もっているうちに、ついに麻綱は、赤い焔をあげてめらめら燃えだしました。

     7

 さあたいへんです。
 怪塔ロケットと青江機とをつなぐ麻綱が、めらめらと燃えだしたものですから、さあ、たいへんなことになりました。
 小浜兵曹長は、本隊司令へ無電報告をするため、電鍵をたたきつづけていましたが、このありさまを見て、
「うむ、やっぱり燃えだしたか。怪塔ロケットは、こっちの飛行機をきり離して逃げていく気だぞ。もういけない。おい青江、エンジンをかけろ。大いそぎだ!」
 と、ふたたびエンジンをかけて飛行の用意をいいつけました。
「はい、エンジンをかけます」
 青江三空曹は、すぐさまその命令をくりかえして発火装置をまわしました。
 すると、ふたたびばくばくたるエンジンの音がきこえだし、機体がぐっとうきあがってまいりました。
「おい青江、麻綱はいよいよ切れそうになったぞ。用意はいいか」
「は、はい。もう大丈夫、飛べます」
 といっているとき、いままで怪塔の舵の上をしばっている麻綱や、錨の方ばかり気をくばっていた怪塔王は、このとき身がまえをやりなおして青江機の方にふり向きました。
「おや、上官。怪塔王がこっちを向きました」
「うん、おれも見ている。あの磁力砲でこっちをうつ気かな」
 といっているとき、果して怪塔王は磁力砲を二人の方へ向けました。そして、それみたことかといわぬばかりに、大口あいてにくにくしげにあざわらうではありませんか。
 せっかくがんばって、ここまで怪塔ロケットについて来た青江機も、いよいよお陀仏《だぶつ》になるときが来たかのようでありました。
 もちろん二勇士の心の中には、いさぎよく死ぬ決心がついていましたから、おくれはとりません。とはいえ、ここでいよいよ飛行機を怪力線でやかれるとはくやしいことです。


   空中の離れ業



     1

 怪塔ロケットと青江機をつないでいる麻綱は、いまや赤い焔《ほのお》につつまれて、めらめらと燃えだしました。いくら丈夫な麻綱でも、こうなっては間もなく燃えきれるのはわかったことです。
 麻綱が燃えきれると、せっかくおいすがることのできた怪塔ロケットと、またお別れになってしまいます。こんどお別れになったら、さてその次はそうかんたんに怪塔ロケットにおいすがることはできますまい。
「ううむ、ざんねん。麻綱が燃えきれるのを、こうして手をこまぬいて見ているなんて、なさけないことだなあ」
 と、小浜兵曹長は歯をばりばりかんで、ざんねんがっています。
「小浜兵曹長」
 青江三空曹がよびかけました。
「なんだ、青江」
「ぜひお許しねがいたいことがあります」
「なんだ、なにを許せというんだ」
「それは、つまり――あの麻綱をつたって、怪塔ロケットの中へとびこもうというのです」
「ええっ、なんだって。麻綱をつたっていって、あの怪塔を拿捕《だほ》するというのか。貴様、えらいことを考えだしたな、ううむ」
 さすがの勇猛兵曹長も、若い青江三空曹の考えだしたおどろくべき怪塔占領の計画にはびっくりして、ううむとうなりました。
「よし、では青江。綱わたりをやってよろしい」
「おお、お許しが出ましたか。私はうれしいです」
「うん、大胆にやれ、あせっちゃいかん」
「麻綱はさかんに燃えだしました。では、すぐ綱にとりついてのぼります」
 若武者青江三空曹は、バンドをはずすと、席をとびだしました。そしてあっという間もなく、青江機と怪塔ロケットをつなぐ麻綱に、ひらりととびつきました。

     2

 青江三空曹の、空中の冒険がはじまりました。
 綱にぶらさがって渡るのは、大得意でありましたが、なにしろ空中を猛烈なスピードでとんでいる綱をつたわるのですから、なまやさしいことではありません。ともすればひどい風の力で、体はふきとばされそうになります。
「青江、しっかりやれ」
 小浜兵曹長は、偵察席の上から腕をふりあげて、青江をはげましました。
 青江三空曹は、それに対して、かすかに頭をふって上官へあいさつをしました。
 二メートル、三メートルと、青江の体はすこしずつ向こうへうごいていきます。
 小浜兵曹長は、この勇ましい若武者のはたらきをすぐさま本隊あてに、無電で報告いたしました。
 すると折《お》りかえして本隊から、
“わが帝国海軍戦史のあたらしき一ページは、青江三空曹のこのたびの壮挙により、はなばなしくかざられたり”
 と、光栄にみちた感状の無電がとどきました。
 これをうけとって、小浜兵曹長は、わがことのようによろこび、
「おい青江、司令官から感状だ!」
 とさけびましたが、夢中に綱をわたっている青江三空曹には、きこえた様子もないのは、ざんねんでありました。
 それにつづいて本隊からは、新手の攻撃機隊がいま現場にむかって急行中であるから、ここしばらくがんばるようにと、しらせて来ました。
 小浜兵曹長は、本隊への連絡を、まずりっぱにしとげたわけであります。
 そのとき彼は、急に気がついて、怪塔王のその後の様子はどうであろうかと目を上げてみますと、さあたいへんです。窓から半身をのりだして、手にもった磁力砲の砲口を、しきりに青江三空曹の方に向けているではありませんか。あっ、あぶない。

     3

 怪塔王は、窓から磁力砲を向けて、しきりに青江三空曹の体をねらっています。
 うすむらさきの光線が、空間をつつーっと走りますと、そのたびに、その光線のとおりみちにあたった怪塔の鉄壁から、ぱちぱちと火花が散ります。
 怪塔王の手もとにくるいがあるのかして、さいわいに今までのところ、青江三空曹の体にはあたらず、彼は元気一ぱいで綱をわたっていくのが見えました。
「おお青江、がんばれ!」
 小浜兵曹長は、思わず拳《こぶし》をにぎって、うちふりました。
 しかし、様子をみていますと、今までのところはまあ無事にいきましたが、これから怪塔に近づくにつれて、危険はいよいよ急にふえてまいります。果して、青江三空曹はこの空中の大冒険、ロケット・飛行機間の綱わたりをやりとげるでしょうか。
 麻綱は、ますます燃えあがります。やがて焼けおちるのが、目の前にみえているようです。
 そのとき、目を青江の方に向けなおした小浜兵曹長は、あっとさけびました。
「あっ、火がついた。青江の体に、火がついた」
 さあ一大事です。今の今まで、なんでもなかった青江三空曹の腰のあたりから、白煙がふきだしています。それに気がついたか、青江は綱にぶらさがったまま、しきりに腰をふっています。ズボンが燃えだし、それで体があつくてたまらなくなったのでしょう。
「これはいかん」
 小浜兵曹長の眉が、苦しそうに八の字に寄りました。部下の危難を目の前にみていることは、つらいことでした。
「ははあ、青江は腰の辺《あた》りに、ナイフかなんか鉄でつくったものをぶらさげていたのだろう。それへ怪力線があたって、鉄が真赤になってとけだしたものだから、火が服に燃えついたのだ。こいつは困ったな。ほうっておくとあいつは焼け死ぬばかりだ」

     4

 偵察機と怪塔ロケットをつなぐ一本の麻綱にぶらさがり、怪塔へじりじり近づいていく勇敢な青江三空曹の服が、ぷすぷす燃えだしたのを見て、機上の小浜兵曹長ははっと胸をつかれたようにおもいました。青江をここで焼け死なせてはなりません。といって、とおくはなれたこの機上から、青江三空曹の燃える服にまで手のとどくわけがありません。
「こまったなあ」
 小浜兵曹長は、部下のこの危《あやう》いありさまをにらんで、ぶるぶると身ぶるいしました。なんとかして助けてやらねばならぬ。この様子では、青江の生命はあと十分ともたないであろうと、気が気ではありません。
「こまったなあ――そうだ、このうえは、おれも青江とともに死ぬんだ」
 なにを考えたか、小浜兵曹長は座席のなかをのぞきました。彼は座席の下から、革のふくろにはいった飲水をとりだしました。この革ぶくろを腰にさげると、彼はバンドをとき、座席にぬっとたちあがりました。
 彼はいそいで革ぶくろの上をナイフで切り、小さな穴を三つ四つつくりました。それからこんどは、革ぶくろの底を手ばやく紐《ひも》でゆわえ、その紐のさきを左の手首にしばりつけました。一体彼は、こんなことをしてなにをしようというのでしょう。
 もちろんそれは、部下を助けるための一か八かのこころみだったのです。
 小浜兵曹長の用意はできあがったようです。
 と、見る間に、
「やっ――」
 と、小浜兵曹長はかけ声もろとも、機上から怪塔ロケットにはりわたした麻綱にぶらさがったのです。
 ああついに、麻綱には二人の勇士がぶらさがりました。綱はずっしりおも味をひきうけることになりました。はたして綱はこのようなおも味にたえましょうか、見ればその麻綱は、いまや怪塔の胴をむすんであるところで炎々ともえているではありませんか。

     5

 なんと危い光景ではありませんか。
 怪塔の胴をむすんである麻綱は、炎々ともえさかっており、しかもその麻綱には、わが二人の勇士がぶらさがって、おも味はたいへんふえています。麻綱はいまにも切れそうです。もし麻綱が、怪塔の胴のところからぷすりと切れたら、二勇士の生命は一体どうなるのでしょうか。
 そのとき青江三空曹は、自分の服が燃えているのにやっと気がつきました。
「あっ、こいつはいけない」
 服についた火は、じりじり体を焼きこがして来ます。
火をもみけしたいが、手が両方とも自由になりません。このようなはげしい空気のながれのなかでとても麻綱を一本の手で握り、体をささえることはできません。そんなことをやれば、たちまち墜落です。
 青江三空曹は、ついに綱わたりをあきらめて、体をしきりにくねくねさせています。なんとかして服に燃えついた火を消したいとおもい、必死の努力をつづけていますが、風はいよいよあらく、火は燃えさかる一方です。あわれ青江三空曹も、いさましく怪塔に進撃の途中で、火だるまになって焼け死ぬかとおもわれたその時――
「おい青江、がんばれ」
 とつぜん、青江の耳になつかしい声がきこえました。
「おお」
 とふりかえって見ると、おもいがけなく自分のうしろに、いつ来たのか小浜兵曹長がやはり綱にぶらさがって、こっちへ近づいて来るではありませんか。
「ああ、上官」
 青江の瞼《まぶた》から、あつい涙がはらはらとこぼれおちました。部下をおもう小浜兵曹長のあつい心に感激した涙でありました。
「おい青江、力をおとすな。おれが火を消してやるから、もうしばらくの辛抱《しんぼう》だ」
 と叫んだのですが、はたして兵曹長は、火だるまになった青江をすくうことができるでしょうか。


   あわてる怪塔王



     1

 怪塔にわたしかけた一本の麻綱に、あぶない生命を託してぶらさがっている青江・小浜の二勇士の姿を、もし誰か同胞が見たとすると、彼は腸《はらわた》をかきむしられるようなくるしさにおそわれずにはすみますまい。
 怪塔王は、このありさまを怪塔の窓から、見おろし、ますます狼狽《ろうばい》のいろをあらわしています。そしてなお磁力砲を腕にかかえこんで、ひねくりまわしていますが、あわてているので、なかなかおもうようなところへ怪力線をあてることができません。
 ただ一回、まぐれあたりか、怪力線がぱっと青江機の車輪をささえている金具にあたりました。
 すると、おそろしいもので、その金具はたちまち青い焔をあげてとろとろと溶けてしまいました。車輪は、ささえがなくなったので、下へくるくるまわりながら、おちていきました。
 磁力砲が、金具にひどい熱をあたえ、人間の体にはそれほど熱をあたえないのは、この場合二勇士のため、まだしもの仕合わせでありました。
「もう一息だ。青江、がまんをしていろよ」
 つよい小浜兵曹長は、はげしい空気の流《ながれ》にもひるまず、たったったっと綱にぶらさがって、青江三空曹のそばに近づきました。
「小浜兵曹長――」
「おお青江、気をゆるめちゃいか
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