でしようか。いままでに、このことは殆《ほとん》どわかっていません。
一彦とミチ子は、それからのちわずか五日間の短い日数のことでしたが、久万《ひさかた》ぶりに一しょに食事をしたり、歌をうたったり、お話をしたり、また夜は同じ室に枕をならべてやすんだりして、たいへん楽しいことでありました。そのためでもあり、またミチ子の手あつい看護のこともありまして、六日目になると一彦は殆ど普通に歩けるようになりました。ミチ子は一彦が病院の庭を歩く後姿をみまもりながら、うれし涙をこぼしました。
一彦は、もうすっかり元気です。
「さあ、もう大丈夫だ。きょうは塩田大尉が来てくださると言ってたが、もう見えそうなものだね」
「塩田大尉が見えたら、御用があるの」
と、ミチ子は心配そうにたずねました。
「うん、僕はね、塩田大尉と約束がしてあるんだよ」
「約束ってどんなこと」
「約束というのはね、僕を大利根博士のところへつれてってくれると言うことだよ。しかしこのことは、他人に言っちゃいけないよ。帆村おじさんが怒るからね」
そう言っているところへ、当の塩田大尉が軍装もりりしく病室へはいって来ました。
出発
1
「ああ塩田大尉」
「おお一彦君か。おやミチ子さんもいるね。二人ともうれしそうだな――一彦君、よろこびたまえ。今院長さんに聞いて来たんだが、君の傷はもう大丈夫だそうだよ」
三人は、声をあわせてうれしそうに笑いました。
「塩田大尉、僕と約束のこと忘れていませんね」
「え、約束。うむ、あのことか。しかしあのことはまあ、僕にまかせておいて――」
「いやだなあ、あんなことを言っている。僕はどんなにか待っていたんですよ。ぜひお伴《とも》させてください。それが帆村おじさんを救う近道のように思うんです」
塩田大尉は、しばらく無言でいましたが、やがてミチ子に向かい一彦をつれていってもいいかと尋ねました。ミチ子はもちろんそれに賛成しましたのでそれならばと塩田大尉は立ちあがりました。
「僕が心配するわけはいずれわかるだろうが、とにかく変り者の大利根博士のところへいくのは、これでなかなか大仕事だよ」
塩田大尉は二人の頭をなでながら、ほんのちょっぴり、気持を言いあらわしました。大尉は、帆村の言伝《ことづて》を聞いてからのち、いろいろ考えた末、大利根博士を訪問することをたいへん重大に思
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