たんです。そのとき自分はもう死んでしまって、墓場にはいりこんだのじゃないかと思ったくらいです。あのときはじつにこわかった」
「うむ、そうだったろうねえ」
と塩田大尉は大きくうなずきました。
「――それからですよ、帆村おじさんの活動がはじまったのは。おじさんは、怪塔の二階をいろいろと苦心してうかがいましてね。怪塔の中には、怪塔王のほかに、妙な筒の中に黒人が住んでいることをさがしあてたんです。黒人は、怪塔王のいいつけなら、どんなことでも素直にはいはいときいて、機械をうまくあやつるのです」
「ほう、そうか。よし、なかなかいいことをしらべてくれた」
「――そのうちに帆村おじさんは、僕をぜひとも逃してやりたいといいました。僕はひとりで逃げるなんていやだとことわったんですけれど、帆村おじさんは、お前が逃げ出して、塩田大尉などに大事なことを知らせてくれないと、怪塔王はいつまでも暴れ、軍艦などに害をあたえるというので、僕はようやくいうことを聞きました。そして帆村おじさんが、鉄の窓わくを永い間かかってこわしてくれたので、その狭いところから、外へとびだしたんですが、そのとき足に怪我をしました」
「もうそれだけかい。帆村君からの言づてはほかになかったかい」
「いや、一つ重大な言づてがありますよ」
4
「なに、帆村君からの重大な言づてって、どんなことだい」
と、塩田大尉は一彦の手をしっかりと握って、聞きかえしました。
「それはね――」
と、一彦はしばらく目をとじて、じっと考えていました。この言づてはよほど重大なことでありましたから、、帆村からいわれたとおりまちがいなく大尉に伝えねばならぬと大事をとっていたのです。
「そうだ、帆村おじさんはこういってましたよ」
「ふむ――」
と塩田大尉はかたくなって聞いています。
「それはね、大利根博士にぜひ会ってくださいって。そして大利根博士の体に、なにか変ったことがあるかないか、ぜひともそれを調べておいてくださいって、いってましたよ」
「ふん、ふん。大利根博士に会えというんだな。そして博士の体に変ったことがないか調べてみろといったんだね。うむ、よくわかった。やっぱり帆村君は、なかなかの名探偵らしいぞ」
と、塩田大尉はなにごとかをひとりでもってしきりに感心していました。なにか大尉の胸におもいあたることがあるのでしょう。
一彦少年の、怪塔にとじこめられていたあいだのこまかい話は、それからそれへと、なかなかつきませんでした。
怪塔から発せられたあの無線電信は、やはり帆村探偵が出したものであることがわかりました。どうしてまた無線電信機を手に入れたのかと、大尉はびっくり顔でありましたが、一彦の語るところによると、帆村は一階のあのがらくた倉庫の中から、一つの壊れたラジオ受信機をさがし出し、その配線をかえて短波の送信機になおし、幸《さいわい》に切れていなかった真空管と電池があったので、あの通り送信がやれたのだそうです。
5
「ぜひ、大利根博士に会ってくれ!」
一彦がもってかえった帆村探偵の言伝《ことづて》は、塩田大尉の胸をたいへんいためました。
そういう急ぎの用事なら、なぜ怪塔の中から無線電信で打って来なかったのであろうかと、大尉はふしぎに思っているのです。怪塔の外へ出したけれど、はたしていつ大尉に会えるやらわからない一彦に、この重大なことがらを、言葉で伝えさせようとした帆村探偵の心には、なにかわけがありそうです。
塩田大尉は考えた末、無線電信などでこのことを空中に発すると、それが大利根博士に知れて具合がわるいのであろうと思いました。つまり大利根博士に会えと帆村がすすめたことは、あくまで博士に知れないようにしなければならぬということだと思いました。なぜ知れて悪いのか。それはいずれ後になってわかってくる事でしょう。
塩田大尉は、かたい決心をしました。
一彦にも、帆村探偵が大利根博士を訪ねよ、といったことを秘密にして、他人に喋らないよう約束させました。
そのかわり、大利根博士に会いにいくときには、かならず一彦をつれていくと、大尉の方でもお約束をいたしました。
こうなると、大利根博士に会うということは、たいへん重大なことになりました。
そうこうするうちに救護隊が山をのぼって来ました。
一彦の足の傷は、本職のお医者さまが見てすぐさま治療してくれました。かなり出血があり、そして足首のところで骨がはずれているということでありました。でも当人はたいへん元気だから、この分なら間もなく元のようになおるであろうといってくれたので、みなみな安心をしました。
救護隊は一彦を担架《たんか》にのせ、山をくだることになりました。一彦は命を助けてくれた炭やき爺さん木口公平《きぐちこうへい》にあって、
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