切った窓のようなものが三つばかり明いていて、その奥の幕に白い霧がうごいているところがうつっていました。これは怪塔王がつくった塔の外の景色をながめるテレビジョンの望遠幕です。
 おお、飛行機!
 とつぜん、そのテレビジョン望遠幕の上に、一台の飛行機の姿があらわれました。
 どこの飛行機でしょうか。
 いや、たずねるまでもありません。翼と胴とに日の丸がついているから、誰にでもすぐわかるとおりわが海軍機です。
 それより前、怪塔ロケットが海面からとびだすと、手ぐすねひいてまっていたわが監視飛行隊は、みなでもって十七機、すぐさまロケットのあとをおいかけたのですが、なにぶんにも霧が深いのと、怪塔ロケットがはやいので、だんだん姿を見うしない、せっかくの追跡もだめになったかとおもわれました。
 ところがただ一機、最後までがんばっているのがありました、いま怪塔王が見ているテレビジョン望遠幕にうつりだした一機が、そのがんばり飛行機なのでありました。
 この飛行機は、青江《あおえ》三等航空兵曹――略して青江三空曹が操縦している偵察機でありました。同乗の偵察下士は、例の小浜兵曹長でありました。
「おい、そんなにがんばって大丈夫か」
 と小浜兵曹長は伝声管をとおして、ただ夢中に舵《かじ》をとっている青江三空曹によびかけました。

     2

 そんなにがんばって大丈夫かと、小浜兵曹長にきかれたがんばり屋の青江三空曹は、お団子のようにまるい顔を「ぷーっ」とふくらませてちょっと怒っています。
「兵曹長、青江はですね、日中戦争のときからこっち、敵と名のつくものを狙ったが最後、そいつを叩きおとさないで逃したなんてことはですね、ただの一度もありゃしないのであります。がんばるもがんばらないも、あの怪塔ロケットを叩きおとすまではですね、私はなにも外のことは考えないのです」
「外のことって、なんだい」
 と、小浜兵曹長はたずねました。
「それは、つまりガソリンがきれるとかですね、敵の高射砲が盛に弾幕をつくっているとかですね、それからまた自分が死ぬなんてこと――そんなことをですね、外のことというのであります」
「ふうん、ガソリンのきれるのも、弾幕のこわいことも、自分が死ぬことも考えないのだね。すると、貴様は、俺の死ぬことは心配してくれているのだね」
「いえ、どういたしまして、自分の命はもちろんのこと、上官の命もですね、どっちも心配しておりません。そもそも私の飛行機にお乗りになったということがですね、上官の不運なのであります。それとも――」
「なんじゃ、それともとは――」
「いや、どうも私は夢中になって自分の思っていることをしゃべるくせがあっていけません。なんですか、上官は命がおしくなられたのでありますか」
「ばかをいえ。俺が若いときには、貴様より三倍も命がおしくなかった」
「今は?」
「今か。今は十倍も命がおしくない。だから、貴様そうやってがんばって操縦しているが、俺の目から見れば、まだまだがんばり方が足りんな」
 これをきいて、青江三空曹の顔は、赤いほうずきのようになりました。

     3

(まだがんばり方が足りない。おれなら、もっとがんばるんだが――)
 と、小浜兵曹長にからかわれて、青江三空曹は怒ったの怒らないのと言って、うれすぎたほおずきのように赤かった顔が、逆に青くなりました。
「これだけがんばっているのに、まだがんばり方が足りないと言うのか。兵曹長に甘く見られちゃ三空曹の名おれだ。ようし、そんなら大いにやるぞ。死んでもやる。向こうをひょろひょろ飛んでいく怪塔ロケットに、この飛行機をぶつけるまでは、おれはどんなことがあってもスピードをゆるめないぞ。あの怪塔ロケットの野郎め、こうなっては逃げようとしても、誰が逃すものか」
 青江三空曹は、武者ぶるいをしながら、怪塔ロケットを睨んで、猛然とスピードをあげました。彼の眼尻《まなじり》は、いまにもさけそうに見えます。
 小浜兵曹長は、うしろからそれを見ていて、にっこり笑いました。
 兵曹長は、わかい青江三空曹のことを、いじわるくからかったのではありませんでした。なにしろ相手は怪塔ロケットです。尋常一様のことでは、とても追いつけません。がんばり青江と言われる青江三空曹のがんばり方でも、まだまだ足りないと思ったので、思いきって彼を怒らせてしまったのです。
 兵曹長のこの計画は、すっかり的にあたりました。少年航空兵あがりの若い青江三空曹は、それこそ人間業とは思えないほどの名操縦ぶりを見せて、ともすれば見おとしそうになる怪塔ロケットのあとを、一生けんめいにおいかけています。
 ある時は密雲のなかに途方にくれ、またある時は急旋回をして方向をかえたり、ものすごい追跡ぶりです。
 いくたびか見失おうとして、それでもやっと
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