えふしぎでありますのに、そのおちきったところで、実験機械をいれてある戸棚が、するすると横にすべって壁の中にかくれたのは、またふしぎです。そして、戸棚のうしろには、どこへ通じているのか、おもいもよらない扉があらわれました、いよいよもってふしぎであります。
「おお扉だ。これは大利根博士の秘密室の入口なんだろう。一彦君、この中になにがあるかしらないが、かまうことはない。行けるところまで、どんどんはいって行こうじゃないか」
塩田大尉は、一彦をふりかえって、はげましました。
「ええ、僕も突撃しますよ。もうなにが出てきたっておどろくものですか」
「よろしい、その元気、その元気」
塩田大尉は、体に似あわず元気な少年をたのもしくおもいました。
「ところで、この扉だが、どうすればあくのだろう」
と、塩田大尉が、扉のところへ近づきました。
「おやおや、鍵穴もなんにもありませんね」
と、一彦も、ともに顔を扉に近づけながらいいました。
ふしぎにも、その扉には、鍵穴もなんにもありません。
「はて、押しボタンでもあるのじゃないかなあ」
「さあ、ちょっと手で押してみましょうか」
一彦が、扉を押すために、手をちょっと扉にふれますと、扉はまるで弾《はじ》かれたように、するすると上にあがってしまいました。
「おやっ、手をふれただけで、あいたよ。ははあ、すぐこの奥にとびこめるようになっているんだね」
さて、あいた扉の向こうには?
5
ぱっくりと開いた怪しの扉のうちは、なにがあるのか真暗でありました。
「一体、この中には、なにがあるのだろう」
塩田大尉と一彦とは、しばらく中をじっとみつめていましたが、なにしろ真暗で、なにも見えません。人のいるけはいでもと思って、耳をすましてじっと聞いていましたが、なんの音もしません。
「塩田大尉、とびこんでみましょうか」
一彦は元気にいいました。
「うん、ちょっと待ちたまえ。ためしてみるから。――」
塩田大尉は、ピストルを取出すと、室内の天井めがけて、ずどんと一発放ちました。
かあんという、固いものにぶつかる高い音が、銃声のあいだにきこえました。しかし、その銃声におどろいて、鼠一匹飛出してくる様子がありません。
「もう大丈夫だ。進め!」
塩田大尉は、まっさきに室内にとびこみました。つづいて一彦が。――
すると、ふしぎなことが起りました。二人が室内にとびこむと同時に、どういう仕掛があるのか、室内にはぱっと明かるく電灯がつきました。
「うむ、なにからなにまで、最新式に作ってある」
塩田大尉は、感心しました。
「なぜ、こんな秘密室がこしらえてあるのでしょうかねえ」
「さあ、どういうわけだろうね。帆村探偵がいればすぐわかるだろうに」
といって、塩田大尉は、室内をみまわしました。ここはがらんとした室で、なんにもおいてありません。
「なんにも物がおいてないというのは、へんだね」
「へんですね。秘密室の中を、わざわざ空部屋にしておくなんて、へんですね」
一彦は、少年探偵きどりでいいました。
血痕《けっこん》の行方
1
「塩田大尉。これは、やはりなんかもっとたいへんな仕掛があるのじゃないでしょうか」
と、一彦少年は、がらんとした秘密室内をみまわしながらいいました。彼はいつの間に覚えたか、帆村の探偵術をまねしているようです。
「うん、なるほど。じゃあ一彦君、君はそっちをさがしてみたまえ、私はこっちをさがしてみよう」
塩田大尉と一彦とは、左右にわかれて、室内をさがしはじめました。
一彦は、腰をかがめて、床をなめんばかりにして見てあるいています。すると彼は、床の上に、黒ずんだ点々が、ぽたりぽたりとついているのを発見しました。
「あっ、へんなものが――」
と一彦がさけぶと、塩田大尉は、すぐとんで来ました。
「なんだ、一彦君。へんなものって、なにかあったのかね」
「ここにあるんです。黒ずんだ点々が、ずっとむこうまでつづいています」
「ほう、これか」
と、塩田大尉は床にしゃがみ、その黒ずんだ点々の一つを指先でつぶしてみました。
それは、ぐちゃりとつぶれました。そして赤黒い汁が、わずかとびだしました。
「ふん、これは怪しいぞ」
塩田大尉は、指のさきを鼻のさきにもっていきました。ぷうんと、生ぐさいにおいが、塩田大尉の鼻をうちました。
「あっ、これは血だ。血のにおいだ!」
「えっ、血ですか」
さあ、たいへんなものを見つけました。大利根博士邸の秘密室にこぼれていた古い血だまりは、一体なにを語るのでしょうか。
大利根博士は、どこへ行ってしまったのでしょうか。この血だまりのあることを知っているのでしょうか。
塩田大尉と一彦とは、しばらく無言で顔を見あわせていました。
2
大利根博士の秘密室に、点々と床をよごしている血のあと!
一彦少年はびっくりしましたが、その血の点々がどこへつづいているのかと、それをたどっていきますと、やがてそれは奥まった室の隅《すみ》のところで、とまっていました。
「塩田大尉、血はここでとまっていますよ」
「なるほど、これから先は、どこへいっているのだろうかなあ」
二人は、その室の隅をいろいろとさがしてみました。するとその壁の一番隅っこに、一銭銅貨を五つ並べたぐらいの大きさの、お猿の面がはりつけてありました。
「おや、こんなものがありますよ」
「どれどれ。ほう、お猿の顔の彫《ほ》りものらしいが、このがらんとした部屋には似あわしからぬ飾りものだね」
そのお猿の面は、鉄かなにかでできていました。
「一体これはなんでしょうね」
一彦は、お猿の面をいじってみました。ひっぱってみましたが、とれません。しかし、横にひっぱってみますと、お猿の面がうごきました。そして下から、思いがけなく鍵穴があらわれました。たいへん大きな鍵穴でありました。
「おやおや、こんなところに鍵穴がありますよ」
塩田大尉も、そこへしゃがんで顔を前へつきだしました。
「なるほど、これは大発見だ。たしかに鍵穴にちがいないが、こんなところに鍵穴があるなんて、どういう仕掛になっているんだろう。しかし、みたまえ一彦君、この鍵穴はずいぶん大きいね。よほど特別製の大きな鍵をつかうのだ。どっかに、その鍵がおちていないかなあ」
そういって大尉は、室内をまたきょろきょろみまわします。
一彦は、それには答えないで、じっとその大きな鍵穴をみつめていました。
3
お猿の面の下にある大きな鍵穴!
一彦少年は、しきりに考えています。
(どこかで、見たことのあるような鍵穴だが――)
そのうしろに、塩田大尉の靴音が、こつこつこつときこえてまいりました。
「ざんねんだなあ。どこにもそんな大きな鍵はおちていやしないよ、一彦君」
「あっ、そうだ!」
そのとき一彦は、とびあがって、さけびました。
「この鍵は、僕が持っています」
塩田大尉は、びっくりしました。
「えっ、なんだって。君がこの鍵を持っているって」
「そうです。いまやっと思い出しました。これはあのお猿の鍵がはいるのにちがいありません」
「なに、お猿の鍵だって」
「ええ、そうです。それはね、あの怪塔王が海辺におとしていった鍵なんです。僕はその鍵を型にして別の鍵をつくって持っていますよ、怪塔の入口も、その鍵であいたのです」
「そうか。ふうむ、それはたいへんな鍵だ。一彦君は、今それを持っているのかね」
塩田大尉は、息をはずませて、ききかえしました。
「持っていますとも。僕はそれをお守のようにしていつもポケットの中に入れているんです」
といって、少年はポケットをさぐって、鍵をとりだしました。それは銅びかりのした大きな鍵で、なるほど握りのところが猿の顔になっているものでありました。
「おお、なるほどこれは見事な鍵だ。では、はまるかどうか、さっそくはめてみようではないか」
塩田大尉は少年からその鍵をうけとって、隅の鍵穴にあててみました。すると鍵は、うまく穴の中にするするとはいりました。
4
猿の鍵は、ついにするすると鍵穴にはいったのです。さあ、この大利根博士の地下秘密室に、これからどんなことがはじまるのでしょうか。
塩田大尉と一彦少年とは、鍵穴の前にかがんで、ちょっと一息つきました。
「うまく鍵がはいりましたが、鍵をまわしてみましょうか」
「うん、うまくはいったね。一体これは何の鍵だかわからないが、まあとにかく鍵をまわしてみよう」
まことに、変な隅っこに鍵穴があるのですから、二人とも、この鍵をまわしたとき、どんなことが起るのか、一向に見当がつきません。
「じゃあ、鍵をまわしますよ、いいですか」
一彦少年は、猿の鍵を右へひねってみました。するとがちゃりと音がして、錠はうまくはずれました。
「錠がはずれた」
「うむ、はずれたか」
二人が顔をみあわせたとたんの出来ごとでありました。どこか地の底で、ごうごうというモートルのまわる音がきこえだしたとおもったら、ぎりぎりぎりと金属のきしる音がして、二人の目の前にある壁全体が、しずかに上へあがっていくではありませんか。
「おや。壁が上へあがっていく」
「うむ、そうか。この壁の向こうに、まだ部屋があるんだ。一彦君、こっちへよっていたまえ。中からなにがとびだすかわからないから――」
塩田大尉は、少年をうしろにかばいました。そしてなおも怪音をたてて上へあがっていく壁をじっと注意していました。
ぎりぎりぎり。
重い扉は、なおも上へあがっていきます。壁の下からは、その奥にある部屋の床がみえてきました。しかしその部屋にどんなものがあるのかについてはわかりません。わかっているのは血痕が中までつづいていたことだけです。
怪しい機械
1
大利根博士の地下秘密室のおもい壁扉は、まだぎりぎりぎりと音をたててあがっていくところです。
新しい科学兵器の研究者として名高い大利根博士は、いまどこへいっているのでしょうか。この前、軍艦淡路にあらわれたきり、誰も博士の姿を見たものがないのです。磁力砲にやられた軍艦淡路の鉄板をたくさん切りとってもってかえった博士は、それをしらべてくれるはずでしたが、博士は本当にしらべているのでしょうか。
一彦少年は、大利根博士のことを、たいへん怪しい博士だとおもっています。塩田大尉は、それと反対にかなり信用しているようです。
どっちが本当か、それはいずれはっきりわかるでしょうが、一彦にしてみれば、いくら秘密の研究をしている学者にしろ、邸内にずいぶん怪しい仕掛をしているのがなにより不審でたまりません。
大利根博士の実験室が、部屋全体エレベーターのように下におりる仕掛になっていたり、またさっきみつけた隅っこの鍵穴に、あの怪塔王のもっていた猿の鍵がぴったりはいったりするところから考えると、大利根博士と怪塔王とは、なんだか深い関係があるようにおもわれます。
その深い関係とは、はたしてどんな関係でありましょうか。
重い壁扉はぎりぎりぎりと上へあがっていきました。そしてとうとう壁だったところが、すっかり開放しになりました。
いまこそ、室内がよくみえます。
おおその部屋は、ちょっとした倉庫ほどもあるひろい部屋です。しばらくあけたこともなかったとみえ、中からはぷーんとかびくさい臭がただよってきました。
「こら、出てこい」
塩田大尉は、暗い部屋に向かって叫びました。しかし室内はたいへんしずかでした。
2
「誰もいないようだ」
塩田大尉は、一彦をふりかえっていいました。
「でも、中が暗くて、よくわかりませんね」
「待った。そこに電灯のスイッチが見える。いまつけるから――」
と、壁の内側にあったスイッチをおしますと、室内は、ぱっと明かるくなりました。
「ほう、あれは何だろう」
塩田大尉は、その部屋の真中に、横だおしになっている妙な機械のそばによりました。
「なんでしょうね」
一彦も、そばによって、その機械を
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