くいですが、只今あたりを見まわしましたところ、空中を飛んでいるロケットは、わが一機だけであります」
「えっ、お前の一機だけか。そして他のロケットはどこにいるのか」
「それがその、さきほどからの戦闘中、あべこべ砲にやられまして、いずれもみな火焔につつまれて海面へ落ちていき、それっきりふたたび浮かびあがってまいりません」
「な、なんじゃ。それではあとは全部、日本軍のためにやっつけられたのか。そ、それはあまりひどすぎる! あれだけのロケット隊をつくるのに、どんなに苦労したことか。それが、かねてわしの狙っていた日本の武力を、根こそぎ壊すのに役立つどころか、今迄に軍艦|淡路《あわじ》と十数機の飛行機を壊しただけで、もうこっちがあべこべにやっつけられてしまった。ああ残念だ。なんという弱い同志たち! なんというおそろしいあべこべ砲! わしは失敗した。あべこべ砲の始末を十分につけないで、放っておいたのが、誤《あやまり》だった。だが、まさか、あの秘密室まで日本軍がはいって来るとはおもっていなかったのだ」
怪塔王は、赤くなったり青くなったりして、じだんだふんでくやしがりました。しかし、残るロケットがただ一つではどうすることもできません。
「おい怪塔王、もうこのへんで男らしく降参しろ」
と小浜兵曹長は、破鐘《われがね》のような声で、怪塔王をやっつけました。
怪塔王は、きっと顔をあげましたが、そのまま言葉もなく首を垂《た》れました。
素顔
1
「もうだめだ」
怪塔王のため息は、帆村にも小浜兵曹長にも、聞えすぎるほどはっきり聞えました。怪塔王は気の毒なほど、悄気《しょげ》ているようです。
「おい、マスクをとれ」
帆村探偵が、さいそくしました。
「よし、いまとる。もうこうなっては、諸君の命令にしたがうばかりだ」
と、怪塔王は日頃に似あわぬおとなしいことをいって、両手を顔にかけました。
ああいまこそ怪塔王のマスクがとられるのです。人をばかにしたようなおどけた汐ふきのマスクの下にある顔は、一体どんな顔であろうかと、帆村探偵と小浜兵曹長とは、非常に胸がおどるのを覚えますとともに、また一方において、たいへん気味わるくもおもいました。
怪塔王は、マスクを無造作にぬぎました。防毒面をぬぐのと同じように、顔面全体と頭髪とが、すぽりととれたのです。
さあ、そのマスクの下に、どんな顔があったでしょうか、息づまるような瞬間です。
怪塔王は、しばらくうつむいていましたが、やがて顔をしずかにあげました。
鬼神の顔か? それとも国宝科学者といわれた大利根博士の顔か?
いや、そのどっちでもありませんでした。それはのっぺりした若い西洋人の顔でありました。まったく見も知らぬ西洋人の顔です。
(おや、これが怪塔王の素顔か!)
帆村も、小浜も、ともにちょっと呆気《あっけ》ない感じがしないでもありませんでした。
「さあ、これがわしの素顔だ。よく見てくだされ」
そういう声は、いつも聞きおぼえのある憎い怪塔王の声でありました。すると、この若い西洋人が、汐ふきのマスクをかぶって、あのように大胆な悪事のかずかずをやっていたのです。
「貴様は一体、どういう素性《すじょう》のものか」
兵曹長が、こらえきれないといった風に、怪塔王に問をかけました。
2
「わしの素性か、そんなことはどうでもいい」と、怪塔王はあらあらしく息をはずませながら、
「わしは日本海軍をやっつけて、東洋をめちゃめちゃにするつもりだったが、失敗した。失敗したうえからは、わしはなにもいいたくない」
そういって、きっと口を結んでしまいました。この若い西洋人は、発明狂ででもありましょうか。その生《お》いたちこそ、ぜひしらべてみたいくらいの、じつに興味ふかいものでありました。
さっきから口を閉じたまま、呆然《ぼうぜん》と怪塔王の素顔に見入っていた帆村は、このとき、つと一歩すすみますと、
「おい怪塔王、僕は、じつをいうと、怪塔王とは大利根博士の化けたのではないかとおもっていた。しかるに、マスクをとったところを見て、僕の考《かんがえ》がちがっていたことがはっきりわかった」
といって、帆村はちょっと唇を噛んで、
「――で、僕はここに、怪塔王からぜひとも返答をもとめたい一事がある」
「えっ、それは何じゃ」
「それは大利根博士の行方だ。博士はいま、どこに居られるか、すぐそれを教えたまえ」
「そんなことは知らん」
「知らんとはいわせない。怪塔王が博士邸へ押入ったことはわかっているんだぞ。博士の上着が遺《のこ》され、それに血が一ぱいついていたこともわかっている。大科学者を、君はどこへ連れていったのか。博士はまだ生きているのか、それとも君が殺したか。それを知らないとはいわせないぞ」
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