、『顔』の怪塔王はからからと笑い、
「では、海底から怪塔をとびあがらせるがいいじゃないか」
「駄目だ。お互の、このかっこうでは駄目だ。黒人には、どっちが本当の怪塔王か見分がつかなくなっている。だから、どっちの命令を聞いていいか、わからない」
「じゃあどうすればいいのだ」
「わしの部屋から貴様が盗んだものをどうか返してくれ」
と、『声』の怪塔王は泣きだしそうです。
4
「――盗んだ物を、僕に返せと言うのかい。あっはっはっ、とうとう本音《ほんね》をはいたね。食事にもいけなかったり、また折角《せっかく》の殺人光線灯も役にたたなかったり、黒人が言うことをきかなかったりしたんでは、もう弱音をはくより仕方がないだろう」
と、『顔』の怪塔王は、ほがらかに笑い、
「じゃあ、貴様の頼みをきいて、あれを返してやろうよ。こっちへ来い」
「えっ、返してくれるか」
と、『声』の怪塔王は、大よろこびでじりじりと、近づきます。
「おっととっ、そのまま近づいちゃいけないよ。両手を高く上るんだ。頭より高く上るんだ。さもなければ、僕は貴様の恐れている秘密を黒人に――」
「待て――」
と、『声』の怪塔王は、いたいたしい声でもって叫びました。
「あれを返してくれるなら、なんでも、貴様の言うとおりにする」
そう言って、『声』の怪塔王は、両手を頭の上に高くあげて、しずかに『顔』の怪塔王の方へ近づいて来ました。
『顔』の怪塔王は、それを見て満足そうにほほえみました。相手は降参したのです。
「さあ、ここへ来い。このうしろへはいれ」
と、階段のものかげを指さしました。
顔を風呂敷で隠した『声』の怪塔王は、はじめの勢《いきおい》もどこへやら、いまはしょんぼりとして『顔』の怪塔王の言いなり放題になっています。なにが彼をそうさせたのでしょうか。それはもちろん、この怪塔が海中につかりきりだと、あとしばらくして爆発し、彼も死んでしまわねばならぬのをおそれての上のことです。
『顔』の怪塔王は、いきなり、『声』の怪塔王の両手をうしろへ縛《しば》りあげてしまいました。
「あれは本当に返してくれるのだろうね」
と、『声』の怪塔王はまた念をおしました。
5
水中にながくつかっていると、怪塔は爆発するかもしれないというので、さすがに命のおしくなった『声』の怪塔王は、いまや『顔』の怪塔王に降参してしまったかたちです。彼の両手は、うしろにまわされ、しっかりとしばられてしまいました。
「さあ、君の言うとおりになったから、はやく約束どおり、君が盗んでいったものを返してくれい」
と、『声』の怪塔王はさいそくしました。
「うむ、約束はかならず果すよ。しかしその前に、貴様の体を念いりにしらべておかねば、あぶなくて安心していられない」
「なに、体をしらべるって。ちぇっ、そんな約束をしたおぼえはない」
と、『声』の怪塔王は、あわてました。
「ばかなことをいうな。僕の方こそ、貴様の体をしらべない約束なんかしなかったぞ。それがいやなら、やはり怪塔の爆発するのを待つことにするか」
「いや、いや、いや。それはいかん。怪塔が爆発すれば、こっちの命がない。まあ仕方がない。なんでもしらべろ」
「それみろ、余計な手間をとらせやがる」
そういって、『顔』の怪塔王は、『声』の怪塔王の後によると、彼の体を上から下まで、念入りに調べていきました。
すると果して、『声』の怪塔王の服の下にはたまを近よせない怪力線網がかくされていました。またその怪力線網に磁力をとおす電源もみつかりました。さっそく、そのようなあぶないものをとりのぞきました。
「さあ、これでもう貴様の体は、たまをはじきかえす力がなくなったぞ。おとなしくしたがいい」
『声』の怪塔王が、ふかい溜息《ためいき》をつくのがきこえました。
「どうかあれを早くかえしてくれたまえ」
「よし、かえしてやろう」
と、『顔』の怪塔王は自分の顔を両手でおさえました。さあ、なにごとが始るのでしょうか。
マスクと顔
1
いま怪塔の中に、とても信じられないような不思議なことが行われている。
こっちへ顔を見せている、『顔』の怪塔王は、その両手を自分の顔にかけると、えいやと力をいれて、すぽりと顔を脱いだ。
顔を脱いだのである。
目、鼻、口、それから頭の髪《かみ》の毛までそっくりついて、怪塔王の顔の皮はまるで、豆の皮を剥《は》ぐようにくるくると剥がれたのであった。
ああなんといたいたしいことだ。
血?
さだめしたくさんの血がどっとふきだすこととおもわれたが、そうはならなかった。ただびっしょりと玉の汗をかいた帆村荘六の顔が、その下から現れた。
なんだ、マスクだったのか。
マスクにしては、なんと巧妙なマスクだろう。
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