かごとを事務長にわたして、席を立った。
このとき事務長は、喜びの顔をするまえに、ふあんな目つきで新聞のページをぱらぱらとめくった。
「では事務長。またおじゃまにあがるかもしれませんから、よろしく。なお、今から二十四時間は、ぜひともいっしょに漂泊《ひょうはく》していただきたいのですが、――これは国際救難法にもとづいての申し入れなんですが、もちろんごしょうちねがえましょうね」
ロバート大佐は、最後の重要事項をあいてに申し入れた。
「本艇の行動は自由です。しかしいまの件は、わたしがしょうちしました。二十四時間たったあとは、どうするかわかりませんよ。もっとも本艇はできるだけ貴隊の捜査に協力する決心ですから安心してください」
テイイ事務長は、このように答えた。
これで会見はおわって、三人の使者は引きあげたのだが、そのとちゅうで、どうしたわけかポオ助教授が「あっ」と声をあげた。
すると、帆村が、
「これは失礼。うっかりして足を踏んで、すみません。どうもすみません」
と、助教授のからだを抱えるようにして、ひらあやまりにあやまった。
まもなく三重扉であった。それを一つ一つ開いてもらい、気圧の階段を通りぬけて三名は外に出、螺旋はしご[#「はしご」に傍点]を下りて円板ロケットの中へかえりついた。
機関員たちは、螺旋はしご[#「はしご」に傍点]の電気を切り、はしごを中へとりこんだ。そのときには、円板ロケットはすでにギンネコ号の艇壁からはなれて、また周囲に火花のような光りを散らしながら、暗黒の空を大きく切って飛んでいた。
円板ロケットのなかで、三人の使者がめいめいの席についたとき、
「帆村君。さっきはどうしたの。ぼくのほうがおどろいたよ」
と、ポオ助教授が、待ちかねたという顔つきで、そういった。
帆村はにやりと笑った。
「あのようにしないと、相手にかんづかれるおそれがあったからです。ポオ助教授。あなたは、あのときギンネコ号の室内に意外なものを発見して、おどろきの声をあげられたのですね」
「ほう。これは気がつかなかったが、いったいどういうことかね」
ロバート大佐が、からだをまえに乗りだしてきた。そのときポオ助教授は、椅子にふかくもたれて、さっきのことを思い出そうとつとめるのか、しばらく目をとじていたが、やがて目を開いて、意外なことを語りだした。
「まったく帆村君の想像のとおり、ぼくは意外なものをあの部屋のなかで見つけたのです。それは発光式の空間|浮標《ブイ》です。はじめその上にカンバス布《ぬの》がかけてあって見えなかったのですが、ぼくたちが帰るとき、テイイ事務長の身体がカンバスにさわって、その布が動いて横にずれた。それで下にあった空間浮標が見えたんです」
「ほう。それはもしや『宇宙の女王《クィーン》』号のものじゃなかったのか」
大佐は先をいそいで、質問の矢をはなつ。
「そうなんです、あの器具は、ぼくが五十箇だけ用意をして女王号にとどけたんです。そしてそれに書きこんでおいたしるし[#「しるし」に傍点]は、黒いバラの花でした。さっきぼくが見たとき、カンバスの下から出ているあの浮標のうえに、たしか、その黒いバラのしるしのあるのをみとめました」
この話は、大佐をおどろかした。
「すると、ギンネコ号は、女王号の空間浮標をひろって、知らぬ顔をしているんだな」
「そうなりますね。ごしょうちでしょうが、あの空間浮標は、宇宙の一点にいかりをおろしたように動かないで、その一点をしめす浮標なんですが、しかしもう一つの使い道があります。それは遭難したときなど、その遭難現場を後からきた者に教える役もします。そういうときには、艇から外へほうりだすまえに、重大な遺書を中へ入れるのがれいになっています」
「では、ギンネコ号は、女王号の遺書をぬすんで、知らん顔をしているのか。じつにけしからんことだ。いったい、なぜこんなことをするのか。よし、これから引き返して持ってこよう」
「まあ、お待ちなさい、ロバート大佐」と、帆村は大佐をとめた。
「だが、このまま本艇へもどっては、わたしの責任がはたせない」
「いやいや、相手はとってもすなおにもどすとは思われません。というのは、あのギンネコ号にはゆだんのならぬ連中が乗組んでいると思われるからです。とても一筋縄《ひとすじなわ》ではゆきますまい」
「しかし帆村君。きみの知っている人格者が艇長をしているという話だったじゃないか」
「そうなんですが、その鴨《かも》艇長がきょうは姿を見せなかったのですから、ふしぎです。かれは病気でも、こんな重大なときには、われわれを病床へでも迎えて、会うほどの責任感の強い人物なんです。それがきょうはでてこないのですから、ゆだんはなりません」
帆村のことばが、たしかめられる時がまもなくくるのだ。あやしむべきギンネコ号の行動。
ギンネコ号と怪星ガンとは、なにか関係があるのであろうか。
残念がる助教授
ポオ助教授は、司令艇へ帰ってきても、こうふんをつづけていた。
帆村荘六は、助教授をなだめるのに一生けんめいだった。三根夫少年は、三人の使者がかえったと知って帆村のところへとんできたが、その場のようすに、三根夫自身も息のつまるような緊張をおぼえたことであった。この息づまるような空気は、救援隊長テッド博士をまん中にした幹部会議の席にまでもちこまれた。
三人の使者のなかで、一番上席のロバート大佐が、ギンネコ号に使いにいったけっかわかったことについて、一通りの説明をし、そのあとでポオ助教授の肩へ手をおいて、
「……そこでポオ助教授から、見おぼえのある『宇宙の女王《クィーン》』号の空間|浮標《ブイ》がギンネコ号の隅にあったことについて、くわしく話をしてもらおう。ポオ君、おちついて話したまえ」
と、助教授に発言をうながした。
待っていましたとばかり、助教授の長身が席からぬっくと立ちあがった。
「あれは、わたしが試験して『宇宙の女王』号へ届けた空間浮標にちがいないのです。形も見おぼえがあり、塗りの色もそうでしたし、さらにまちがいないことは黒バラの目印がついている。黒バラは、『宇宙の女王』号のマークなんですからねえ」
助教授はそういって、卓子《テーブル》のうえを、とんと一つたたいた。ならんでいる人たちの中には、大きくうなずく者もあった。隊長テッド博士は上半身をまえへのりだした。
「そういうたしかな証拠があるかぎりは………」
とポオ助教授はいよいよこうふんの色をしめし、
「ギンネコ号はうそ[#「うそ」に傍点]をついていると断定しないわけにはいかない。ギンネコ号は、現場へかけつけたが『宇宙の女王』号を一度も見なかったといっている。うそです、それは。……ギンネコ号はたしかにわが『宇宙の女王』号に出会っている。あるいはその漂流物かもしれないが、それを手に入れている。しかし相手はそれを白状しないのです。まったく、許しておけないゴロツキどもです」
幹部たちには、助教授のことばの中にある重大性がよくわかった。
「だからです」とこのときポオ助教授はロバート大佐のほうを指し、
「なぜわれわれがギンネコ号のなかにいる間に、あなたはそのてんについて、相手に質問してくださらなかったのか。まったく、大事な機会を逃がしたと思う。あのとき問いただせば、なまず[#「なまず」に傍点]みたいにぬらりくらりしたテイイ事務長といえども、顔色をかえて、泥をはくしかなかったと思う。しかるに大佐は、それをしなかった」
助教授のとなりにいた帆村が立って、隊長に発言の許可をえたのち、口をひらいた。
「いまポオ助教授が大佐にたいしふまんをのべられましたが、それについて、じつはわたしも責任があります。それはわたしは『空間浮標』のことは、われわれが知らないでギンネコ号を引きあげていったと、相手に思わせる必要があると思ったからであります。もし、それをいいだせばギンネコ号の連中は、ロバート大佐をはじめわたしたち三名を、やすやすと引きあげさせなかったでしょう。わたしはギンネコ号が、秘密をもったいやな宇宙艇であることを、艇内にはいると同時にさとったのです」
帆村は、横の椅子に腰をおろしたポオ助教授を気の毒そうにながめながら、
「ですから、ポオ助教授が、あの黒バラ印の空間浮標を見つけて、おどろきのあまり声をたてようとされたとき、それをさせてはたいへんと、わたしは失礼をもかえりみず、ポオさんの足を踏み、それをわたしがおわびするさわぎでもって、ポオさんがおどろきの声をあげたのをごまかしてしまったのです。いや、助教授、あのときは失礼いたしました」
そういって帆村はわびた。
「……それからわたしはいそいでこのことを大佐に知らせ、そしてこの場は、知らんふりをして引きあげるのがいいと思うと申しあげようとしたんですが、さすがに大佐は、さっきからのことも、またわたしの申しあげようとしたこともさとっておられ、余《よ》にまかせておけと合図をされたのです。ですからポオ助教授のふんがいされることはもっともながら、いま申しあげた事情によって、どうかわかっていただきたい」
と、帆村はあいさつをして、席にもどった。
助教授は、まだじゅうぶんにのみこめないといった顔だ。
そのとき隊長テッド博士は、あらたまった口調になって、次のとおりのべた。
「このたびの処置は正しかったと思う。そしてギンネコ号にたいしては、いろいろと対策をかんがえておかなければならない。そして黒バラ印の空間浮標の一件については本国へ向かっての報道を禁止する。事態は重大である」
この部屋の隅で傍聴をしていた三根夫も、このとき思わず身ぶるいがでた。たがいに助けあう友だちの艇と思ったギンネコ号が、意外にもゆだんのならないゴロツキ艇であるらしく、それが身ぢかにいる間は、いつこっちに害をくわえるかもしれず、ほかに警察力もないこの宇宙の一角において、生き残りの九台の救援艇隊にふりかかる運命は、どんなにきびしいものであろうかと心配されるのだった。
ギンネコ号|離脱《りだつ》
その夜、帆村と上下のベッドにはいった三根夫は、上のほうから下へ声をかけた。
「ねえ、帆村のおじさん。ギンネコ号はゆだんのならないゴロツキ艇だってね」
「まあ、そうとしか思えないね」
帆村の返事は、ぶっきら棒だ。なにか帆村は考えごとをしていたにちがいない。そこへ三根夫が声をかけて、じゃまをしたから、帆村はぶっきら棒の返事をしたのであろう。
「でも、まえにおじさんは、あの船には鴨《かも》艇長がのっている。鴨艇長はいい人だから、あの宇宙艇はいい人ばかり乗っているんだろうといったでしょう。おぼえているでしょう。その話とゴロツキ艇の話とは正反対ですね」
「そのことだ」と帆村は低くうなるようにいった。
「とにかく鴨艇長が乗っているかぎり、正義と親切の艇であるはずだ。だからおかしい。艇長は病気をしているとテイイ事務長の話だったが、病気をしているくらいで、乗組員があんなゴロツキみたいに悪くなるはずはないんだがなあ」
「ギンネコ号は、『宇宙の女王《クィーン》』号の遺留品をしこたまひろって、知らん顔をしているんじゃないですか。そういうことをするのを、『猫ばばをきめる』というでしょう。なまえがギンネコだから、きっとネコばばをするのはじょうずなんだろう」
「ははは。ギンネコだからネコばばはじょうずか。これは三根夫クン[#「三根夫クン」は底本のママ。文脈上からは「ミネ君」(前出)もしくは「三根クン」(後出)が妥当と思われる。]、考えたね。ははは」
笑わないことひさしい帆村がかるく笑ったので、三根夫もうれしかった。
「とにかくもうすこしギンネコ号のようすを見たうえで、『宇宙の女王』号とどんな関係にあるかをつきとめるしかない。そうだ、もう一度テッド博士にご注意をお願いしてこよう」
そこで帆村は、またベッドから起きあがると、服を着かえて、隊長のところへでかけた。
さてその夜のことであるが、救援艇隊はひそかにギンネコ号の行動を監視していた。
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