あそこを調べにいった帆村探偵は一体どうなったのだろう」

     4

 九十九里浜に立っていた怪塔が、わずか一夜のうちに、かげも形もなくなってしまったというのですから、これには塩田大尉もすっかりおどろいてしまいました。
「これはすぐ偵察しなきゃならない。兵曹長、すぐ陸戦隊を用意しろ」
 兵曹長は、はっと挙手の敬礼をして駈けだしました。やがて集合を命ずる号笛《ごうてき》の音が、ぴぴーぃと聞えました。
 やがて一隊の陸戦隊員が、白いゲートル姿もりりしく、甲板へかけあがって来ました。
「気をつけ、番号!」
 銃剣をしっかり握って、水兵さんたちはさっと整列しました。
 塩田大尉はその前に進み出て、
「これから上陸して偵察任務を行う。場合によれば戦闘をするからその覚悟でいけ」
 戦闘?
 水兵さんたちは戦闘ときいて、心の中で、
(しめた!)
 と、思いました。こんな内地で戦闘があるとはもっけの幸いです。大いに奮戦して、突いて突いて、突きまくろうと決心しました。しかし敵は何者でありましょう。塩田大尉はそのことにつき一言もいわれませんでした。
 陸戦隊は、すぐさまボートを下しました。そしてそれに乗って、海岸めがけて漕《こ》ぎだしたのであります。
 まったく不思議な出来ごとがあったものです。塔のなくなった海岸の景色は、なんだかすっかり間がぬけたものになりました。
「上陸!」
 陸戦隊は一せいにボートから水際《みずぎわ》へとびおりました。
 そこでいよいよ塩田大尉を先頭に、小浜兵曹長がつきそい、陸戦隊は塔があったと思われる例の森をめがけて、勇ましく行進していきました。
 森はしずまりかえっています。白い砂も、青草も、みな黙ったきりです。迷子の怪塔はどこに立っているのでしょう。


   怪塔の一つの謎



     1

 怪塔の一階では、いま帆村探偵と一彦少年とが、しきりに小首をかしげています。
「帆村おじさん、なぜこの塔の出口が、土の壁でふさがれたんだろうね」
「ふーむ、おじさんにもよくわからないのだ。だがね一彦君、これは土の壁というよりも、むしろ土壌といった方が正しいのだよ」
「えっ、どじょう。どじょう――って、あの鬚《ひげ》のある、柳川鍋《やながわなべ》にするお魚のことだろう。なぜこの土がどじょうなの」
 帆村おじさんはくすくす笑いだしました。
「土壌って、魚のどじょうのことではない。いまいった土のことを土壌というのだよ。つまり大地を掘れば、その下にあるのは土壌ってえわけさ」
「なんだ、ただの土のことか、僕は魚のどじょうのことかと思ったから、それで驚いてしまったんだよ」
「いや、君はときどき面白いことをいうね。いま君に笑わせてもらったお陰《かげ》で、おじさんはたいへん気がおちついてきたよ」
 と、つづいてにやにや笑い、
「そこで一彦君、もう一つ君にお礼をいわなければならないことは、いま君に土壌とはどんなものかと説明している間に、この出入口をふさいでいる土壌の謎をとくことができたよ」
 帆村探偵が、この不思議な土壌は、そもそもどこから来たかという謎をといたといったものですから一彦少年は目をまるくしました。
「といたの? おじさんは謎をといたんだって。じゃあ早く教えてよ。なぜこんな土を持ってきたの」
「といてみればなんでもないことさ」と、帆村はこともなげにいってのけ、「つまり、この土壌は、大地を掘ったところにあるはずのものだから、しからばいまこの怪塔は、エレベーターのように、地上から大地の中におりているのである。さあどうだ、おもしろい考え方だろう」

     2

 怪塔が、エレベーターのように、地上から大地の中におりたという帆村の考えは、じつに思いきった見方でありました。
「おじさん、本当かい。怪塔がエレベーターのように下るんだって、ははははは」
 と、こんどは一彦君が笑いころげました。
「いや、ちっともおかしくない」と、おじさんは大真面目でいいました。「いいかね一彦君。僕たちがこの出入口の錠をはずして、この部屋へはいったときには、もちろん扉の外は道路になっていた。ところが今は、扉の外には道路がなく、そして土壌があるというのでは、塔が地中にもぐったものとしか考えられないではないかね」
「だって塔が下るなんて、信じられないや」
「一彦君、お聞き、エレベーターだって、五十人も百人ものれる大きなやつがあるんだぜ。この怪塔王という不思議な人物は、戦艦をこの塔へひっぱりつけたほどの怪力機械をもっているのだから、この怪塔を上げ下げすることなんか朝飯前だろう」
「な、なーるほど」
 一彦ははじめて塔が地中に下るわけが、なんだかわかったような気がいたしました。
 もちろん皆さまは、ずっと前からそれがよくおわかりになっていたことでしょう。軍艦淡路の
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