に曲り、白骨島を目あてにしていることがだんだんにわかってきました。それもそのはず、いよいよ怪塔王軍に対して、いさましい戦《たたかい》をはじめるため、わが秘密艦隊が出動したのでありました。
 秘密艦隊には、空軍部隊と艦隊とがありましたが、両者は白骨島のすこし手前で一しょになることにしめしあわせてありました。
 塩田大尉と一彦少年とは、艦隊旗艦にのっていました。そして艦の見張番の知らせをいつも注意していました。

     4

 怪塔王は、秘密艦隊の襲撃を、やっとさとりました。
「ううむ、なまいきな日本海軍め、海と空との両方から、この白骨島を攻めようというのか。さてもわが巨人力を忘れてしまったと見える。よし、そうなれば、日本壊滅の血祭に、まずやっつけてしまおう」
 怪塔王は、すっかり憤《いきどお》ってしまいました。そして、すぐさま、怪塔ロケット隊に出動準備を命じました。
「おい、みんな。猪口才《ちょこざい》にも、日本の空軍部隊と艦隊とが、こっちへ攻めて来るぞ。あいつらが白骨島につかない先に、その途中でやっつけてしまうのだ。すぐさま全部出動準備をせよ」
 さあ出動準備だ!
 怪塔王ののっている怪塔ロケットをはじめ、その僚機の中へ駈けこむ怪しい人たち。
 梯子はまきあげられ、入口の扉や窓はすっかり閉じられました。
 つぎに、エンジンは、ごうごうと響をたてて廻りだしました。
 そのとき怪塔王のところへ中から電話がかかって来ました。
「おい、なんだ」
「ああ首領? たいへんなことになりました」
 そういう声は、第一号の黒人の声でありました。
「えっ、たいへんとは、何がどうしたのか」
「この間、方向舵をなおしましたですね」
「うん、なおした」
「あの方向舵が、今こわれてしまいました。ちょっとうごかしてみただけなんですが、あれをうごかすモーターから、いきなり火が出たと思ったら、それっきりうごかなくなりました。どうしましょうか」
「どうするって、そいつは困ったな。それでは出発できないではないか。一体、なぜモーターが焼けたりしたのか。お前がよく番をしていなかったせいだ。その罰に、お前を殺しちまうぞ」

     5

 いざ出動というときになって、怪塔ロケットの司令機が故障になったという騒《さわぎ》ですから、怪塔王はかんかんになって黒人をどなりつけました。しかし、故障のモーターは、そうかんたんになおってくれません。
「困ったなあ。おい、早くモーターがなおれば、お前を殺さないでゆるしてやるよ」
 怪塔王も困って、モーターをあずかっていた黒人に、ごきげんとりの言葉をなげました。
「えっ、モーターが早くなお
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