るのは、例の波のたかい荒海ではなく、真白な砂浜でありました。飛行機は、片車輪を砂のなかにふかくつきこみ、斜にかしいでとまっているのでありました。
 一体ここは、どこなのでしょう。
 とにかく、すんでのことに飛行機もろとも怒濤にのまれ去るところでしたが、それだけは助ったようです。
 たぶん小浜兵曹長は、嵐のなかに全身は綿のようにつかれ、目はかすみ、耳はがーんと鳴りつつも、あくまで軍人精神で、
(なに、これしきのことで、へたばってたまるものか!)
 とみずから気をひきたて、無我夢中に着陸をしたものと思われます。
 そこは砂浜とはいえ、やはり大地のことですから機体が砂丘のかげにどんとうちあたるなり、兵曹長はそのはげしい反動でもって、はっとわれにかえったらしいのです。
 だが、危かった勇士の一命が助って、たいへん幸《さいわい》なことでありました。
 小浜兵曹長は、雨にたたかれながら、座席のバンドをはずして立ちあがりました。
(一体、ここはどこだろう)
 頭の中には、鳥がさえずっているように、ぴーんと高い音がしています。思うようにまわらぬ首を無理やりにうごかして、あたりをながめていた兵曹長の眼底に、変なかたちをした木がうつりました。
「ああ、あれは椰子《やし》の木に見えるが、こんなところにどうして椰子の木が生えているのかなあ」
 兵曹長には、何が何だかわからなくなりました。
「うーむ――」
 と一こえ叫んだまま、彼はそのまま崩れるように座席にへたばってしまいました。
 椰子の木のある海辺は、どこだったでしょうか。


   大利根博士邸



     1

 ここで話はすこし前にさかのぼります。
 場所は、大利根博士の邸内です。
 みなさんおなじみの塩田大尉と、それから元気のいい一彦少年とがしきりと、怪しい博士の室内をさがしまわっています。
 二人とも、帆村探偵がわざわざ注意して来た言葉にしたがい、博士邸の謎を早く解かねばならぬとおもっています。
 一体大利根博士と怪塔王との間には、どんな関係があるのでしょうか。そしてあの天馬|空《くう》を行くような怪塔ロケットは、なぜあのようなおそろしい新科学兵器を持っているのでしょうか。そしてこれから何をしようと言うのでしょうか。この重大な秘密はいつになれば解けるのでしょうか。
 われわれはいましばらくこのままに、塩田大尉や一彦少年や、それから今怪塔中におしこめられている帆村探偵や、それからまた例のふしぎな海辺に気をうしなっている勇士小浜兵曹長の活動を見まもることにいたしましょう。
「どうも私には、人の持っているものをさがすのは不得手《ふえて》だ。これはやはり帆村探偵の専門だよ」
 と、艦隊の智慧ぶくろといわれる塩田大尉も、なれない室内さがしにややまいったようです。
「ねえ、塩田大尉、大利根博士は悪人なんでしょうか」
 一彦少年は、戸棚の中に首をつっこんでいる大尉のうしろから、声をかけました。
 この質問に、大尉はおどろいて、戸棚から顔をだしました。
「悪人? さあ、それが拙者《せっしゃ》にはどうもわからなくなったんだ。もともと博士は、じつに尊敬すべき学者だとおもって[#「学者だとおもって」は底本では「学者だともおもって」]いたんだけれど、こうして家さがしをしているうちに、だんだん変な気持になって来る。そう言えば、いつか博士が軍艦に来られたときも、言葉づかいやたち居ふるまいが、どうも変だったね。変り者の博士とは言え、むかしはあれほどそわそわしていなかった」

     2

 塩田大尉と一彦少年との話は、この家の主人大利根博士の上にくらい影をなげかけたことになりました。
 ずいぶん家さがしをしてやりましたが、どこをひっくりかえしても博士の熱心な研究材料が山とつまれているばかりで、別に怪しい手紙もありません。
 また、なんだかわけのわからぬ機械などが、たくさん並んでいましたが、これもまた別に怪塔ロケットに備っているほどの大仕掛のものではありませんでした。
 これで見ると、大利根博士は、やっぱり尊敬すべき熱心な科学者としかうけとれませんでした。
 塩田大尉は、ついに室のまん中にある丸い腰掛に腰をおろし、戦帽をぬいで丸刈頭に風を入れました。
「ざんねんながら、なんにも怪しいものが見つからん。一彦君、君もそこへ掛けたまえ。そうだ、いいものがある。これは軍艦の中で売っている別製のキャラメルだ。これを食べると、疲れもなおるし、それからまた、すばらしい考《かんがえ》がうかぶはずなんだ。さあたくさんお取り」
 そう言って大尉は、青い函《はこ》にはいった、キャラメルを、一彦にすすめました。
「はあ、ありがとう。ずいぶん重宝なキャラメルがあるんですね」
 一彦も、大尉と並んで、同じ形の腰掛に腰をおろし、そのみどりいろ
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