監視といってもテレビジョンでのぞいているのを主とし、そのほかに、ほんのわずかだけ弱いレーダー電波をギンネコ号にむけて、その位置を注意していた。レーダー電波を、あまり強くかけると相手が気をわるくする。ことにギンネコ号をおこらせ、現場から遠くへ離脱《りだつ》するこうじつを相手にあたえてはこっちの大損であるから、電波でギンネコ号をさぐることはなるべく目だたないようにしていた。
 夜にはいって一時間ほどすると、(時計の針のうえだけでの夜だ、その時間には当直のほかはみんな睡《ねむ》ることにしていた)当直の監視員がさわぎだした。
「たいへんです。ギンネコ号がわれらの艇団からはなれてゆきます」
 まずはじめに、テレビジョンでそれを見つけた。すぐさまレーダーでも探知してみると、なるほどギンネコ号は、さっきまでこっちの九艇の中心あたりにいたのに、いまはどんどん前進してそこからはなれていく。
「うむ。たしかにギンネコ号は動きだした。国際救難法により二十四時間は救援隊から離脱できないことになっているのに、ギンネコ号は、法規をやぶるつもりか」
 このことは、すぐさま幹部にまで報告された。隊長テッド博士をはじめ、みんな起きてきた。そして協議がはじまった。
「法規にはんするから、ギンネコ号に反省をもとめようか」
「まあ、もうすこしようすを見てからにしたほうがいい」
 隊長は、そういって、ふんがいする部下たちをおさえた。
 ところがギンネコ号は、だんだんに速度をはやめて、はなれてゆく。刻々おたがいの距離はひらいていった。
 時計をじっと見ていた隊長は、三十分して無電でもってギンネコ号に連絡させた。
 それにたいしてギンネコ号は、返事をうってこなかった。
 それから三十分して、テッド隊長は、いよいよたがいの距離を大きくしたギンネコ号にたいし法規をたてに、警告をこころみた。
 ところが、それにたいしてもギンネコ号は返事をしてこなかった。そしてますます速度をまして、こっちの救援隊の位置からはなれていった。
 救援隊員のなかには、ひどくおこりだして隊長はすぐ全艇に命令をだし、最高速度でギンネコ号のあとを追わせるべきだと論じた。最高速度で追いかけるなら、追いつける自信がじゅうぶんにあった。
 だが隊長は、それを命令しなかった。
 ギンネコ号が、こっちへ返事の無電をうってきたのは、五回目の警告のあとだった。その返事は、人をばかにしたようなものだった。
「本艇は、貴艇団のまん中において安眠することができない。また、いうまでもなく、本艇の行動は自由である。されど貴艇団にやくそくする、明日九時、本艇はふたたび、貴艇団のまん中へ引きかえすであろう。ギンネコ号艇長」
 貴艇団のなかでは安眠することができないとは、よくもぬけぬけといえたものである。


   錫箔《すずはく》のかべ


 それにしても、この返事がギンネコ号から発せられたので、救援隊としては、これいじょうに文句がいえない。で、そのままにして、引きつづきギンネコ号の位置に気をつけていることにした。
 そしてテッド博士以下の幹部も、またベッドへかえった。
 帆村荘六はベッドにかえらなかった。そして監視班の当直がつめている部屋の中へはいった。三根夫少年も、帆村につよくねだって、そのうしろへついていった。
 四名で当直をしていた。
 テレビジョンへ一人、レーダーへ一人ついていた。あとの二人のうち、一人は電源などに気をつけていたし、もう一人は記録をとっていた。
「たいへんですね。なにかあれば、ぼくと三根夫が伝令になって、隊長でも誰でも起こしてきますからね」
 と、帆村は当直の人びとにいった。
 あいかわらずギンネコ号は、遠くへはなれつつあった。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は、うまいことをいって、にげてしまうんじゃない」
 三根夫は心配でしかたがなかった。
「さあ、何ともはっきりしたことはいえないが、さっきあのように返事をよこしたんだから、まさかほんとうににげはしまい」
 そう答えた帆村も、レーダー手が新しい距離を測定してそれを曲線図にかいたのを見るたびに心配に胸がいたんだ。
 それは十二時近くであった。
「あッ、たいへんだ」
 と、レーダー手が、おどろきの叫び声をあげた。
 帆村はすぐ椅子からとびあがって、レーダー手のところへいった。
「どうしたんですか」
 するとレーダー手は、ブラウン管の膜面におどるエコーの映像を指してダイヤルをまわしながら、
「これごらんなさい、ギンネコ号がおびただしい電波妨害用の金属箔《きんぞくはく》をまきちらしたようです。このへんいったい、そうとうひろく、エコーがもどってきます」
「なるほど。とうとうみょうなことをはじめたな」
 ギンネコ号がまきちらしたらしい電波妨害用の金属箔というのは、よく飛行機などが敵の戦闘機に追いかけられたとき空中にまきちらす錫箔《すずはく》などをいう。これをまくと、レーダーの電波は錫箔にあたって反射し、レーダー手のところへかえってくる。そしてそのむこうにいるかんじんの飛行機は、空中にひろがる錫箔のかげを利用して、うまくにげてしまうのである。
 だからギンネコ号がそれをまけば、かなりひろい空間にわたって錫箔のかべができてしまい、ギンネコ号はそのかべの向うでにげてしまうことができる。つまり、こっちがその錫箔のかべをむこうへつきぬけないかぎり、とうぶんレーダーは何のやくもしなくなるのだった。
 テレビジョンの方も、視界がうんと悪くなって、ギンネコ号の姿を見うしなってしまった。
 まさに一大事である。
 やっぱりギンネコ号はにげるつもりだったんだな。
 帆村は隊長テッド博士のところへとんでいって、きゅうをつげた。
「ふーむ。これはもうほうっておけない」
 隊長はついに命令を発し、救援艇の第三号と第五号と第七号の三台に、全速力をもってギンネコ号のあとを追いかけ、電波妨害用の金属箔のむこうへ出、状況をよく見て報告するようにと伝えた。
 そこで三台のロケット艇は、隊列からぬけると、うつくしい編隊を組んで、ギンネコ号のあとを追いかけた。
 だが、彼《かれ》と我《われ》との距離は、いまはもうかなりへだたっていた。だからこの三台の追跡隊が、金属箔のかべのところまでいくには、四時間もかかって、午前五時となった。
 ようやく金属箔のかべをつきぬけたのはいいが、そのむこうにまた金属箔のかべがあった。何重にも、それがあったのである。だからそのうるさいかべの全部をつきぬけるには、それからまた二時間もかかった。
「何かご用でもありますか。いそいで本艇を追っかけておいでになったようだが……」
 とつぜん追跡隊へ無電がかかってきて、ギンネコ号からのいやみたっぷりな問いあわせであった。
「ええッ」
 といって、追跡隊の人たちも、この返事にはつまった。じつに間のわるい話であった。
 こっちをからかいながら、ギンネコ号は、いぜんとはうってかわって、いやにきげんがいい。
 ふしぎなことであった。


   覆面《ふくめん》の怪人物


 さすがのテッド博士以下の救援隊幹部も、また名探偵といわれたことのある帆村荘六も、ギンネコ号がひそかにやってのけたはなれ業《わざ》には、まだ気がついていない。
 そのはなれ業のことを、ここですこしばかり読者諸君にもらしておこうと思う。
 ギンネコ号が金属箔のかべを作ったあとのことであるが、流星かと見まごうばかりの快速ロケットが、救援隊とは反対の方向からギンネコ号にむかってどんどん距離をちぢめてくるのが、ギンネコ号にわかった。
 テイイ事務長などは、そのしらせを受けると、大満悦《だいまんえつ》であった。そしてギンネコ号を、そのほうへ最高速力で近づけるとともに、うしろにはたえずレーダー妨害用の金属箔の雲をまきちらした。
 快速ロケットはだんだん接近し、午前三時半頃には、ついにギンネコ号といっしょになった。たくみなる操縦によって、その快速ロケットは、ひらかれたるギンネコ号の横腹《よこはら》のなかに収容されたのであった。
 見かけは古くさいギンネコ号には、意外に高級な仕掛けがあったのだ。
 そしてこの快速ロケットは、銀色の葉巻のような形をしたもので、全長はギンネコ号の十何分の一しかなく、せいぜい一人か二人乗りのロケットらしかった。
 テイイ事務長に迎えられて、快速ロケットのコスモ号から姿をあらわしたのは、身体の大きな緑色のスカーフで顔をかくした人物だった。
「間にあったんだろうな」
 その覆面の人物は、きいた。
「はあ、見事におまにあいになりました。やっぱり親分はたいしたお腕まえで……」
「これこれ、親分だなんていうな。きょうからスコール艇長とよべ。おおそうだ。艇長室はきれいになっているだろうな」
「はいはい。それはもうおいでを待つばかりになっております。ええと……スコール艇長」
 スコール艇長はマフラーの中で顔をゆすぶって笑った。
「よし、満足だ。安着祝《あんちゃくいわ》いに、みんなに一ぱいのませてやれ」
「え、みんなに一ぱい?」
「おれの乗ってきたコスモ号のなかに、酒はうんとつんできてやったわい」
「うわッ、それはなんとすばらしい話でしょう。さっそくみんなに知らせてやりましょう」
「ちょっと待て。顔の用意をするから、おまえもうしろを向いてくれ」
 やがて、もうよろしいと、スコールの声に、テイイ事務長がふりかえってみると、そこには顔全部が灰色の髭《ひけ》にうずまったといいたいくらいの人のよい老艇長がにこにこして立っていた。
「あッ」と事務長はおどろいた。
「ふふふ、これならおれだという事はわかるまい。重宝《ちょうほう》なマスクがあるものだ」
 このへんでおさっしがついたことであろうが、快速ロケットのコスモ号で今ここについたスコール艇長こそ、社会事業家のガスコ氏によく似ており、またスミス老人が宇宙の猛獣使いと呼んだ怪人物にもよく似ていた。
 いや似ているどころか、まさにその人であったのである。
 素性《すじょう》ははっきりわからないが、どうやらすごい悪漢《あっかん》らしい。救援隊の第六号艇を爆破させたのも、またほかの僚艇に時限爆弾をなげ入れていったのも、この人物のやったことである。
 何故《なにゆえ》に、かれスコール艇長は、そのようなひどいことをするのか。またかれのいまかぶっている仮面《マスク》の下には、どんな素顔があるのか。それはともに一刻もはやく知りたいことではあるが、もうすこし先まで読者のごしんぼうをお願いしなくてはならない。
 さて、朝の午前九時から、ギンネコ号は針路をぎゃくにして、救援艇隊の主力が向かってくるほうへ引っかえしていった。
「なあんだギンネコ号はやくそくどおり、ちゃんと引っかえしてきたじゃないか」
 テッド隊長も、気ぬけがしたように、近づくギンネコ号の姿を見て、指先をぴちんと鳴らした。
「きょうはひとつわしがギンネコ号へでかけて、れいの空間浮標の件をかたづけてしまう。帆村君、きみもついてきてくれ」
 なにも知らないテッド博士は、そんなことをいって、きげんがよかった。その日こそ、じつは驚天動地《きょうてんどうち》の一大事件が救援艇隊のうえに襲いかかろうとしているのに、まだ誰もその運命に気がついていないらしい。あぶない、あぶない。


   宇宙線レンズ


 ギンネコ号の事務長テイイは、じぶんの机のまえで、うつらうつらしていた。昨夜らいのガスコ氏いや、いまではスコール艇長のもってきたふるまい酒をのみすぎて、ねむくてたまらないのだった。
「事務長。ちょっとこっちへきてもらいたいね。相談したいことがある」
 いきなり戸があいて、ひげだらけの老人がはいってきた。スコール艇長だった。
「はい。ただ今」
 事務長テイイは、ともかくもへんじだけをして椅子からとびあがったが、よろよろとよろけて足を机の角《かど》でうって、ひっくりかえった。
「事務長。だらしがないね。きょうはさっそく重大行動をとらねばならないのに、そんなふらふらじゃ困るね。よろしいわしがすぐなおして
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