されてしまったのです。怪塔王は、そこではじめてほっと息をつきました。
「う、ふふふふ。さあ、これでいいぞ。これですべて、元のとおりになった。やっぱりわしは、大科学王だ。天下に誰ひとりおそれる者はないのだ」
 そういっているときに、ぴしんと大きなもの音がしました。配電盤の上についている一つのメートルの針が、ぐるぐるとまわりはじめました。それにつづいて、警鈴《けいれい》が、けたたましく鳴りだしました。
「ありゃありゃ」
「うう、ありゃありゃ」
 黒い円筒のふたが、内側からぽんとはねて、黒人の顔が三つ、ぬっと出ました。三人とも、生きている顔色とてもなく、ぶるぶるふるえて、室内をみまわしています。
 怪塔王も腰をぬかさんばかりにびっくりして、
「おや、とうとう始ったかな。――」
 と、配電盤の前にかけつけるなり、大きなハンドルに手をかけ、力をいれてううんとハンドルを廻しました。それは、強い酸性の薬をはきだす口がひらかれたのです。
 ぴしんという音は、たしかに海水が怪塔のガスの原料室の一つにしみこみ、大切な原料をおかしはじめたもの音らしいです。それがだんだんすすむと、やがてはおそろしい大爆発となって、怪塔がこなごなになるであろうことは、わかりすぎるほどわかっていました。
 ですから怪塔王は、ガスの原料を海水がおかさないように、かねてそなえつけてあった強い酸性の薬をはきださせて海水のはたらきをとどめたのです。さいわい、それがうまく利《き》いて、気味のわるいぴしんという音は、それっきりきこえなくなりました。とはいうものの、いつまたどこから海水がしみこんでこないとはいえません。あぶないあぶない。

     2

 怪塔が海水中にながくつかっていたため、いまや大心配のときが来たのです。一度は、怪塔王がみずからハンドルをとって、たかい薬をつかっておし鎮《しず》めましたけれど、いつまた、いや、そういっているうちにも、どんなひどい爆発がおこるかもしれません。
 怪塔王は、もうこの上は、ただの一秒もぐずぐずしているときではないと思いました。
 さいわい怪塔王は、帆村探偵からうばいかえしたマスクをかぶって、いつもの怪塔王になりすましていましたから、これなら黒人も安心していうことをきくだろうとおもいました。
 そうだとすれば、怪塔を爆発からすくうのは、今だ、今だけである、そう思った怪塔王は、いきなり三人の黒人の方をふりかえりざま、大喝一声《だいかついっせい》しました。
「こらっ、さっきから見ていると、お前たちはみな頭がどうかしているのじゃないか。いつもに似あわず、今日にかぎって、変なことばかりをしているじゃないか。なぜここにわしがいるのに、ぼんやり考えこんでいるのか。それとも、わしが二つにも見えるというのかね」
 そういわれて三人の黒人はびっくりです。だって、怪塔王がいきなり変な事をいいだしたのですもの。
(わしが二つにも見えるか――などというけれど、たしかに二人の怪塔王がいたのだ。いやそれともやっぱり自分は、怪塔王のいうとおり、頭が変であるために怪塔王が二つに見えたのではあるまいか。そういえば、あのえらい御主人怪塔王が二人とあるはずがない。すると自分は、真昼に夢をみていたのかしら)
 黒人は、めいめいそう思いました。すっかり怪塔王にかつがれてしまったようです。うまくいったとみるより怪塔王は、さらに声をはげまして、
「こらっ、さあさあ何をしている。お前たち、早く持場につかんか。さあ出発だぞ」

     3

 怪塔王が、いつもの調子でぽんぽんどなるので、これをきいていた黒人三人は、さっきまで二人の怪塔王をみていたことなんかどこかへ忘れてしまいました。
 めいめいに口にこそ出しませんが、ひとりひとり心の中で、
(こいつはいけない。主人のおこるのもむりはないよ。おれは、昼間から夢をみたりしたんだもの)
 というわけで、怪塔王にうまくごまかされてしまったとも気がつかず、号令にちぢみあがって円筒の中にひっこむと、怪塔をうごかす機械の前にぴったりとむきあいました。
「よいか。――次は飛行準備だ」
「はーい、飛行準備は出来ております」
 黒人は、伝声管でもって返事をいたしました。
「よろしい。――ではいよいよ出発!」
「よーう」
 と、黒人はかけごえして、使いなれた複雑な機械をあやつりはじめました。
 ごぼごぼごぼごぼ。
 海底によこたわった怪塔のお尻から、大きな白い泡がさかんにたちました。
 ごとん、ごとごとん。
 きりきりきりきり、きゅうん。
 金属のすれあう音がして、怪塔はぐぐっ、ぐぐうっと動きはじめました。
 機械の音は、刻一刻とやかましいひびきを立てはじめました。それとともに、怪塔の首がすうっと上にたち、やがていつもの怪塔と同じように、床は水平になり、壁はつっ立ちました。
 ごぼ、ごぼん、しゅうっ。
 怪音をあげて、怪塔はふかい海底から水面までをひとはしり! ついに海面に、その気味のわるい首をあらわしたかと思ったとたん、ぴゅうと空中高くまいあがりました。

     4

 めずらしや、海底からうかび出て、ふたたび空中高くまいあがった怪塔ロケット!
 海底では、日がさしませんから、夜はもちろん、昼間もまっくらで、あたりの様子から時刻を知ることができません。
 だが、こうして空中にとびだしてみると、あたりはいま、夜が明けはなれたばかりの朝まだきであることがわかりました。
 朱盆《しゅぼん》のように大きくて赤い朝日が、その朝、ことにふかくたちこめた海上の朝霧のかなたに、ぼんやりと見えます。
 霧は、怪塔王のために、まさに天のあたえためぐみだと、怪塔王は、じぶんでそう考えてよろこんだのです。
 しかし、一体怪塔王に、天のめぐみなどがあってよいものでしょうか。
 そうです。天のめぐみだとよろこんだのは、怪塔王の早合点《はやがてん》のようでありました。
 たんたんたんたんたん。
 どっどっどっどっどっ。
 ううーっ、ううーっ、ぶりぶりぶり。
 たちまち聞えるはげしい機関銃のひびき。そして間近にちかづくエンジンの爆音!
 飛行機だ!
 わが監視隊に属する偵察機だ!
 なんという大胆な行動だろう。このふかい霧のなかをついて、どんどん怪塔の方へ近づいて来る。
「ややっ、また出たな。なんといううるさい飛行機だろう」
 怪塔王は、にがにがしいといった顔をしました。
「正面から来るやつなら、幾台でも落してやるんだが、癪《しゃく》にさわることに、このごろ敵の飛行機のやつは、こっちの舵器のあたりがよわいことを知っているとみえ、そこのところばかり攻めて来るので、あぶなくてしようがない」
 そういって怪塔王は、あらあらしく舌打をしました。


   追跡急!



     1

 海底から浮かびあがって、爆発する心配はなくなった怪塔ロケットでありましたが、さて空中にとびあがってみますと、こんどは深い霧にまきこまれ、さらに待ちかまえていた監視飛行隊にみつけられ、ひどく急な追跡をうけたのであります。
「ちくしょう、ちくしょう!」
 と、怪塔王は配電盤をのぞきながら、たいへん怒っています。
「あっ、あぶない。また飛行機が……」
 配電盤には、四角に切った窓のようなものが三つばかり明いていて、その奥の幕に白い霧がうごいているところがうつっていました。これは怪塔王がつくった塔の外の景色をながめるテレビジョンの望遠幕です。
 おお、飛行機!
 とつぜん、そのテレビジョン望遠幕の上に、一台の飛行機の姿があらわれました。
 どこの飛行機でしょうか。
 いや、たずねるまでもありません。翼と胴とに日の丸がついているから、誰にでもすぐわかるとおりわが海軍機です。
 それより前、怪塔ロケットが海面からとびだすと、手ぐすねひいてまっていたわが監視飛行隊は、みなでもって十七機、すぐさまロケットのあとをおいかけたのですが、なにぶんにも霧が深いのと、怪塔ロケットがはやいので、だんだん姿を見うしない、せっかくの追跡もだめになったかとおもわれました。
 ところがただ一機、最後までがんばっているのがありました、いま怪塔王が見ているテレビジョン望遠幕にうつりだした一機が、そのがんばり飛行機なのでありました。
 この飛行機は、青江《あおえ》三等航空兵曹――略して青江三空曹が操縦している偵察機でありました。同乗の偵察下士は、例の小浜兵曹長でありました。
「おい、そんなにがんばって大丈夫か」
 と小浜兵曹長は伝声管をとおして、ただ夢中に舵《かじ》をとっている青江三空曹によびかけました。

     2

 そんなにがんばって大丈夫かと、小浜兵曹長にきかれたがんばり屋の青江三空曹は、お団子のようにまるい顔を「ぷーっ」とふくらませてちょっと怒っています。
「兵曹長、青江はですね、日中戦争のときからこっち、敵と名のつくものを狙ったが最後、そいつを叩きおとさないで逃したなんてことはですね、ただの一度もありゃしないのであります。がんばるもがんばらないも、あの怪塔ロケットを叩きおとすまではですね、私はなにも外のことは考えないのです」
「外のことって、なんだい」
 と、小浜兵曹長はたずねました。
「それは、つまりガソリンがきれるとかですね、敵の高射砲が盛に弾幕をつくっているとかですね、それからまた自分が死ぬなんてこと――そんなことをですね、外のことというのであります」
「ふうん、ガソリンのきれるのも、弾幕のこわいことも、自分が死ぬことも考えないのだね。すると、貴様は、俺の死ぬことは心配してくれているのだね」
「いえ、どういたしまして、自分の命はもちろんのこと、上官の命もですね、どっちも心配しておりません。そもそも私の飛行機にお乗りになったということがですね、上官の不運なのであります。それとも――」
「なんじゃ、それともとは――」
「いや、どうも私は夢中になって自分の思っていることをしゃべるくせがあっていけません。なんですか、上官は命がおしくなられたのでありますか」
「ばかをいえ。俺が若いときには、貴様より三倍も命がおしくなかった」
「今は?」
「今か。今は十倍も命がおしくない。だから、貴様そうやってがんばって操縦しているが、俺の目から見れば、まだまだがんばり方が足りんな」
 これをきいて、青江三空曹の顔は、赤いほうずきのようになりました。

     3

(まだがんばり方が足りない。おれなら、もっとがんばるんだが――)
 と、小浜兵曹長にからかわれて、青江三空曹は怒ったの怒らないのと言って、うれすぎたほおずきのように赤かった顔が、逆に青くなりました。
「これだけがんばっているのに、まだがんばり方が足りないと言うのか。兵曹長に甘く見られちゃ三空曹の名おれだ。ようし、そんなら大いにやるぞ。死んでもやる。向こうをひょろひょろ飛んでいく怪塔ロケットに、この飛行機をぶつけるまでは、おれはどんなことがあってもスピードをゆるめないぞ。あの怪塔ロケットの野郎め、こうなっては逃げようとしても、誰が逃すものか」
 青江三空曹は、武者ぶるいをしながら、怪塔ロケットを睨んで、猛然とスピードをあげました。彼の眼尻《まなじり》は、いまにもさけそうに見えます。
 小浜兵曹長は、うしろからそれを見ていて、にっこり笑いました。
 兵曹長は、わかい青江三空曹のことを、いじわるくからかったのではありませんでした。なにしろ相手は怪塔ロケットです。尋常一様のことでは、とても追いつけません。がんばり青江と言われる青江三空曹のがんばり方でも、まだまだ足りないと思ったので、思いきって彼を怒らせてしまったのです。
 兵曹長のこの計画は、すっかり的にあたりました。少年航空兵あがりの若い青江三空曹は、それこそ人間業とは思えないほどの名操縦ぶりを見せて、ともすれば見おとしそうになる怪塔ロケットのあとを、一生けんめいにおいかけています。
 ある時は密雲のなかに途方にくれ、またある時は急旋回をして方向をかえたり、ものすごい追跡ぶりです。
 いくたびか見失おうとして、それでもやっと
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