った」
そういって塩田大尉は、機械のこっちから大利根博士の名をくりかえしよんでみましたところ、三度目になると、はたして蓄音機の中から(ああ、うるさい……)と、博士の声がとびだしてきました。一彦はおどろいて、目をまるくするばかり。――
4
大利根博士の研究室に、博士の姿はどこにもなくて、ただ博士の声が飛出して来る蓄音機だけがあったのです。
じつになんという変な仕掛でしょう。
一体この変な仕掛は、なんのためにこうして博士の室内につくられてあるのでしょうか。またこの仕掛をつくったのは、誰なのでありましょうか。
「どうも変ですね。塩田大尉、これはきっと博士が人と口をきくのがいやなので、こんな仕掛で、来る人をみなおっぱらっているのではないでしょうか」
「うん、一応はそうも考えられるね。だが一彦君、一方ではこういうふうにも考えられはしないだろうか。つまり、大利根博士は、この研究室にたてこもっていると見せかけるため、わざわざこうした仕掛をしておいたとね」
なるほど、そういう場合もあるだろうと、一彦は大尉の考えに感心しました。
「でも、博士ともあろう人が、なぜそんなややこしいことをするのでしょう。いるならいる、いないならいないと正直に人にしらせるのが本当なのに、そんな不正直なことを博士がするでしょうか」
一彦はあくまで博士がえらい人だと信じていたから、こう申しました。
塩田大尉は、一彦の言葉をじっと考えていましたが、やがて一彦の顔を見ながら、すこし言いにくそうに、
「ねえ一彦君、私はどうもちかごろ博士のすることに、腑におちない点があるのだよ。それに帆村君からの言伝《ことづて》にも、博士に必ず会って見ろとあったではないか。帆村君も博士に気をつけろというつもりでそう言ったのではあるまいか」
一彦はなぜ、塩田大尉がそう言うのか、はっきりのみこめませんでした。早くもその顔色を見てとった大尉は一彦の肩を叩き、
「さあ、元気を出して謎にぶつかって見ようではないか、博士にはすまないが、まずこの室内をよくさがして見よう」
顔の怪塔王
1
お話はかわりまして、ここは皆さんおまちかねの怪塔の中です。
あれ、怪塔はまだちゃんと形がのこっていたのかとお尋ねになるのですか。そうです。怪塔はまだちゃんとしていましたよ。
塩田大尉の指揮する飛行隊に追われ、太平洋の波間に姿をけしてしまった怪塔は、そののち海上の監視艦の目に二度とうつりませんでしたが、じつはその怪塔は、波の下のふかいふかい海の底に、じっと横たわっていたのです。
そこは水深四百メートルといいますから、たいへんな深さの海底です。
太陽の光も、もうここには届かず、あたりはインキをとかしたように、まっくろで煙のような軟かい泥が、ふわりと平《たいら》に続いています。さすがに海藻も生えていません。まるで眠っている沙漠とおなじことであります。
その軟泥《なんでい》の寝床のうえに、怪塔は横たおしになったまま、じっとしていました。ただ怪塔の窓には、内部のほの明るい電灯の光がうつり、まるで、魔物の目をあけて、あたりを睨《にら》んでいるように見えます。
さあ、怪塔の中は、一体どうなっているでしょうか。
ここは二階の機械室です。
怪塔が横になっているので、すべての機械るいは横たおしになっています。
三人の黒人が入っている三つの太い鉄の円筒もみな横むきになっていました。
帆村探偵は、どこにいるのでしょうか。
それから、問題の怪塔王は、いまなにをしているのでしょうか。
「どうだ、もういい加減に降参したがいいだろう」
どこかで聞いたような声ですが、三階の階段のかげから叫びました。階段のかげにうずくまっている一|箇《こ》の人影――こっちへ顔を出したところをみればそれは例の汐《しお》ふきそっくりの怪塔王の顔でありました。彼は一体誰に、(もう降参をしろ)などとよびかけているのでしょうか。
2
怪塔のなかの不思議な会話です。
「だ、誰が降参するものか。このインチキ怪塔王め!」
おやおや、そういう声はたしかに、怪塔王の声でありました。そう叫んだ人物は、どこにいるかとさがして見ますと、一階の階段のうしろに隠れて、こっちをうかがっている一箇の怪人物がそれでした。どうしたのか、この人は、自分の首を黒い風呂敷みたいなもので、すっかり包んでいます。
そうです、この方が『声の怪塔王』でありました。三階の階段から顔を出している方が『顔の怪塔王』でありました。つまり二人の怪塔王は、たがいに勝手気ままな号令を出して、操縦士の黒人をこまらせていたところでありました。声の怪塔王と顔の怪塔王との戦《たたかい》は、まだつづいていたものと見えます。二人の怪塔王なんて、変なはなしです。一体どっちがほんとうの怪塔王でしょうか。
「なにがインチキなものか、貴様こそ偽《にせ》ものの怪塔王だろう。くやしかったら、貴様が顔をつつんでいる風呂敷をとって、黒人やわしに、貴様の地顔を見せろ」
「ば、ばかな!」
と言いすてましたが、声の怪塔王は、そのあとで、うーんと呻《うな》っています。よほど弱っているものと見えます。
「さあ、もういいだろう。そのへんで降参したがいいじゃないか」
「いやだ。天下無敵の怪塔王が、貴様のようなインチキ野郎に降参したり、この大事な怪塔をとられたりしてなるものか」
と、声の怪塔王はあくまで降参を承知しませんでしたが、そのうちに彼は急に何事かに気づいたという風に、
「おお、そうだ。貴様の空《から》いばりは勝手だが、この怪塔は、そういつまでも深海の底にじっとしていることは出来ないんだぞ。ある時間が来ると、自然爆発をするようになっているんだ。貴様は、それでも驚かないと言うのか」
3
『声』の怪塔王と『顔』の怪塔王とは、機械を中にはさんで、やはり睨みあっています。いまはどっちも機械の方に近づくこともできず、そうかと言って後へさがることもできません。どうしてもここで相手を降参させてしまわないと、食事をとることさえもできないのです。
どっちの怪塔王も、もう何食もたべないので、おなかはぺこぺこです。
黒人はどっちにつこうかと困っていますが、おなかの方は大丈夫です。なぜって黒人は、長期にわたって円筒のなかに暮せるようにと、あらかじめ食料品と水をもちこんでいました。ちょうど長距離飛行のときの、飛行士のような生活をしていたのです
だんだん疲れて来るのは、二人の怪塔王です。
『声』の怪塔王は、『顔』の怪塔王をおどすように、(もう海底にながくいられない。やがて怪塔は爆発するであろう)と言って、降参をすすめましたが、『顔』の怪塔王はいっかな降参をしようとは申しません。一体どうなることでしょう。
「おい、がんばらないで、わしのいうところに従え。この怪塔が爆発して、みんながここで死んでしまっては、何にもならないじゃないか」
と、『声』の怪塔王はなおもくどきます。
「僕は爆発なんぞ平気だ。怪塔とともに、ここで粉々にくだけてしまっていいとおもっている」
「それは無茶《むちゃ》だ。命は一つしかない」
「貴様はそんなに命がおしいのか」
と、『顔』の怪塔王はからからと笑い、
「では、海底から怪塔をとびあがらせるがいいじゃないか」
「駄目だ。お互の、このかっこうでは駄目だ。黒人には、どっちが本当の怪塔王か見分がつかなくなっている。だから、どっちの命令を聞いていいか、わからない」
「じゃあどうすればいいのだ」
「わしの部屋から貴様が盗んだものをどうか返してくれ」
と、『声』の怪塔王は泣きだしそうです。
4
「――盗んだ物を、僕に返せと言うのかい。あっはっはっ、とうとう本音《ほんね》をはいたね。食事にもいけなかったり、また折角《せっかく》の殺人光線灯も役にたたなかったり、黒人が言うことをきかなかったりしたんでは、もう弱音をはくより仕方がないだろう」
と、『顔』の怪塔王は、ほがらかに笑い、
「じゃあ、貴様の頼みをきいて、あれを返してやろうよ。こっちへ来い」
「えっ、返してくれるか」
と、『声』の怪塔王は、大よろこびでじりじりと、近づきます。
「おっととっ、そのまま近づいちゃいけないよ。両手を高く上るんだ。頭より高く上るんだ。さもなければ、僕は貴様の恐れている秘密を黒人に――」
「待て――」
と、『声』の怪塔王は、いたいたしい声でもって叫びました。
「あれを返してくれるなら、なんでも、貴様の言うとおりにする」
そう言って、『声』の怪塔王は、両手を頭の上に高くあげて、しずかに『顔』の怪塔王の方へ近づいて来ました。
『顔』の怪塔王は、それを見て満足そうにほほえみました。相手は降参したのです。
「さあ、ここへ来い。このうしろへはいれ」
と、階段のものかげを指さしました。
顔を風呂敷で隠した『声』の怪塔王は、はじめの勢《いきおい》もどこへやら、いまはしょんぼりとして『顔』の怪塔王の言いなり放題になっています。なにが彼をそうさせたのでしょうか。それはもちろん、この怪塔が海中につかりきりだと、あとしばらくして爆発し、彼も死んでしまわねばならぬのをおそれての上のことです。
『顔』の怪塔王は、いきなり、『声』の怪塔王の両手をうしろへ縛《しば》りあげてしまいました。
「あれは本当に返してくれるのだろうね」
と、『声』の怪塔王はまた念をおしました。
5
水中にながくつかっていると、怪塔は爆発するかもしれないというので、さすがに命のおしくなった『声』の怪塔王は、いまや『顔』の怪塔王に降参してしまったかたちです。彼の両手は、うしろにまわされ、しっかりとしばられてしまいました。
「さあ、君の言うとおりになったから、はやく約束どおり、君が盗んでいったものを返してくれい」
と、『声』の怪塔王はさいそくしました。
「うむ、約束はかならず果すよ。しかしその前に、貴様の体を念いりにしらべておかねば、あぶなくて安心していられない」
「なに、体をしらべるって。ちぇっ、そんな約束をしたおぼえはない」
と、『声』の怪塔王は、あわてました。
「ばかなことをいうな。僕の方こそ、貴様の体をしらべない約束なんかしなかったぞ。それがいやなら、やはり怪塔の爆発するのを待つことにするか」
「いや、いや、いや。それはいかん。怪塔が爆発すれば、こっちの命がない。まあ仕方がない。なんでもしらべろ」
「それみろ、余計な手間をとらせやがる」
そういって、『顔』の怪塔王は、『声』の怪塔王の後によると、彼の体を上から下まで、念入りに調べていきました。
すると果して、『声』の怪塔王の服の下にはたまを近よせない怪力線網がかくされていました。またその怪力線網に磁力をとおす電源もみつかりました。さっそく、そのようなあぶないものをとりのぞきました。
「さあ、これでもう貴様の体は、たまをはじきかえす力がなくなったぞ。おとなしくしたがいい」
『声』の怪塔王が、ふかい溜息《ためいき》をつくのがきこえました。
「どうかあれを早くかえしてくれたまえ」
「よし、かえしてやろう」
と、『顔』の怪塔王は自分の顔を両手でおさえました。さあ、なにごとが始るのでしょうか。
マスクと顔
1
いま怪塔の中に、とても信じられないような不思議なことが行われている。
こっちへ顔を見せている、『顔』の怪塔王は、その両手を自分の顔にかけると、えいやと力をいれて、すぽりと顔を脱いだ。
顔を脱いだのである。
目、鼻、口、それから頭の髪《かみ》の毛までそっくりついて、怪塔王の顔の皮はまるで、豆の皮を剥《は》ぐようにくるくると剥がれたのであった。
ああなんといたいたしいことだ。
血?
さだめしたくさんの血がどっとふきだすこととおもわれたが、そうはならなかった。ただびっしょりと玉の汗をかいた帆村荘六の顔が、その下から現れた。
なんだ、マスクだったのか。
マスクにしては、なんと巧妙なマスクだろう。
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