盆のように光ったまんまるい月があがっていました。
「ああ、いい月だ。白骨島にも、こんなにうつくしい月が、光をなげかけるのかなあ」
 今までは、どこまでも強いばかりの小浜兵曹長だとばかり思っていましたのに、彼は月をみてこんなやさしいことをいいました。本当の勇士は、強いばかりではなく、また一面には、このようにやさしい気持をもっているものです。
 帆村の方は、そんなゆっくりした気持になれません。もしこんなことをしていることを怪塔王や見張番にみつかっては、それっきりです。ですから、兵曹長をはやくはやくとせきたてて、すぐ前を走っている塹壕《ざんごう》のような凹《へこ》んだ道を、先にたってかけだしました。
「どこへいくのかね」
 小浜兵曹長も、おくれてはならぬと帆村のあとを追って、どんどんついていきました。
 凹んだ道は、かなり曲り曲って、小高い丘の方へつづいていましたが、そこをのぼりきったところに、小さい煉瓦建《れんがだて》の番小屋のようなものがありました。
「さあ、ここへはいってください」
 帆村にせきたてられて、兵曹長が中にはいってみますと、室内は四畳半ぐらいのひろさで、中には藁《わら》が山のように積んでありました。


   見張小屋の朝



     1

 小さい煉瓦建の番小屋――その中に山のように積んである藁!
「ああ、これはなかなかいい寝床がある」
 小浜兵曹長は、子供のように無邪気に藁の山へかけあがりました。
 このとき帆村は、
「では、小浜さん。だいぶん時間がたちましたから、私は怪塔ロケットへ一たん戻ります。今夜ふけてから、あらためてもう一度まいります。それまで、ここにかくれていてください」
「すぐ訊きたいこともあるんだが、あとからにするか。ではきっと、後から来てくれたまえよ、いいかね」
 小浜兵曹長は、帆村をかえしたくはなかったけれど、やむをえず、かえしました。そのあとで、彼は藁の上に大の字になって、のびのびと寝ました。よほど疲れていたのでありましょう。まもなく彼はぐっすりと寝こんでしまいました。
 やがて兵曹長が目をさましたときには、あたりはすっかり明けはなれ、明かるい日光が窓からすうっとさしこんでいました。
「あっ、とうとう夜が明けちまった。はてな、昨夜来るといった帆村探偵は、ついに顔を見せなかった。彼は一体どうしたのだろう」
 あんなに約束していった帆村が、ついに昨夜やってこなかったということは、兵曹長を不安にしました。ひょっとすると、帆村は昨夜海底牢獄から自分をすくいだしたことを怪塔王にかぎつけられ、そのためにひどい目にあっているのではないかしらんなどと心配しました。
 小浜兵曹長は、藁の上からおりて、いつもやりなれている徒手体操をはじめました。連日の奮闘で、体のふしぶしがいたくてたまりません。しかし体操をなんべんかくりかえしているうちに、だんだんなおってきたようです。それがおわると、兵曹長はふかく注意をしながら、そっと窓のところへ寄りました。
 そのとき彼の眼は「おやっ」と異様な光をおびました。

     2

 この見張小屋は、小高い丘のうえの岩かげに立っていました。そこからは、この島の怪塔ロケットの根拠地が、一目に見おろせました。
 おそろしい白骨島ではありましたが、朝の風景は、たいへんきれいでありました。目の下の広場に林のように立ちならぶ怪塔ロケットは、全身に朝日を浴《あ》びて銀色にかがやき、いまにもさっと飛びだしそうに、天空を睨《にら》んでいました。
 その広場に、ただ一人ぶらぶら歩いている人影がありました。なにか落しものでもしたと見え、背をまるくまげ、しきりに地上をさがしている様子です。なお見ていますと、その人は、深しものをしながら、だんだんこちらへ近づいてくるのでした。
「あの男は、なにを探して[#「探して」は底本では「深して」]いるのだろうか」
 小浜兵曹長は、たいへん興味をおぼえ、なおも窓のかげから、その男の行動をじっと見守っていました。
 その男はだんだん丘の方へ近づいてきます。
 そのうちに、男はふと顔をあげました。小浜兵曹長は、そのときはじめて男の顔を正面から見ることができました。
 その瞬間、兵曹長はおもわず、
「あっ、あれは怪塔王だ!」
 と叫んで、拳をにぎりました。
「たしかに怪塔王だ。あんな妙な顔をしている人間は、二人とないからな」
 それからというものは、兵曹長は、前よりも熱心にこっちへ近づいてくる男の行動をじっと見つめていました。そのうちに兵曹長は唇《くちびる》を一の字に曲げ、
「そうだ。よし、これから出かけていって、怪塔王をつかまえてやろう、あいつはまだ俺がここにいることに気がついていないようだから。うむ、こいつは面白くなった」
 と、兵曹長は自分の腕を叩いて、にっこり笑いました。

     3

 小浜兵曹長がかくれていた丘の上の見張小屋の方へ近づいてくる人影が、意外にも怪塔王らしいとわかって、兵曹長は、小屋をとびだしました。
(うまく怪塔王のうしろへ出ることができれば、ちょっとした格闘のすえ、怪塔王を捕えることができるはずだ。怪塔王さえ捕えてしまえば、いくら怪塔ロケットがあったとしても、またこの白骨島に根拠地があったとしても、怪塔王たちは俺に降参するよりほかあるまい。うん、これはじつにすばらしい考えだ。よし、怪塔王を捕えてしまえ)
 小浜兵曹長の胸は怪塔王を生けどりにした後のうれしさで、わくわくいたしました。
 彼は見張小屋を後にし、岩の間をつたわって、だんだん山をおりていきました。
 ときどき岩かどから、怪塔王の様子をうかがいましたが、どうやら怪塔王はまだこっちに気がついていないらしく、しきりに地面をさがしていました。
(よしよし、この調子なら、いましばらくは、きっと気がつかないことだろう。さあ早く怪塔王のうしろに廻ろう)
 小浜兵曹長の追跡は、いよいよ熱をくわえて来ました。こんなことは軍艦の帆桁《ほげた》から下りるより、ずっとやさしいことでした。
 だが、兵曹長はすこしやりすぎてはいないでしょうか。帆村探偵は、兵曹長が怪塔王の仲間に見られることをたいへんおそれていたのに、兵曹長は大胆にも小屋を出て、怪塔王を追いかけているのですから、ちとらんぼうのようにも思われます。
 そのうちに、小浜兵曹長はついにうまく怪塔王のうしろに出ました。怪塔王は、なにも知らないで、まだ地面をさがしています。こうなれば、怪塔王は小浜兵曹長の手の中にあるようなものです。
「やっ!」
 小浜兵曹長は、掛声もろとも、怪塔王のうしろからとびつきました。


   大格闘



     1

「この野郎!」
 小浜兵曹長は、怪塔王の背後からとびついて、砂原の上におさえつけました。
「ううーっ」
 怪塔王は、大力をふるって下からはねのけようとします。
 そうはさせないぞと、兵曹長は怪塔王の首を締《し》めるつもりで、右腕をすばやく相手ののどにまわしましたが、その時怪塔王にがぶりと咬《か》みつかれました。
「あいててて」
 犬のように咬みつかれたので、小浜兵曹長は、おもわず力をぬきました。
 すると怪塔王の腰が、鋼《はがね》の板のようにつよくはねかえり、あっという間もなく、兵曹長はどーんと砂原の上に、もんどりうって投げだされました。
「しまった」
 兵曹長も、さる者です。砂原の上にたたきつけられるが早いか、すっくと立ちあがりました。そして踵《くびす》をかえすと、弾丸のように、怪塔王の胸もと目がけてとびつきました。
「なにを!」
「うーむ」
 小浜兵曹長と怪塔王とは、たがいに真正面から組みつき、まるで横綱と大関の相撲《すもう》のようになりました。
 小浜兵曹長は力自慢でしたが、怪塔王もたいへんに強いので、油断はなりません。
 えいえいともみあっているうちに、兵曹長は得意の投《なげ》の手をかける隙をみつけました。ここぞとばかり、
「えい!」
 と大喝一声、怪塔王の大きい体を砂原の上にどーんとなげだしました。
 怪塔王は、俵を転がすように、ごろごろと転がっていましたが、やっと砂原の上に起きなおったところをみると、いつの間にか右手に、妙な形のピストル様のものを持っていました。兵曹長は、はっと立ちすくみました。

     2

「さあ、寄ってみろ。撃つぞ」
 怪塔王は、砂原の上に、妙な形のピストルを手にして、小浜兵曹長の胸もとを狙っています。
 これには、勇敢な兵曹長もちょっとひるみました。怪塔王の手にある妙な形のピストルは、このままではどうしても小浜兵曹長の胸を射ぬきそうです。
 小浜兵曹長は、じっと怪塔王を睨んで立っていました。
 兵曹長の息づかいは、だんだんとあらくなって来ます。額から頬にかけて、ねっとりした汗がたらたらと流れて来ます。
「うぬ!」
 とつぜん、兵曹長の体は、砂原の上に転がりました。ごろごろっと転がって、怪塔王の足もとを襲いました。
 そうなると、怪塔王のピストルのさきは、どこに向けたがいいのかわかりません。
 だだーん、だだーん。
 はげしい銃声がしました。砂が白くまきあがりました。
「こいつめ!」
 いつの間にか、兵曹長は砂原の上に立ちあがっていました。
 ピストルをもった怪塔王の右手に手がかかると、一本背負いなげで怪塔王の体を水車のようになげとばしました。
「ううむ」
 小浜兵曹長は、呻《うな》る怪塔王に馬のりとなりました。妙な形のピストルは、兵曹長の靴にぽーんと蹴られ、はるか向こうの岩かげにとんでいってしまいました。
「さあ、どうだ。うごけるなら、うごいてみろ」
 怪塔王は、帯革でもって後手《うしろで》にしばられてしまいました。怪塔王は、すっかり元気がなくなって砂上にすわりこんでしまいました。
「とうとう怪塔王を生けどったぞ! 怪塔王て、弱いのだなあ」
 小浜兵曹長は、両手をあげて、声高らかに万歳をとなえました。

     3

 怪塔王は捕えられてしまいました。
 小浜兵曹長は、大手柄をたてました。天にものぼるような喜びです。
 縛られてしまえば、あんがいに弱い怪塔王です。
 小浜兵曹長は、このとき怪塔王をひったてて塔のなかにはいり、ロケットを占領してしまおうと考えました。
 怪塔王も捕え、怪塔ロケットも占領してしまうとなると、これはまたたいへんな大々手柄です。いさみにいさみ、はりきりにはりきった小浜兵曹長は、
「さあ、歩け!」
 と、怪塔王をひったてました。
 怪塔王は、おそろしい形相《ぎょうそう》をして、小浜兵曹長をにらむばかりで、なにも口をきかなくなってしまいました。
 すぐ近くに見える怪塔ロケットは、舵機《だき》を修理したらしいところ、また機体のところにペンキのぬりかえられているところから見て、これが例の、青江三空曹の生命をうばった恨みの怪塔ロケットであると思われました。だから、これが数多いロケット隊の司令機みたいなものでありましょう、兵曹長は、まずこれを占領するのが一番いいことだと思ったので、怪塔王をひったてて入口へさしかかりました。
 ロケットの入口は、開いていました。
 そのとき、中から、四五人の黒人や、ルパシカを着た東洋人らしい男が出て来ましたが、兵曹長を見ると、びっくりした様子で、腰のピストルをとりだそうといたしました。
「待て」
 と、兵曹長は声をかけました。
「撃つのはいいが、撃てばその前に、俺はこの怪塔王の生命を取ってしまうがいいか」
 といって、お先まわりをして、怪塔王から奪ったピストルをさしむけました。
 これを見て、敵どもは二度びっくりです。怪塔王の生命は、兵曹長にしっかり握られているのです。うっかり撃てません。

     4

「さあどうだ。撃ちたくても、これでは撃てないだろう。この辺で、おとなしくお前たちも降参したがいいぞ」
 小浜兵曹長は、大音声をはりあげて、叫びました。兵曹長は、この大きな声が、帆村探偵に通じるであろうと思いました。もし通ずれば、彼はすぐさまここへ飛ぶようにして出てくるであろうし、そして、どんなにか
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