綱とが、はげしくつきあたった。火花がはっきりみえたと思った。あっと思った瞬間、錨はぶうんとはねとばされました。
「ちぇーっ」

     6

 空中の曲技!
 錨のさきに、こっちの綱がうまくかかったと思った刹那《せつな》に、綱は錨をぽーんとはじいてしまいました。
「しまった」
 と、さけんだのは操縦の青江三空曹です。
「うむ、ざんねん」
 と、呻いたのは同乗の小浜兵曹長です。
 空中の曲技が、おしいところで失敗してしまいました。
「上官、やりなおしをいたします」
「うむ、おちついてやれ」
 このとき弾《はじ》かれた錨は、せっかく空中につくった美しい輪をこわしてしまいました。
 青江三空曹は、怪塔ロケットをおいながら、ふたたび綱を怪塔の胴のまわりに、ぐるぐると輪状につくりなおさねばなりませんでした。
 小浜兵曹長は、ただ呻るばかりです。
 そのうちに、ふたたび麻綱は錨をすなおにひきもどし、美しい輪が空中にえがかれました。
 いくたびか、この綱の下をぬけ出そうとして、ついにぬけだすことができなかった怪塔ロケット!
 ここぞと、青江三空曹は機体をひねって、こっちの綱を向こうの錨のそばにちかづけていきました。
 たてつづけの宙がえりに、さすがの二勇士も、このときはげしい頭痛を感じるようになりました。これ以上、あまり宙がえりをつづけると、気がとおくなり、やがては死んでしまうおそれがあります。しかし青江三空曹は、あくまで精神力でもって、そうなるのをくいとめています。
「ああもうすこしだ」
 と、小浜兵曹長が思わず口走った刹那、錨はうまく綱をひっかけました。青江三空曹のお手柄です。
 綱は錨にひっかかったまま、するするとすべりましたので、綱の輪は小さくしぼられていきます。さあこれからどうなるのか。


   遂に現る



     1

 錨にひっかかった綱は、するするとすべって、たくみに怪塔ロケットの胴をしめつけてしまいました。
 綱はいま怪塔ロケットの舵《かじ》の上からぎゅっとおさえています。
 青江機は、そのながい綱のさきにぶらさがっています。
「エンジン、とめ!」
 と、小浜兵曹長は号令をかけました。
 エンジンをとめろというのです。ここでエンジンをとめると、どういうことになるか。
 とにかくおどろいたのは怪塔王です。
 飛行機に追いこされ、それから先まわりされてロケットの飛行をさまたげられ、なんという意地のわるいやつだろうと舌うちをしているところへ、このような綱がぐるっとロケットの胴中をしばってしまいました。そして大事な舵の上をその綱がおさえてしまったのですから、ますますロケットの飛行はくるしくなりました。これでは、ちょうど歩いている人間の両腕、両脚をしばってしまったようなもので、走るに走れず歩くことさえなかなか大骨折です。
 だが、なんという乱暴な、そしてなんという思いきった青江機のやり方でしょう。
 いま青江機は、まったくエンジンをとめました。ですから、ロケットにひっぱられて、まるで大きい船のうしろに綱でむすびつけられている伝馬船《てんません》のように、ロケットの飛ぶまにまに、あとからついていきます。
「ちぇっ、あんなことをして、ぶらさがっていやがる」
 怪塔王は、窓の外の光景を、テレビジョンで見ながら、いくども大きな舌うちをいたしました。
「こうしていては、いつまでたっても、思うところまで逃げられやしない。なんとかしてあの飛行機をぶっつぶす方法はあるまいか」
 怪塔王は、けわしい目をぎょろりと光らせて、映写幕にうつる宙ぶらりんの青江機を、いまいましそうににらみつけました。

     2

 小浜・青江の二勇士が、おもいきった決死の大冒険をしまして、麻綱をもって愛機を怪塔ロケットにむすびつけたものですから、怪塔王は大腹立ちです。このままでは、怪塔ロケットのいくところへ、青江機がどこまでもついてくるわけですから、邪魔になるったらありません。
 怪塔王は、窓から首を出して、青江機をいまいましそうににらみつけていましたが、
「うん、よしよし。そうだ。あの飛行機をやっつけるにいい方法があった」
 と言って、顔を窓からひっこめました。なにを考えついたのでしょうか。とにかく怪塔王はいろいろといい武器をもっているので、おそろしいことです。
 こっちは小浜・青江の二勇士です。
 愛機は、さっき申したとおり麻綱でロケットにつながり、そのままひっぱられていきます。エンジンはもうとめてあります。操縦席の青江三空曹は、舵だけを一生けんめいでひいています。
「おい、青江、うまく飛んでいくなあ」
 と小浜兵曹長が声をかけました。
「はあ、エンジンをかけないでよろしいのでありますから、ガソリン節約になりましてけっこうであります」
「はっはっはっ、ガソリン節約はお国のため――というやつだな。しかし怪塔ロケットはすっかりおとなしくなったね」
「はい、おとなしくなりました。しかしあれでスピードを出しますと、まっすぐはとべないのですよ。御承知のとおりロケットの舵がこわれていますうえに、こっちの麻綱が舵の上からおさえつけていますので、スピードは出せますが、思う方向へとぶことができないのであります。つまり、どこへとぶのやらさっぱりわからないのであります」
「うん、どこへとぶやらさっぱりわからないわい。高度はいま一万メートルだが、いま何県の上空にいるやらさっぱり、下が見えないや」

     3

 怪塔ロケットにつながって、一万メートルの上空を滑走《かっそう》していく青江機上では、小浜・青江の二勇士が顔色一つかえずにのんきな話をつづけています。
「上官、まったく気持がいいですねえ。第一、エンジンをはたらかさなくてもいいからガソリンはいらないし、その上エンジンの音もプロペラの音もしないから、しずかでいい。ただうるさいのは、あの怪塔ロケットが放出するガスの音です」
「うん、ガスの音もかなわんけど、ガスの臭《におい》はいやだな。プロペラがまわらなくなったので、あの悪臭が頭の上から遠慮なくおりてくる」
「それでは毒ガスマスクを被りましょうか」
「うん、それほどのこともなかろう。ロケットのお尻の方にまわったのが、こっちの不運だ。いや、今になれると楽になるよ」
「私は、ガスの悪臭をそれほど苦に感じません」
「ほう、それほど感じないとは、貴様にしては感心だな。おれは相当つらいよ」
「いや、それほど私をほめていただかなくともいいのであります」
「貴様、きょうはいやに謙遜《けんそん》するね」
「どうも恐れ入ります。じつは昨日から風邪《かぜ》をひいていますので、鼻がきかないのであります」
「なんだって、風邪をひいていて、鼻がきかないというのか。わっはっはっ、なるほどそれなら、臭いものを嗅《か》いでも平気の平左でいられるはずだ。わっはっはっ」
「えへへへへへ」
 と、青江三空曹は、すこしきまりわるそうに笑いました。
 その時、怪塔王の顔がふたたび窓からあらわれました。青江機の方をじろりとにらみつけると、
「うふふふ。さあ日本の水兵め、神の名でもとなえるがいい」

     4

 怪塔王は、ロケットの窓から首を出し、下の青江機をにらみつけ、神の名でもとなえるがいいと、気味のわるいことを言いましたが、一体なにごとをはじめようというのでしょうか。
「おや、また怪塔王が、窓から顔をだしているぞ」
「あっ、なにか手に持っていますぞ」
 小浜・青江の二勇士が、たがいに叫びあううちに、怪塔王は半身を窓からのりだすと見る間に、かくしもっていた怪しい機械をぴったりと自分の胸にあてて、身がまえました。
「あっ、あんなものを出しやぁがった。あれはなんだろう」
「さあ、ベルクマン銃に似ていますけれども、ベルクマン銃が三つ寄ったくらいこみいった武器ですね」
「そうだ、武器にちがいない。どうするつもりかしら。ともかく戦闘準備だ。ぬかるなよ」
 怪塔王は、その怪しい武器を胸につけて身がまえると、その狙《ねらい》をロケットのうしろの方につけました。
 やがて奇妙な音響がすると、その怪しい武器の銃口とおもわれるところから、太いうす紫色の光がさっととびだしました。
 うす紫色の光線!
 あれはなんだろうとおもっているうちに、この光線はしきりに、ロケットのうしろの方をなでています。光線がロケットの外壁にあたると、そこから黄いろいような赤いようなつよい焔《ほのお》がぱっとあがりました。
「おおあれが磁力砲なんだろう。おれははじめて見たぞ」
 と、小浜兵曹長は望遠鏡から目をはなそうともしません。
 おそるべき磁力砲の力!
 それは、いまうす紫の光線を吐きながら、金属をめらめらと熔《と》かしていきます。

     5

 怪塔王が、いよいよ磁力砲を使いだしたのです。空中をとんでいく怪塔ロケットの窓から半身をのりだして、しきりに妙な機械を下へ向けています。
 怪塔のお尻の方が、赤黄いろい焔をあげて、めらめらととけかかります。
 小浜兵曹長と青江三空曹とは、このありさまを、またたきもせずじっとみつめています。
「おおあれだ。たしかにあの武器だ。金属にかけると、めらめらと焔をあげてとけてしまうというおそるべき武器だ。あれが怪塔王が一番大事にしている武器なんだ。あっ、あのとおり、怪塔ロケットの壁がとろとろとけていく。おい青江、あれをみろ」
「上官、私ははじめてみました。あれが噂《うわさ》にたかい磁力砲なのですか。しかし怪塔王は、自分の乗っているロケットの壁をとかして、一体なにをしようというのでしょう」
 まったく変なことをやる怪塔王です。磁力砲はしきりにうす紫の怪力線をうちだしています。
「うん、あれはね、怪塔王のやつ、こっちが麻綱にひっかけておいた錨をねらっているのだよ。つまりあの錨をとかせば、麻綱がほどけると思ってそれでやっているのさ」
「ああ錨をとかすつもりなのですか。錨よりも、麻綱を切ればいいのに。怪塔王も、考えが足りませんね。あっ、はっ、はっ」
 と、青江三空曹が笑いました。しかし、それは彼の思いちがいでした。
「そうじゃないよ。青江、磁力砲は金属をとかす力はあるが、金属でないものにはわりあい力が及ばないのだ。だから、あのうす紫の光線は、鉄板をとかしても麻綱をとかすことは出来ないのだ。怪塔王が麻綱をねらわないで錨をねらっているわけが、これでよくわかるだろう」
 青江三空曹は、「ははん、そんなものか」と感心したりびっくりしたり。

     6

 怪塔王は磁力砲をさかんにふりまわしています。
 怪塔ロケットのお尻がめらめらととけていきますが、かんじんの錨はなかなかとけません。
「やあ、怪塔王のやつ、手がふるえていて、うまく錨にあたらないのだ」
 と、小浜兵曹長が、おもしろそうに笑いました。
「どうです上官、機関銃をあびせかけてみましょうか」
「うん、機関銃の弾丸はうまくとどくまいよ、磁力砲が弾丸をはじきかえすだろうから」
「しかし、怪塔王が磁力砲をひねくりまわしているのを、こっちはじっと手をこまぬいてみているのはたまりませんね」
「そうではない。おれは、さっきから、本隊へしきりに通信しているんだ。怪塔王がいま磁力砲をあやつっているのが見えますといってやったら、司令はよろこばれて、もっとよく観て、くわしく知らせろといわれるのだ。当分じっとしていて、怪塔王のすることをみていることにしよう」
「ああそうですか、本隊では、磁力砲のはなしをよろこんでいますか。だが、じっとしているのはつらい。もっと手が長かったら、怪塔王のあのにくい顔を下からがぁんとつきあげてやりたいがなあ」
 青江三空曹は、磁力砲に錨が焼かれるのを、じっと見ているのを、たいへんつらがっています。
「おや上官、麻綱がぷすぷすくすぶりだしましたぞ」
「なんだ、麻綱がとうとう燃えだしたか」
 怪塔ロケットの金属壁が、とろとろとけているくらいですから、そのあたりの温度はたいへんあつくなって、やがて麻綱がぷすぷすとくすぶりだしたのです。これはいけないとみま
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