、ないぞ。一体どこへいった」
と、怪塔王は、きょろきょろあたりをふりかえってみました。
「やっぱりない。変だなあ」
怪塔のまわりは爆弾と銃丸とですっかり囲まれてしまっているのに、彼は一向《いっこう》そんなことには心配しないで、なにかしら「ないぞ、ないぞ」といってくろい風呂敷を頭からかぶってさわいでいるのでありました。なにかたいへんなことが起ったらしいのです。
そのとき、電話の呼びだしのベルが、けたたましくなりだしました。しかし怪塔王は、そんなことに、見向きもしません。
また、室内の配電盤の上には、赤い「注意」灯がしきりについたりきえたりして、怪塔王に或《ある》ことを「注意」しているのですが、これにも怪塔王はみむきもしません。一体怪塔王は、なにをそんなにあわてているのでしょうか。
その一階下は、つまり怪塔の二階で、ここは械械室でありました。いろいろなわけのわからない、こみいった機械がならんでいましたが、その中に、郵便箱ほどの大きさの円筒が三個、はなればなれにたっていました。これはなんであるか今までよくわかりませんでしたが、ちょうどこのさわぎのとき、円筒のふたがぱくんとあいて、そこから三人の黒人がぴょこりと顔を出しました。
2
今まで怪塔の中には、怪塔王一人が住んでいるばかりだとおもっていましたが、怪塔の二階にある郵便箱ほどの円筒が三つ、いずれもその蓋《ふた》があいて、なかからおもいもかけない黒人の顔がとびだしてきました.帆村探偵や一彦がこれを見たらどんなにおどろくことでしょうか。
円筒の中にはいっている黒人は、一体なに者でありましょうか。そしてその中で、なにをしていたのでありましょうか。
「おいジャン。先生はなにをしているのかなあ」
「うん、ケンよ。ベルがじゃんじゃん鳴って、危険をしらせているのにね」
と二人の黒人が、心配そうにいえば、もう一人のポンという黒人が、
「塔がこわれてしまってはしようがない。じゃあ、うごかしてみるか」
といいました。
するとジャンとケンはびっくりして、大きな眼玉をくるくるとうごかし、
「だめだよ、だめだよ。先生がちゃんとさしずをしなければ、塔はうまくうごいてくれないよ」
「そうだ、ジャンのいうとおりだ。それよりも先生がなにをしているのか、それを早くしる方法はあるまいか」
「それはない。おれたちは、この円筒のなかにはいったきりで、外へ出ようにも鎖《くさり》でつながれているから、出られやしないじゃないか」
こういう話を、さっきから階下へ通ずる階段の途中で、じっと聞いていた一人の人物がありました。
彼は、もういいころと思ったのか、そっと階段をのぼりきって、黒人の前へいきなり顔を出しました。
おどろいたのは黒人です。
「わっ、先生だ!」
三階にいるはずの怪塔王が、なぜ階下からあがってきたのでしょう。
3
ジャン・ケン・ポンの三人の黒人は、大あわてです。さっそく円筒のなかに首をひっこめ、蓋をがたがたしめようとしますが、あわてているので、なかなかうまくしまりません。
「おい、こら。ちょっと待て」
と、階下から来た怪塔王は言いました。
「へーい」
三人の黒人は、蓋を頭の上にのせたまま、また首を出しました。
そのとき黒人は、心のなかで、「おや!」と思いました。それは怪塔王が、へんな服を着ているからでありました。それはいやに長くすそをひいた、だぶだぶの外套《がいとう》みたいな服でありました。それは黒人たちが、はじめて見る服装でありました。
(先生は、へんな服を着ているぞ)
と、三人が三人ともそう思いました。
「こら、お前たち。あの警報ベルがなっているのが聞えるだろうな」
「は、はーい」
「あれはお前たちも知っているとおり、この塔の一部がこわれたのを知らせているのだ」
「はい、はい」
「このままでは危険だから、塔をはやくうごかさにゃあぶない」
「はあ、そのとおりです。私どももさっきからそれを申していましたので……」
「じゃあ、すぐうごかせ。よく気をつけてうごかすんだぞ」
「先生、どっちへ塔をうごかしますか」
「うん、それは――」
と怪塔王はちょっと考えて、
「そうだ、横須賀《よこすか》の軍港へ下りるように、この塔をとばしてくれ」
「へえ、横須賀軍港! それはあぶない」
黒人は、横須賀軍港と聞いて、顔色をかえました。
4
「横須賀の軍港とは、ワタクシおどろきます」
と、円筒のなかの黒人は、大きなためいきとともに、怪塔王にあわれみを乞《こ》うように言いました。
もう一人の黒人もふるえごえを出して、
「横須賀の軍港へこの塔をもっていくと、ワタクシたちまるでわざわざ虜《とりこ》になりにいくようなものです」
のこりの黒人は、ただひとり元気よく
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