「いや、そんなことはない。横須賀軍港であろうが何であろうが、わが塔のほこりとする磁力砲でたたかえば、軍港なんかめちゃめちゃだ。ワタクシ、心配しない。オマエたちも心配することはない」
 と胸をはって、さけびました。
「いや、なかなか心配ある。軍港には、大砲ばかりでない。日本水兵なかなかつよいよ。それが塔の中へはいってくる。磁力砲では人間をふせぎきれない」
「そのときは、殺人光線でもって水兵をやっつける」
「だめだめ。殺人光線は、かずが一つしかない。大ぜいの水兵がせめてくると、殺すのがなかなか間にあわぬ」
「いや、だめでない」
「いやいやだめだめ」
 黒人がさかんに言争っているのを、そばでは、アラビヤの王様が着ているような長いマントを着た怪塔王が、むずかしい顔をして聞いていましたが、
「お前たちは黙んなさい。わしの命令だ。さあはやく、横須賀へ飛ばせるんだ」
 と、手をふれば黒人は、怪塔王のけんまくにびっくりして、円筒のなかにくびをひっこめました。
 この黒人たちは、この怪塔の運転手でありました。怪塔王が特別に教えこんであるなかなか重宝な運転手です。いよいよ怪塔はまた飛びだすことになりましたが、そのとき天井にとりつけてある高声器が、とつぜんがあがあ鳴り出しました。

     5

 とつぜん頭の上で、があがあ鳴りだした高声器!
 三人の黒人は、またびっくり。
 しかし、もっとびっくりしたのは怪塔王でありました。彼はすばやく腰をかがめて、床のうえにおちていた木片をつかむがはやいか、天井の高声器めがけて、ぱっとなげつけました。
 その木片は、高声器にあたらないで、そのまま下におちました。
 このとき高声器の中から、しゃがれた声がとびだしました。
「こうら、ジャンにケンにポンよ。塔を横須賀の方へ飛ばしてはならんぞ。わしの命令だ。そむいた奴は、あとで魂《たましい》を火あぶりにするぞ」
 そう言う声は、怪塔王とそっくりでありました。
「おやおや、先生はそこに立っているのに、三階からも先生の声がするぞ」
 黒人は、びっくり仰天《ぎょうてん》です。
「こうら、はやく横須賀へやれ。わしのこの顔が見えないとでもいうのか」
 と、室内の怪塔王はどなります。
「へえへ、それでは横須賀へ――」
 と黒人は頭をさげながら、心の中に、
(はて、この先生の顔はどう見ても先生にちがいないが、言葉つきがすこしちがっているような気がするぞ。しかし先生と顔がおなじ人が二人あるとは思われない。なんだかこれはわからなくなったぞ)
 そう思っているところへ、頭の上から、
「こうら、ジャンにケンにポンよ。わしの声がわからないか。お前たちの前にいるのは、にせ者のわしだぞ。言うことを聞いてはいけない」
「えっ、それでは――」
 と、三人の黒人は目をくるくるさせて天井を見あげたり、室内の怪塔王の顔をながめたり。
「わしがここにいて、命令をしているのに、お前たちはなにをさわいでいるのか」
 と、室内の怪塔王は不機嫌です。

     6

 顔の怪塔王と声の怪塔王!
 塔の中に怪塔王が二人出来てしまいました。黒人はおおよわりです。なぜって、顔の怪塔王が横須賀へ飛べというのに、声の怪塔王は横須賀へ飛んではならないと命令するのです。一体どっちにしたがったものでしょうか。
 もし帆村探偵がそこに居合《いあ》わせたなら、どっちが本当の怪塔王かを言いあてたことでしょう。その帆村探偵はこの塔の中にいるはずですが、まだ姿をみせません。一彦少年も、どこになにをしていることやら。
「なにをぐずぐずしている。塔をはやく横須賀へ――」
「いや、横須賀へ飛ばせることはならんぞ」
 顔と声との両怪塔王のけんかです。
 このとき怪塔の外では、塩田大尉指揮の編隊機がいく度《たび》となく翼をひるがえして、猛襲してまいります。そして機銃は怪塔の窓をめがけて、どどどど、たんたんたんとはげしく銃火をあびせていきます。このものすごい勢《いきおい》は、黒人たちをおそれおののかせるに十分でした。
 三人の黒人は、ふるえながら、お互《たがい》に目くばせしていましたが、やがてなにかうちあわせができたものと見え、一せいに円筒の中に姿をかくし、蓋をとじてしまいました。
 すると、まもなくごうごうと機関がまわりはじめました。塔はがたがたとゆれます。配電盤のうえのたくさんのメーターは、一時に針をうごかしました。
 がんがんがん、ごうごうごう。
「横須賀へ飛ぶんだぞ」
「だめだ。太平洋の方へ飛べ」
 両怪塔王は、互にどなりあっていますが、その声はむなしく塔内にひびくだけです。怪塔は、どんとはげしいゆれかたをしたと思うと、矢よりもはやく、しゅうしゅうと白いガスをはきながら、空にむけて飛びだしました。あっあぶない。爆弾の傘が行手をさまたげて
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