さです。

     2

「なんしろ暑い。ここはどこなんだろう」
 と小浜兵曹長は、座席から下りて、飛行機の陰にはいりました。
「ああ、壊れていらあ。翼がめちゃめちゃだ。よく働いてくれた愛機だったが、もうどうにもならん」
 愛機は、怪塔王の磁力砲にうたれたり、暴風雨に叩かれたり、無理な着陸で翼を折ったり、さんざんな目にあいました。
 水をうんとのんだので、兵曹長はたいへん元気づきました。さらに座席の下から、航空用食料をとりだして食べましたので、いよいよ兵曹長は大元気になりました。
「さあ、元気になった。ところで、電話のある家をさがそう」
 兵曹長は腰をあげ、壊れた飛行機の下から出ました。
 小手をかざして、附近をじっと眺めていた兵曹長は、
「ここは一体どこだろうか。たいへんさびしい海岸だな」
 うしろに砂丘がありましたので、兵曹長はその上にのぼりました。高いところへのぼれば、見晴らしがきくからと思ったのです。
「あれえ、な、なんにも家らしいものが見えないぞ」
 海岸に家が一軒もないばかりか、その奥は一面の砂原つづきでありまして、家も見えなければ、電柱も立っていません。
「これはおどろいた。まるで無人島のようだ」
 無人島?
 この荒涼たる風景を見ていると、ほんとうに無人島であるように思われてきました。
「無人島へ不時着したとなると、こいつはなかなかやっかいなことになったぞ」
 でも兵曹長は、口ほど困っている様子もなく、あたりをしきりにじろじろ見ていましたが、砂原の向こうは、そう高くない山ですが、まるで、鋸《のこぎり》の歯のように角ばった妙なかっこうの山があるのに目をつけました。

     3

 無人島で見つけたのこぎり山!
 小浜兵曹長は、そののこぎり山のところまでいって山をのぼって見ようとおもいました。
 ひょっとすると、山の向こうに、なにか漁夫の家でもありはしないかと、そんなことを考えついたからです。
 小浜兵曹長は、草原を山の方にむかって、歩きだしました。
 太陽の光は、じつに強く、頭がぼうっと煙になって燃えてしまいそうです。でも、その砂まじりの草原を、どんどんすすんでいきました。
 草原がつきると、いよいよ岩石でつみあげられたのこぎり山です。小浜兵曹長は、はやく山をのぼりきって、その向こうにどんな風景があるか見たいものだと、たいへん好奇心をそそられました。
「これでは、まるでロビンソン=クルーソーだ。どうか山の向こうに、一軒でもいいから人間の住んでいる家がありますように」
 ロビンソン=クルーソーは、有名な漂流物語の主人公ですね。
 小浜兵曹長は、いよいよのこぎり山の頂上を、すぐ目の前に見るようになりました。
「さあ、いよいよ向こうが見えるぞ。はやくのぼってしまおう」
 兵曹長の足どりは、急にかるくなりました。やっとかけごえをかけ、のこぎり山の頂上の岩の間から、向こうをひょいとながめました。
 そのときの兵曹長のおどろいた顔ったら、ありませんでした。
「やややややっ、これはたいへんだ。まさか夢を見ているのじゃあるまいな」
 兵曹長は、岩の上に、へなへなと腰をおろしました。あまり思いもかけない風景に、さすがの猛兵曹長も胆《きも》をつぶしたようです。
 山の向こうには、一体どんな風景があったでありましょうか。
 おどろいてはいけません。山の向こうは、まっ平になっていまして、怪塔ロケットが七つ八つも、まるで筍《たけのこ》のように地上に生え並んでいるのです。

     4

 山の向こうは、たぶんひろびろとした海岸であって、白い砂浜を、まっ青な浪が噛んでいるのであろうとおもっていた小浜兵曹長の想像は、すっかり外れてしまいました。
 のこぎり山の向こうは、ちゃんと地ならしをしてありまして、りっぱな飛行基地のようです。おどろきはそればかりではなく、天下にただ一つとおもっていた怪塔ロケットが一つや二つどころか、みなで八台も並んでいたのです。
「これはたまげた。一体あそこはどういう人が持っている飛行基地なんだろう」
 飛行基地ではない、怪塔ロケット基地といった方が正しいようです。
 あのおびただしい怪塔ロケットは、一体誰のものなのでしょう。そしてまた、こんなところに集めておいて、なにをしようというのでしょうか。
 考えれば考えるほど、たいへんな秘密基地です。小浜兵曹長は、この地球のうえに、まさかこのようにたくさんの怪塔があろうとは、一度も考えたことがありませんでした。
「下りていってしらべてもいいが、もし俺がみつかればふたたび生かして帰してくれまいなあ。命はおしくないが、このような秘密基地のあることを、わが海軍に知らせるまでは、死んだり俘虜《ふりょ》になってはいけない」
 このとき小浜兵曹長は、海岸に翼をぶっつけて壊れてしまった愛機の中に、まだ無電装置だけは壊れずにあったことをおもいだしましたので、それを使って至急艦隊へ知らせようと、踵《くびす》をかえして、のこぎり山をかけおりました。
 どんどん走って、壊れ飛行機の上にとびのり、無電装置をいじってみますと、天のたすけか、うまく働くではありませんか。
 兵曹長は、しきりに艦隊の無電班によびかけました。すると、ひょっくり応答がはいってきました。
「おお、小浜兵曹長からの無電だ。小浜はもう海中に墜《お》ちて死んだかとおもっていたのに、ちゃんとこっちを呼んできたぞ」
 無電班は、おどろいたり、よろこんだり。

     5

 孤島から、小浜兵曹長がうった無電は、艦隊無電班をたいへん驚かせました。
 それから双方はしばらく、無電をさかんに打ちあいました。
「貴官は今、どこにいて、なにをしているのか」
 と、小浜兵曹長にたずねますと、
「自分は怪塔を見失い、嵐の中をむちゃくちゃにとびまわり、ついに無人島らしきところに不時着し、翼を折った。もう飛行機は飛べない。しかし身体には異状がないから、安心を乞う――応援に出動したという知らせのあったわが飛行隊はどうしたか」
 と、小浜兵曹長は答え、また問いかけました。
「わが出動飛行隊は、暴風雨にさえぎられ、ついに怪塔ロケットにもあわず、貴官の飛行機にもあわなかった――その孤島は何処《どこ》かわかるか」
「わからない。しかし自分は大変なものを発見した。この島に、のこぎりの歯のような形をした山がある。この山の西側に、大飛行場があって、そこに怪塔ロケットが七八機集っている。だからこの島は怪塔ロケットの根拠地だと思う。はやくこのことを塩田大尉に知らせてもらいたい」
 すると、無電班ではたいへん驚いたようでありました。しばらく答はなく、小浜兵曹長は、無電が故障になったかとおもったくらいでありました。
 そのうちに、艦隊からの無電が、また聞えてきました。
「貴官の報告は、じつに重大なものであった。貴官のいる孤島の位置を知りたいから、これから五分間つづけて電波を出してもらいたい。こっちでは、その電波を方向探知器ではかって、位置をきめるから。とにかく貴官は貴重なる偵察者であるから、大いにそこにがんばっていてもらいたい。では、早速《さっそく》五分間つづけて電波発射をたのむ」

     6

 小浜兵曹長は、愛機の無電装置をはたらかせて、五分間つづけざまに電波を発射いたしました。
 本隊の方では、この電波を方向探知器ではかり、小浜兵曹長のいまいる位置をはっきりきめようというのです。
 そのうちにも、小浜兵曹長は生存していたというよろこばしくも、またおどろくべきニュースは、それからそれへと伝わっていきました。
 本隊の無電班は、しきりに潜水艦ホ十九号をよんでいます。
 その潜水艦は、そのころちょうど南洋群島附近を巡航中でありましたが、よびだしの無電をうけとったので、すぐさま無電で応答してまいりました。
「貴艦は直ちに、遭難機の方角を測定せられよ」
「承知!」
 本隊と潜水艦ホ十九号との両方の方向探知器が、ともに小浜機の発射する電波の飛んでくる方角をさだめました。
 両方の結果をあわせて、地図のうえに、小浜機の位置をもとめてみますと、ついにわかりました。
 北緯三十六度、東経百四十四度!
 それが遭難機の位置になります。
 そこは、犬吠埼《いぬぼうざき》からほとんど真東に、三百キロメートルばかりいった海中です。
 いや、海中ではありません。普通の地図には出ていませんが、実はそこに一つの小さな島があるのです。
 島の名は、世にもおそろしき白骨島《はっこつとう》!
 この島は無人島ということになっていました。しかし、昔からこの島には、何べんか原地人が住んだことがあるのです。しかし、いつの場合でも、原地人たちは誰もこの島から元の集落へ帰ってきません。後から別の原地人たちがいってみますと、前の原地人たちは白骨になっているのです。それが毎度のことでした。


   白骨島



     1

 そういう不思議ないいつたえのある白骨島です。だれも恐しがって住む者がありません。いまではもう無人島になっていることと、だれもが信じていた白骨島です。
 その白骨島に、小浜機が不時着したというのです。翼は折れて飛べなくなったといい、また操縦士の青江三空曹が壮烈なる死をとげたといいます。それさえたいへんなニュースであるのに、その白骨島の山かげには、怪塔ロケットが八台も肩をならべて聳《そび》え立っているというのです。これが一大事でなくてなんでありましょう。
 しかし、その位置がわかったことは、なによりよいことでありました。
「貴官の位置は判明した。北緯三十六度、東経百四十四度、白骨島と思われる」
 本隊からは、すぐさま小浜兵曹長に結果を知らせてやりました。
 そして、もっと島の模様を知らせてよこすように命令を出しました。
「よろしい。まず地形をのべます。島の中央に、鋸《のこぎり》の歯のような岡があり、その東……」
 と、そこまで無電は文字をつづってきましたが、とたんにぷつりと切れました。あとはどう催促してもだめでした。
 小浜兵曹長は、どうしたのでしょうか。
 いや、どうしたのどころではありません。白骨島のうえでは、いま大格闘がはじまっているところです。
 小浜兵曹長は、本隊との無電連絡で、一生けんめいになっていましたところ、とつぜん背後から首をぎゅっとしめつけられました。全くの不意うちでありました。
 兵曹長は、救難信号をうつ間もなく、電鍵から手をはなさなければなりませんでした。
「な、何者!」
 というのものどの奥だけです。兵曹長は、自分の首をしめつけた曲者の腕をとらえて、やっと背負投《せおいなげ》をしました。それから大乱闘となったのです。とつぜん現れた相手は一体何者でしょう?

     2

 勇士小浜兵曹長は、息つぐまもなく前後左右からくみついてくる怪人たちを、あるいは背負投でもって、機上にあおむけに叩きつけ、あるいはまた得意の腰投で投げとばし、荒れ獅子《じし》のようにあばれまわりました。
 兵曹長をおそった怪人たちも、このものすごい兵曹長の力闘に、すこしひるんでみえました。そして砂上に、遠まきにして、兵曹長をにらんで立っています。
 小浜兵曹長は、はじめてこの不意うちの敵をずらりとみまわしました。
 敵の人数は十四五人もありました。兵曹長一人の相手としてはずいぶんたくさんの人数です。
「な、何者だ。俺をどうしようというのか」
 小浜兵曹長は、ひるむ気色もなく、敵に対してどなりつけました。
「う、ううっ」
 と、呻《うな》っている敵方の面々は、黒人があるかと思うと、ロシヤ人がよく着ているルパシカという妙な上衣《うわぎ》をきている者もあります。このルパシカをきているのは、白人のようでありました。
 そのうちの一人の白人が、たっしゃな日本語でもってしゃべりだしました。
「アナタは、向こうの山へのぼって、下になにがあるか、ことごとく見たでしょう。白状なさい」
 言葉はたいへんていねいですが、敵の身構《みがまえ》はたいへんものすごいです。多分彼は、こういうていねいな日本語
前へ 次へ
全36ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング