わかった。
「そうなると、これは調べてみるひつようがありますね。隊長。ガスコ氏を電話に呼びだして話をしてみてください」
奇怪な事実
帆村荘六は、いったい今なにを考えているのであろうか。ガスコ氏を電話でよびだして、どうしようというのだろう。隊長テッド博士は無電技士に命じて、ガスコ邸をよびださせた。
まもなく電話はつながった。でてきた相手は、ガスコ氏の執事《しつじ》のハンスであった。
電話で、相手にたずねることがらは、そばから帆村が隊長にささやいた。
はじめははんぶんめいわくそうな顔をしていた隊長だったが、電話の話がだんだんすすむにつれ、おどろきの色をあらわし顔は赤くなり、また青くなった。
というのは、執事の話によると『旦那さまはこのところ持病の心臓病のためずっと家に引きこもっておられること、去る十三日も一日中ベッドの上に寝ておられ、ぜったいに外出されたことはないし、外出がおできになるような健康体ではない』ことをのべたからである。そして『去る十三日』というのは、テッド博士のひきいる救援隊が地球を出発した日のことであった。だから博士のおどろいたのも、むりではない。
博士は、もしや聞きちがいかと思っていくどもくりかえし、おなじことを執事に聞いたが、執事はぜったいにまちがいでないこと、またそんなにうたがわれるなら主治医に聞かれたいと、すこし怒ったような声でこたえた。
(すると、出発当日、艇のそばへ姿をあらわし、じぶんと手をにぎったガスコ氏と名乗る松葉杖の人はいったい誰だったのかしらん)
隊長の服の袖をひく者があった。そのほうを見ると帆村荘六だった。(話はもうそのへんでいいから、電話をお切りなさい)と目で知らせている。そこでテッド博士は、執事にていちょうに挨拶をしてガスコ氏の病気がはやくなおることを祈り、そのあとで電話を切った。
一同は、もう笑う者もない。みんなかたい顔になってしまった。
博士が、ためいきとともにいった。
「わたしはゆだんをしたようだ。わたしは本隊の出発当日、身許《みもと》の知れない覆面の人物を本艇や僚艇に出入りすることを許したようだ」
そのあとは、しばらく誰もだまっていた。まことに気持のわるい発見だ。
やがて帆村荘六が口をひらいた。
「ガスコ氏だと見せかけたその覆面の人物こそ、時限爆薬を投げこんでいったにくむべき犯人にちがいないと思います。その怪人物を至急捕えなくてはなりません。おゆるしくだされば、わたしはすぐにニューヨーク・ガゼットのカークハム氏に連絡して、検察当局へ届けてもらいます」
「いや、こうなれば、わたしも責任上、公電をうって、この怪事件についての新しい発見を報告しなければならない」
そこで隊長からいっさいのことが地球へむけて通信せられた。
読者は、その怪しい松葉杖の人物が、スミス老人によって、宇宙の猛獣使いとよばれたことをおぼえていられるだろう。
スミス老人は、ほかの人たちが知らないことを知っており、ほかの人たちよりもずっとまえから、あの松葉杖の男に目をつけていたのである。
だが、スミス老人は、かの怪人物についてどれだけのことを知っているのか、今はまだわかっていない。
テッド博士からの報告により、検察当局ではさっそく大捜査《だいそうさ》をはじめた。
だが、だいぶ日がたっていることでもあり、かんじんの人物が覆面しており、そして服装はといえば、ふだんのガスコ氏とおなじようであったので、その本人を探しだすのはたいへんむずかしかった。
せめてスミス老人か、老人のまわりに集まっていた婦人連とでも連絡がつけば、すこしは手がかりらしいものも見つかったであろうが、あいにく検察当局はこれらの人びとに出会う機会がなかった。
「ガスコ氏に似た怪人物の手がかりが見つからない。もっと資料を送っていただきたし」
そういう暗い報告が、検察当局からテッド博士のもとへとどいた。
遭難現場近し
三根夫《みねお》は、音《ね》をあげないつもりであった。しかしとうとうがまんができなくなって、三根夫は帆村荘六《ほむらそうろく》にうったえた。
「おじさん。どうもたいくつですね」
帆村荘六は、本から顔をあげて、目をぐるぐるまわしてみせた。
「そんなことは、いわない約束だったがね。それにミネ君は、いろんなおもちゃを艇内へ持ちこんでいるじゃないか」
「それと遊ぶのも、もうあきてしまったんです」
オルゴール人形、パチンコ、車をまわす白鼠《しろねずみ》ども――これだけのものを持ってはいったのであるが、もうあきてしまった。
白鼠の小屋の掃除をするのが、一番たいくつしのぎになる。といっても、これをいくらていねいにしてみても、ものの二十分とはかからない。
白鼠は、はじめ七ひきであったが、まもなく三びき死んで四ひきとなった。しかしその後はどんどん子鼠が生まれて、一時は五十ぴき近くになった。
五十ぴきにもなると、食物の関係や、場所の関係があって、それ以上にふやせないことになった。そこでそれ以上にふえると、かわいそうだが、かたづけることにした。
白鼠の運動を見ているのは、楽しい時もあったが、地球を出発してからもはや百日に近い。白鼠の車まわしに見あきたのもあたりまえだろう。
「ねえ、帆村のおじさん。いったいいつになったら『宇宙の女王《クィーン》』号に追いつくんですか」
「さあ、それはいつだかわからないが『宇宙の女王』号が消息をたった現場まではあと二、三日でゆきつくそうだよ」
「えっ、それはほんとうですか」
三根夫は、『宇宙の女王』号の姿ばかりを追っかけていた。しかしよく考えてみると、それは今どこにいるかわからない。遭難しないで動いているとしても、あれから四カ月ちかくの日が過ぎたことであるから、その間にどこまで飛んでいったかわからない。
また遭難してじぶんの力で動けなくなったとしても、地上とはちがうんだから、それから四カ月ものながいあいだ、おなじ空間にじっとしているとは思われない。どの星かの重力にひかれて動いていったことだろう。それもそろそろと動くのではなく、谷間に石を投げ落とすときのように加速度をくわえて飛んでいったかも知れない。
が、帆村のおじさんの話によって、そこまで探しあてるまえに、遭難地点の附近をしらべる仕事があることに気がついて、三根夫はなんだかきゅうにたいくつから救われたような気がした。あと三、四日で『宇宙の女王』号の遭難地点にたっするとは、なんという耳よりな話であろう。
三根夫は、いまやすっかりきげんがよくなった。このところさっぱり訪問をしなくなっていたところの操縦室へも、たびたび顔をだすようになった。
そのかいがあった。
それは翌日のことであったが、操縦士のところへ遠距離レーダー係から、
「前方に宇宙艇らしい形のものを感ずる、方位は……」
と知らせてきたので、にわかに艇内は活発になった。
もちろん隊長テッド博士も操縦室へすがたをあらわし、手落ちなく僚艇へ知らせ、監視を厳重にした。
艇内では、この話でもちきりだ。
「やっぱり『宇宙の女王』号は、遭難現場附近にいたね」
「どんなことになっているかな。生き残っている者があるだろうか」
「それはどうかなあ。でもみんな死にはしないだろう」
「すると、この附近に『怪星ガン』もうろついていなければならないわけだね」
「カイセイガンて、なんだい」
「こいつ、あきれた奴だ。怪星ガンを知らないのか。『宇宙の女王』号が最後にうってよこした無電のなかに、おそるべき怪星ガンが近づきつつあることを、知らせてきたじゃないか」
「ああ、あれなら知っているよ。『宇宙の女王』号を襲撃した空の海賊――というのもおかしいが、おそるべき宇宙の賊だもの。きみの発音が悪いんだよ」
「あんな負けおしみをいっているよ」
そんなことをいい合っているうちに、救援隊の九台のロケット艇はどんどん宇宙をのりこえていった。そしてやがてテレビジョンのなかに、かの宇宙艇らしきものの姿が捕えられた。
「おや、これはどうもちがうね。『宇宙の女王』号ではないようだ」
テッド博士は、誰よりも先に、そういった。
「そうですね。形がちがいますね。もっと横を向いてくれると、はっきりわかるんですが……」
まもなく、かの宇宙艇は針路をかえて横になった。
「なあんだ。あれはギンネコ号じゃないですか、宇宙|採取艇《さいしゅてい》の……」
「そうだ、たしかにギンネコ号だ。救援の電信を受取って、現場へいそいでくれたんだな。なかなか義理《ぎり》がたい艇だ」
「ギンネコ号に聞けば、なにか有力な手がかりがえられるでしょう」
「無電連絡をとってくれ」
隊長が命令をだした。
はたしてギンネコ号は、どんなことを伝えてくれるであろうか。『宇宙の女王』号について、ギンネコ号はなにを知っているだろうか。また怪星ガンについてはどうであろう。
おそるべき魔の空間は近いのだ。いや、じつはもうほんの目と鼻との間にせまっているのだ。
テッド博士以下、誰がそのことについて気がついているだろうか。ミイラとりがミイラになるという諺《ことわざ》もある。
怪星ガンの魔力はいよいよ救援隊のうえにのしかかろうとしているのだ。
宇宙|採取艇《さいしゅてい》
いよいよギンネコ号との距離がちぢまった。
救援隊長テッド博士は、九台の艇にたいし、全艇照明を命じた。
この号令が各艇にとどくと、九台の救援艇の全身は光りにかがやいて明かるく巨体をあらわした。つまり艇の外側が、つよい照明によって光りをうけて輝きだしたのである。
九台の救援艇の編隊群は三つにわかれていたが、このときあざやかに美しくその姿を見せた。各艇の乗組員は、それを見ようとして丸窓のところへ集まり、かわるがわる外をのぞいて僚艇の姿をなつかしがった。
ああ、もしいま六号艇もこの編隊のなかに姿を見せていたら、どんなにうれしいことだろうかと、ゲーナー少佐をはじめ遭難の六号艇の乗組員だった者は、おなじおもいに胸をいためた。
それにしてもにくいのは、艇内に時限爆弾を仕掛けていった謎の悪漢《あっかん》だ。きゃつは、どうやら社会事業家ガスコ氏に変装し、松葉杖をつき、緑色のスカーフで顔をかくして、テッド隊長たちをあざむいたのだ。『宇宙の女王《クィーン》』号を助けにゆく救援隊のじゃまするなんて、その悪漢はいったいどんな身柄の人物なのであろうか。
いま、司令艇のテレビジョンの映写幕のうえには、ギンネコ号のすがたが豆つぶほどの大きさにうつっている。ギンネコ号も、このうちの救援隊のほうへ艇首をむけて走っているのだが、あと一時間しないとそうほうは出会えない。
映写幕を見あげている人びとの中に、三根夫少年もまじっていた。そばに帆村荘六も、しずかに椅子に腰をおろしていた。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は宇宙採取艇なんですってね」
三根夫が帆村に話しかけた。
帆村は、少年のほうへふりむいて、だまってうなずいた。
「その宇宙採取艇というのは、どんなことを仕事にするロケットなんですか」
「ああ、それはね」
と帆村はひくいが、しっかりした声で甥《おい》のほうへ口を近づけて語りだした。
「この宇宙には、わが地球にない鉱物などをふくんだ星のかけらが無数に浮かんでいるんだ。その星のことを、宇宙塵《うちゅうじん》と呼んでいる学者もあるがね、とにかく名は塵《ちり》でも、わが地球にとってはとうといもので、宇宙に落ちている宝と呼んでもいいほどだ。ギンネコ号のような宇宙採取艇はそういう宇宙塵をひろいあつめるのを仕事にしているロケット艇なんだ。これは商売としてもなかなかいいもうけになるし、われわれ地球人にとっては、たいへん利益をあたえるものなんだ。つまり地球にない資源が、宇宙採取艇のおかげで手にはいるわけだからねえ」
「じゃあ、隕石《いんせき》を拾うのですね」
「いや、隕石だけではない。もっといいものがいく種類もある。なかには、まだわれわれ地球人のぜんぜん知らない物質にめぐりあうことも
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