つくづくながめました。それは全く妙な機械というよりいいあらわし方のない機械でありました。まずそれに似たものを思いだしてみますと、熱帯地方に棲《す》んでいる錦蛇という大きな蛇が、とぐろを巻いていて、そして鎌首をもちあげているところを考えてください。但し、その大蛇の首は一つではなく、七つの首をもっています。その首をよくみますと、それはラッパみたいに先が開いているのです。そのところは、ちょうど聴音機みたいです。それが横だおしになって、長く頸《くび》をだらんとのばしているのです。全体はすべて大小のちがいはあれ、管でできているので、蚯蚓《みみず》の化物のようでもあります。まことにふしぎな機械です。
 これをじっとみていた塩田大尉は、だんだん息をはずませてきました。その顔色は、はじめは赤く、そしてのちには青くかわりました。
「塩田大尉。これはどうした機械なのですか」
 一彦も、なにかしらぞっとするものを背中にかんじ、大尉のそばによっていきました。
「ふうん、これはね、多分大利根博士が研究中だといっていたあべこべ砲の一種らしい」
「あべこべ砲とは、なんのことですか」
 あべこべ砲というのは、きいたことのない名前です。一体この七つの首の化物機械は、なにをする機械なのでしょうか。


     3

「あべこべ砲というのはね」
 といって、塩田大尉はぶるぶると身ぶるいをしました。
「そんなに恐しい機械ですか」
「うん、もしこれが出来たら、これまでの兵器はみな役にたたなくなるという恐しい機械だ。しかし、それはたいへんむずかしくて、ここ十年や二十年のうちには出来ないだろうという話だった。つまり、あべこべ砲というのは、たとえば、自分がピストルを敵にむけてどんと撃ったとする。するとあたりまえなら、弾丸は敵の胸板を撃ちぬくはずであるが、このとき、もし敵があべこべ砲をもっていたとすると、その弾丸は敵にあたらないで、あべこべに自分の胸にあたって死なねばならぬというのだ」
「なるほど、それであべこべ砲ですか。しかしそんなことが出来るでしょうか」
「うむ、まあ出来ないだろうという話だったが、今ここに横たおしになっている機械を見ると、かねて大利根博士がちょっと洩《も》らした話の機械によく似ているんだ。待っていたまえ。もっとよくしらべてみよう」
 そういって、塩田大尉は機械をめんみつにしらべていましたが、そのうちに大声で、
「あっ、わかった」
「えっ、わかりましたか」
「対磁力砲のあべこべ砲――と書いてある。一彦君、ここを見たまえ。機械の裏側に、博士の筆蹟で、管のうえにほりつけてある」
 一彦が、のぞいてみますと、なるほど一等太い管の裏に、「対磁力砲のあべこべ砲」とほりつけてありました。
「じゃ、もう安心ですね。これがあれば怪塔王のもっている磁力砲をやっつけられますからねえ」
「ところがそうはいかないよ、一彦君」
「なぜです」
「だって、このとおり、あべこべ砲はひどく壊れているじゃないか。その上、大利根博士がどこに行ったのか、姿が見えんではないか」

     4

 怪塔王の持っている磁力砲を負かすことが出来そうに思われるあべこべ砲が、大利根博士の秘密室の中にころがっていましたが、残念にも、あべこべ砲は壊れています上に、それを発明した大利根博士もいないのです。
 塩田大尉と一彦とは、顔を見合わせてため息をつきました。
「なんとかして大利根博士を、早く見つけるより仕方がない」
「そうですね、博士はこんな大事な機械をここへおいて、どこへいってしまったのでしょうね」
 といったとき、はっと一彦が思い出したものがあります。それは、外からつづいていたあの気味のわるい血のあとのことです。
(そうだ。あの血のあと! あれはこの部屋へつづいていたが、どうなっているのかしら)
 一彦は、少年探偵気どりで、血のあとをしらべにかかりました。
 血は、この部屋にはいると、たいへんたくさん床の上にこぼれていました。それは、床の上になにかひきずっていったように、条《すじ》になっていました。その跡をつけていきますと、奥の隅っこにあるテーブルの上につづいていました。
 テーブルの上にも、下にも、血はたくさんこぼれていました。そのうえ、テーブルの下には、血にそまったズボンが一つ落ちていました。
「あっ、こんなものが――」
 と、一彦がとりあげてみますと、ズボンはひどく血によごれ、そしてナイフかなんかで切ったらしくずたずたにひきさいてありました。
「どうした一彦君。なに、血ぞめのズボンがあったというのか」
 塩田大尉は、かけつけるなり、そのズボンをとりあげて、電灯の光の下でじっとながめていましたが、さっと顔色をかえ、
「あっ、これは見覚えがある縞《しま》ズボンだ。いつも大利根博士は、この縞ズボンをはいていられた! すると博士は……」


   一彦の探偵眼



     1

 怪塔王というふしぎな人物のために、軍艦淡路をこわされたり、飛行機をうちおとされたりしたものですから、わが海軍は、いよいよこれは一大事と怪塔王を本式に討伐することになりました。
 なにしろめずらしい新兵器をもっている怪塔王を相手とするのですから、その作戦もなかなかたいへんです。
 まず第一におしらせしなければならぬことは、秘密艦隊というものが編成されたことです。この司令官には、池上少将《いけがみしょうしょう》が任命されましたが、この秘密艦隊は、それこそまったくの極秘のうちにつくられたので、海軍のなかでも知らぬ人がたくさんありました。
 怪塔王を討伐するために、艦隊ができたということは、まったく今までになかったことです。それを見ても、いかにわが海軍では怪塔王をおそるべき敵とおもっているかがわかるでしょう。
 ○○軍港にうかんでいる旗艦六甲《きかんろっこう》の司令官室において、池上少将は、いま幕僚を集めて秘密会議中です。そこには塩田大尉と一彦少年の顔も見えます。いや、見えるどころではなく、二人はいま、司令官に大利根博士邸のことを報告しているところなのです。
 司令官はじめ幕僚は、塩田大尉の報告があまりに怪奇なので、目をみはったり、首をふったり、拳《こぶし》をかためたりして、おどろいています。
「その縞ズボンは、たしかに大利根博士の物にちがいないのだね」
 司令官は、念をおしました。
「はい、塩田はかたくそう信じております」
「それで、大利根博士は、その後どうしたというのか」
「博士は、この血ぞめの縞ズボンを残したまま、どこかへいってしまったようです。私どもは、かなりくわしく秘密室をしらべましたが、とうとう博士の姿をみつけることができませんでした」

     2

「博士のありかがわからないうちは、なんともいえないが、どうやら博士は、怪塔王一味に襲われたと思われるが、それはどう思う」
 司令官池上少将は、塩田大尉にたずねました。
「塩田も、司令官閣下のおっしゃるところと同じ考《かんがえ》であります。大利根博士は、新しい学問をしている国宝的学者です。怪塔王にとっては、それがずいぶん邪魔であることと思います。それで襲撃しまして、博士を殺したのではないでしょうか」
「まず、そんなところであろうな」
「ところが、ここに居ります一彦少年は、私とちがった考をもっております。少年の口から、ぜひおききをねがいたいのであります」
 塩田大尉は、かたわらに腰をかけている一彦の方をふりかえった。
「なに、この少年がちがった考をもっているというのか。それはぜひ聞かせてもらおう」
 司令官も、一彦が帆村探偵の甥《おい》であることは、よく知っていました。この少年が、なにをいいだすやらと、急に顔をにこにこさせて一彦をながめました。
「僕は、大利根博士がたいへん怪しい人物だと思います。なぜといえば、博士邸には怪しいことだらけです」
「怪しいことだらけとは――」
「まず第一に、博士の実験室がエレベーターのように上下に動きます。これと似た仕掛が、怪塔の中にもありましたよ。帆村おじさんと僕とは、その仕掛のために、檻《おり》の中に入れられて、一階下へ落されたことがありました」
「怪しいことがあるなら、どんどんいってごらんなさい」
 司令官は、熱心な面持で、一彦をせきたてるようにいいました。
「第二は、この猿の鍵です」
 一彦は、ちゃりんと音をさせて、テーブルの上に大きな鍵を出しました。

     3

「なに、猿の鍵?」
 司令官は、その大きな鍵を手にとって、ふしぎそうにながめ、
「第二に、この鍵が怪しいとは」
「そうです、博士邸の一番おくにある秘密室は、その鍵であいたのです。ところが、その猿の鍵は、怪塔王が大事にしてもっている鍵なのです。あの怪塔の入口をあけるのは、やはりこの鍵でないとだめなのです」
 と、一彦は自分の信じているところをすらすらとのべました。
「で、それがどうしたというのかね」
「はい、司令官閣下。僕が今あげたように、怪塔と博士邸とは、たいへん似たところがあるのです。ですから、怪塔王と大利根博士とは――」と、ちょっと言葉をとどめ、「同じ仲間ではないかとおもうのです」
「えっ、怪塔王と大利根博士とが、同じ仲間だというのか。それはどうもとっぴな答だ。あっはっはっ」
 司令官は、思わず笑いました。
「でも、そうとしか考えられませんもの」
「しかしだ、一彦君。博士は、われわれの尊敬している国宝的学者だし、それにひきかえ怪塔王は、わが海軍に仇《あだ》をなす憎むべき敵である。その二人が同じ仲間とは、ちと考えすぎではあるまいか」
「でも、そうとしか考えられませんもの」
 一彦少年は、いつに似ず、たいへんがんばっています。
「だがねえ、一彦君」
 と、こんどは塩田大尉が、口をひらき、
「君のいうように、もし怪塔王と博士とが、同じ仲間だとすると、博士のズボンが血ぞめになっているのが変ではないかねえ。なぜといえば、仲間同志で殺しあうなんてことは変だからね」
「あれは、怪塔王が僕たちをだますためにやったのだと思います。怪塔王が博士を殺したとみせかけ、実は――実は。――」
 と、一彦少年は、その先をいおうか、いうまいかと、息をはずませました。


   兵曹長の蘇生《そせい》



     1

 小浜兵曹長は、どうしたでしょうか。
 大暴風の中を突破して、やっと陸地をみつけて海岸に不時着した兵曹長は、そのまま、機上に人事不省《じんじふせい》になってしまったことは、皆さんおぼえておいででしょう。
 それからどのくらい時間がたったかしれませんがふと気がついてみると、夜はすっかり明けはなれ、あれほどはげしかった嵐はどこかへ行ってしまい、まるで嘘のような上天気になっていました。
「ああっ、暑い!」
 やけに暑い太陽の光線が、兵曹長の体にじかにあたっていました。その暑さのあまり、気がついたらしいのです。
「ああ、どうも暑くてたまらん。なんて暑いのだろう。のどが乾いて、からからだ」
 兵曹長は、座席の下から水筒をとりだし、目をつぶって、がぶがぶとうまそうにのみました。
 ふと気がついてみると、これは青江三空曹の名のはいった水筒でありました。怪塔王と闘って、ついに壮烈な死をとげた青江三空曹のことが、いまさらに思い出されて、兵曹長ははらはらと涙をこぼしました。
「おい、青江。空のどこからか俺の声を聞いているか。俺はきっと貴様の仇を討ってやるぞ。俺のすることを見ていろ!」
 と、ひとりごとをいいながら、また水筒の水をがぶがぶとのみましたが、
「やあ青江、いま貴様の水筒から水をのんでいるぞ。どうもごちそうさま、貴様は暑かないのか。なに、もう神様になったら、ちっとも暑くないって。よしよしわかった。それじゃ、もう一口水筒の水をごちそうになる。いやどうもすまん」
 兵曹長は、ひとり芝居《しばい》をやりながら、また水筒の水をがぶがぶとのみ、とうとう水筒をからにしてしまいました。よほどのどが乾いていたようです。むりもありません。昨日からの兵曹長の奮闘ぶりといい、そして今またこの暑
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