のでありました。
「八つざきにしてもあきたりないあの怪塔王だ」
 小浜航空兵曹長は、墜落していく愛機を、やっと水平にもどすことができると、目をあげて怪塔ロケットの姿を空中にさがしました。ところが、頭の上は雲ばかりで、もとめる怪塔ロケットの機影はどこにも見あたらないではありませんか。
「ちぇっ、うまく逃げられてしまったか。いや、青江のかたきをとらないうちは、どんなことがあっても逃しはせんぞ」
 兵曹長は、飛行の邪魔になっている麻綱を、くるくると機内にひっぱりこみました。そして、勇敢にもぐっと上舵《あげかじ》をとり、エンジンを全開にして、猛然と急上昇をはじめました。エンジンは幸いにも、たいへん調子がよろしいので、兵曹長は安心しました。
 雲の中をぬいつつ、兵曹長の目は、あちらこちらにうごきました。雲が視界を邪魔していましたが、雲の切れ目に、もしや怪塔ロケットの姿が見えはしないだろうかと思ったのです。
 しかし、敵の姿は、どこにも見あたりません。そのうえに、雲はいよいよ濃く渦をまいて来て、どこを飛んでいるのかわけがわからなくなりました。暴風雨のしらせさえ感じられます。
「ざんねんだなあ。こうしていては、雲にまかれてガソリンを損するばかりだ、しかたがない、雲の外に出よう」
 雲の外に出ようといっても、いつの間にか、古綿のような密雲はすっかり小浜機をつつんでしまい、どこが雲の切れ目か見当がつきません。兵曹長の心は、はやるばかりです。


   死力



     1

 せっかく急上昇したのに、密雲に邪魔をされ、ふたたび下降しなければならなくなった小浜機は、いまぐんぐんと雲を切って下っていきます。
「あっ、五千メートルだ。四千八百メートルだ。もっといそいで下りよう」
 小浜兵曹長は、さらに水平舵をひいて機首を下げましたから、機は弾丸のように下におちていきます。
「三千九百、三千七百。――まだ雲が切れない。執念ぶかい雲だなあ、まるで怪塔王の親類みたいだ」
 それでも雲は、なかなか切れません。
 三千メートル、二千八百――
「これは変だなあ。そんな厚ぼったい雲があるだろうか」
 兵曹長は、あまりに厚い雲に対して不平をいいながら、愛機を操縦して、なおもぐんぐん下りていきました。
 あたりはますます暗くなる一方で、まるで壁の中にぬりこめられたような感じです。いつの間にか飛行服の上を
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