追いすがって、じりじりと追っていくうち、両機はいつしか七千メートルの高空にのぼってしまいました。

     4

 七千メートルの高空!
 いまや偵察機は、怪塔ロケットにおいつきそうです。
 霧はもちろんのこと、雲もなくなりました。ひろびろとした空です。地球はどこかへいってしまいました。下には蒲団の綿のような密雲が、どこまでもひろがっています。
「おい青江。貴様、とうとうがんばったな。えらいぞ」
 と、兵曹長がはじめてちょっとほめた。
「ま、まだであります」
 青江三空曹は、どなりかえしました。
「なに、まだだって」
「そうであります。私の得意とするがんばり方を十分に兵曹長にごらんにいれていないのであります」
「なんだって。まだがんばるというのか」
「いよいよこれから本当にがんばるのであります」
 青江三空曹は、じゃまものもなくなってひろびろとした高空を、おもいきりぐんぐんと愛機をとばせていく。
 そのあいだにも、小浜兵曹長はしきりと電鍵《でんけん》をたたいているのでありました。彼は偵察任務のため、青江機にのっているのであるから、機上から見た怪塔追跡の刻々の様子を、無線電信でもって本部へ知らせているのでありました。
「ただ今、わが青江機と怪塔ロケットの距離は一千五百メートル。あたりはすっかり晴れ、視界広し」
 と打てば、やがて本部からは返電があって、さらに報告をさいそくして来るのでありました。
 兵曹長はいそがしい。青江三空曹を励ましたり、怪塔ロケットを監視したり、それからまた本部へ無線電信をうったり。
 そのうちに、青江三空曹必死の追跡のかいがあり、とうとう機は怪塔ロケットと平行になりました。敵味方の二機は頭をならべて、まっしぐらに飛んでいく。怪塔の窓がよく見える。小浜兵曹長は望遠鏡を眼にあてました。

     5

 小浜兵曹長と青江三空曹との乗った偵察機ただ一機が、もうぜんと怪塔ロケットにおいすがっています。
 怪塔ロケットと偵察機とは、いままさに併行《へいこう》して高度すでに一万メートルにちかい高空をとんでいきます。
 小浜兵曹長は、やすみなく怪塔ロケットの様子を見ては、本部あてにくわしい報告を無線電信でおくっています。
「ただいま、怪塔の窓から、怪塔王が顔を出した。おそろしい眼つきでこっちをにらんでいる。あっ、顔をひっこめた」
 小浜兵曹長の報告は、なかなかくわしいものです。
 怪塔王が顔をひっこめたのは、また何か偵察機の方へ危害をくわえるつもりであろうと思われましたが、はたして間もなく、偵察機のエンジンの調子が怪しくなって参りました。
「青江三空曹、なんだかエンジンがとまりそうじゃないか。がんばり方が足りないぞ」
「そうじゃないんです。がんばっていますが、エンジンが言うことを聞いてくれません。まだ参るには早いのだが、変ですね」
「そうか、さては――」
 と、小浜兵曹長は気がついて、怪塔ロケットの方を睨みつけました。まさしくあの怪塔ロケットから出す例の怪力線が、こっちのエンジンの息の音をとめようとしているらしい。
 さっそく危険信号が、小浜兵曹長の手によって、本隊へむけ発せられました。
「怪塔ロケットの発する怪力線によって、エンジンがとまりそうだ。これ以上の追跡は、あるいはむずかしいと思う」
 すると本隊の方から、折かえして入電がありました。
「あと三十分、がんばれ。こっちでも、救援隊を手配しているところだ」
 あと三十分がんばれ! エンジンのこの調子ではその三十分が、うまくもつかしら。


   奇計



     1

 あと三十分がんばれ!
 怪塔ロケットを追う青江機の上で、偵察士の小浜兵曹長は歯がみをしました。
 青江三空曹の、人間わざとは見えないがんばりぶりにもかかわらず、エンジンの調子は、重病人の眼のようにわるくなるのでありました。
(怪塔ロケットにせっかく追いついたのに、このままでは、ぐんぐん遅れてひきはなされてしまう)
 どうにかして、あくまで怪塔ロケットにおいすがっていきたいものだと思った小浜兵曹長は、いろいろあたまをひねって、計略をかんがえました。
 そのときに小浜兵曹長のあたまにうかんだことがありました。それは、愛機に積んでいる長い綱のことでありました。これは救助作業のときにつかうもので、どの軍艦も持っている丈夫な麻綱でありました。
 兵曹長は、その綱の一番端に鋼鉄でつくってある錨《いかり》をむすびつけました。その錨は、西瓜《すいか》ぐらいの小型のものでありました。
 兵曹長は、それをつくりあげると、青江三空曹に彼のすばらしい計画をうちあけました。青江三空曹は、まったくおどろきました。しかし只今のところこうした試みでもしないかぎり怪塔ロケットのごく近くに三十分間もくっついていることはむずかしいので、結局青江三空曹もこの計画にしたがうことにしました。
「じゃあ頼むよ。このうえは、貴様の操縦術にたよるほかないのだ。しっかりやれ」
 と小浜兵曹長がはげまします。
「だ、大丈夫です。私は、死んでもがんばるつもりなのです。さあどうか錨をおろしてください」
 青江三空曹はりっぱにひきうけました。
 そこで小浜兵曹長は、錨を先につけた綱を、そろそろと機体の外におろしはじめました。

     2

 天空たかく逃げのびようとする怪塔ロケットです!
 逃がしてはなるものかと、青江機は猛追撃をしています。
 偵察席にいる小浜兵曹長は、ありったけのちえをしぼって、錨のついた麻綱をまずおろしました。
 麻綱はながくながくのびていきます。その先についている錨のおもさで、麻綱はぶらんぶらんとゆれています。そして錨はだんだんとはげしく振れていきます。
「おお、右旋回だ!」
 小浜兵曹長が、伝声管の中にさけびますと、
「はい、右旋回!」
 青江三空曹は舵《かじ》をひきました。すると飛行機は翼をかたむけるとみるまに、みごとに右へぐるりとまわっていきます。
 怪塔ロケットのお先へまわったのです。
 怪塔ロケットはまたスピードをおとしました。そしてやっとすれすれに、青江機のたらしている麻綱のそばをすりぬけました。
「はっ、はっ、はっ、怪塔ロケットもそろそろ困って来たようだ。こうなるとあぶなくて、スピードが出せないというのだろう。むりもない、もともと怪塔ロケットは、舵が半分ほど利かなくなっているのだからな」
 さきに小浜兵曹長は、体あたり戦術でもって怪塔ロケットの舵を半分ほどこわしておきました。それからこっち怪塔ロケットは、思うようにまっすぐ飛べなくなっていました。まっすぐ飛ぼうと思うと、ぐるぐるまわりをしたり、下りようとすると、ロケットの首が上にあがったり、酔っぱらいが自動車を運転しているのとおなじです。これには怪塔王もどんなにか困っていました。
 そこへ今、錨をぶらさげた麻綱がとんでもないときに鼻さきへぬっとあらわれるので、ますますロケットは飛びにくくなって来ました。スピードを落しておかないと、急に方向をかえることができません。

     3

 怪塔ロケットは、そろそろ目がまわりだしたように見えました。
 しかし追撃中の小浜兵曹長は、まだまだそんなことで手をゆるめるつもりはありませんでした。
「おい、青江、いよいよこのへんで、貴様の高等飛行の手並を見せてもらうぜ」
「はい、それを待っておりました。かならず敵を征服いたします」
 と青江三空曹は、はりきったこえで、返事をいたしました。
「うん、その調子でしっかりたのむぞ。では、おれが命令するとおりに操縦をしてみてくれ」
「はい、承知しました」
「では命令を発するぞ。――まず急上昇!」
「はい、急上昇!」
 こえのおわらないうちに、青江機は空中に垂直に立ちました。エンジンははげしい爆音を立てます。機はぐんぐん上る!
「ああ、怪塔ロケットが右へにげだしたぞ。にがしてたまるものか。――宙がえり、急降下で右へ!」
 青江機は空中に美しい輪をえがいて、くるりと一転しました。そして、そうするが早いか、たちまち機首を下にむけて、のろ牛をおそう鷲《わし》のように、猛烈なスピードでさっとまいおりるのでありました。
「うまいうまい。りっぱな手並だ、まるでおれの若いときのようだ。いや、おれの方が、もうちっと上手《じょうず》だったがね」
 と、小浜兵曹長がいいました。操縦中の青江三空曹は、ほめられたのか、それともひやかされたのか、どっちであろうかと目玉をくるくる。
 そのうちにも錨綱は、不思議なゆれかたをして、空中を大蛇のようにのたうちます。
 おどろいたのは怪塔王です。あぶなくて、ロケットを飛ばしていられません。
 繰縦をやっている三人の黒人を叱《しか》りつけ、やれもっと左へ避けろだの、やれもっと高くあがれだの、体中汗びっしょりになって号令をかけています。が、怪塔ロケットはだんだん空中にすくんで来ました。

     4

 怪塔ロケットが宙ぶらりんにすすみだしたと見て小浜兵曹長は、
「おお、今だ!」
 と、さけんだのでありました。
 なにが今だというのでありましょうか。
 そのとき小浜兵曹長は、青江三空曹にむかって風変りな命令を発しました。
「おい、青江、怪塔ロケットの周囲を連続宙がえり!」
 連続宙がえりとは、たいへんな命令です。しかも怪塔ロケットの周囲をぐるぐるまわれというのですから、これはなかなかむずかしい。このへんが、操縦士のうでまえの見せどころであります。
「怪塔ロケットの周囲を連続宙がえり、始めまぁす」
 と、復唱するなり、青江三空曹は桿《かん》をぐっとひいた。すると、青江機はぐっと機首をあげるなり、空中にうつくしい大きな曲線をえがいて、怪塔ロケットにせまりました。
 怪塔ロケットは、わが偵察機ににらみすくめられたようになって、その銀いろの巨体を、ぶるぶるとふるわせました。
 青江三空曹は、ここぞとたくみな操縦ぶりをみせて、怪塔ロケットのまわりを、上になり、下になりぐるぐるとまわるのでありました。
 錨のついた長い麻縄は、だんだん輪のようにまるくなりました。
 小浜兵曹長は、麻縄をありったけのばしました。
 錨はだんだんあとにおくれて、やがて偵察機の正面に来ました。
 麻綱をのばすと、その錨はまたさらに偵察機に近づきました。
「青江三空曹、もっと小さくまわれ。そして錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけろ!」
 と小浜兵曹長は叫びました。
「えっ、錨にこっちの麻綱をひっかけるのですか」
 青江三空曹は、自分の耳をうたがうように聞きかえしました。

     5

 青江機があとにひっぱる錨づきの麻綱が、怪塔ロケットのまわりを環のようにとりまくと、小浜兵曹長は、錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけろと命令したのです。
 ものに動じない青江三空曹も、このかわった命令には驚きのいろをかくすことができませんでした。
「そうだ、錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけるんだ。早くしろ。しかしうまくやれよ」
 小浜兵曹長は、はげますようにいった。
「はい。やります」
 青江三空曹は頼もしい語気で、言葉すくなに答えた。そして、操縦桿をさらに手前へひいたのでした。
 機はぐっと傾いた。
 錨はふわりと機首のところをとびこえて、うしろの方へながれました。
 空中の投綱だ
 なんというむずかしい曲技でしょう。
 小浜兵曹長は、窓にかじりついて、窓外を夢中になってながめています。
 錨をさきにつけた麻縄と、彼が機体からくりだしている麻縄とが二本ならんでみえる。
「うむ、もうすこしだ! おちついて、しっかり、そして大胆に!」
 小浜兵曹長は、もうたまらなくなって、伝声管を通じて、操縦士の青江三空曹に声援です。
 青江三空曹は、それにはこたえなかった。操縦桿をにぎる彼は、そのとき緊張の絶頂にあったのだ。彼の目も、耳も、心も、反射鏡に映る錨と麻綱のほかに、なにも見えず、聞えず、感じなかったのです。
 錨と麻綱とはだんだん近づいて来ました。
「もうすこしだ。青江、しっかりやれ」
 ぴしり!
 空中で錨と
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