いる。二十九名だよ、今空中を漂流しているのは……」
博士は、生涯にはじめて嘘を一つついた。
「二十九名? ほんとうに二十九名が漂流していますか」
「ほんとうだ。いくらかぞえても二十九名いるぜ」
「ははは、ぼくはあわてていたらしい。じゃあこんどはぼくが飛びだす番だ……」
と少佐は壁から空間漂流器をおろして身体にしばりつけようとした。そのとき少佐は、おどろいた顔になって戸口をふりかえった。
「誰だ? まさか……」
もう誰も残っていないはず。が、戸の外からどんどんたたく音がする。人間らしい。そのようなことがあっていいものか。
少佐は漂流器を下において、戸口へとんでいった。そして戸をまえへ開いた。
と、戸といっしょに、ひとりの人間の身体がころがりこんできた。
たしかに人間だった。乗組員だ。しかし誰だわからない。上半身が黒こげだ。顔も両手も黒こげだ。
「誰だ、きみは……」
その黒こげの人物は、火ぶくれになった顔をあげ、ぶるぶるふるえる両手に一つの黒い箱をささえて少佐にさしだした。
「きみはモリだな」
「森です」火傷《やけど》の男は苦しそうにあえいで、
「艇長。これを発火現場で見つけました。本艇の出火はこれが原因です」
「これはなにか」
「強酸《きょうさん》と金属とをつかった発火装置です。艇長、本隊を不成功におわらせようという陰謀《いんぼう》があるにちがいありません。他の艇にも、こんなものがはいっているかもしれません。至急、僚艇へ警告してください」
「うん、わかった。すぐ司令艇へ報告する」
艇長は、痛む胸をおさえて後をふりかえって、テレビ電話のほうを見た。映写幕には、司令艇の隊長テッド博士の顔が大うつしになって、うなずいていた。
『ばんじわかったぞ。はやく退避せよ』と目で知らせているのだ。少佐は安心した。
「報告はすんだ。モリ、さあぼくといっしょにはやく艇から脱出しよう。きみの空間漂流器は……おお、これを着ろ」
少佐はじぶんの漂流器を森に着せようとした。
「それはいけません。艇長のふかい情《なさけ》に合掌《がっしょう》します。しかしわたしはもうだめです。助かりっこありません。艇長、わたしにかまわず、はやくこの艇をはなれてください」
「そんなことはできない……」
「艦長。はやく艇をはなれてください」
森は、最後の力をふるって立ちあがった。そして漂流器を少佐にかぶせた。それから操縦室の床にある自動開扉《じどうかいひ》の釦《ボタン》をおして、床がぽっかりと穴があくと、その中へ少佐の身体を押しこんだ。
すぐその外に、まっ暗な空があった。漂流器にはまった少佐の身体は、ついに艇をはなれた。艇は、ものすごい落下速度がついているので、頭部を下にして急行列車のように少佐のそばをすりぬけて下へ落ちていった。
それから十五分の後、おそるべき第二の大爆発が起こって、第六号艇は無数の火の玉と化して空中にとび散った。
椿事《ちんじ》の原因をとらえた倉庫員森もまた、その火の玉の一つとなったことであろう。
救う者、呪《のろ》う者、魔力をふるう者。
大宇宙を舞台に、奇々怪々事はつづく。……
危機一歩まえ
三根夫少年も帆村荘六探偵も、第六号艇のいたましい最後を涙とともに見送った。
「おじさん。第六号艇は自然爆発したのでしょうか。それとも誰か悪い人がいて爆発させたのでしょうか」
三根夫は、どうもようすがあやしいので、帆村にたずねた。
「さあ。いまのところ、どっちともわからないが」
と帆村探偵は首を横にふり、すこし考えているようすだったが、
「うむ、そうか。これは気をつけないといけない」
といって、顔色を白くした。
「やっぱり悪人がいるんですか」
「うむ。ミネ君にいわれて気がついたんだが、六号艇の爆発した中心部だね、その中心部の位置を考えると、どうしても自然爆発が起こったとは思われない。あそこはぜったい安全な場所だった。……だから、時間の関係から考えても、これは時限爆薬《じげんばくやく》で爆発させられたものと見て、まずたいしたまちがいはないだろう」
さすがは名探偵だ。
爆発がどの場所に起こったかを見落としはしなかった。そして爆発の場所から考えて、それは自爆でなく、他人の陰謀によってこの大惨劇《だいさんげき》がひきおこされたことを推理したのだ。
このことは、あとに六号艇の艇長ゲーナー少佐が救助されたけっかはっきりした。
空間漂流器に身体をまかせて、極寒《ごっかん》のまっくらな空間をあてもなくただよっていた六号艇の乗組員たちは、六名の犠牲者をのぞいて、全部僚艇に助けられた。
そのうちの一名は、みずから艇とともに運命をともにした倉庫員のモリであり、他の五名は、六号艇が爆発したとき、すごい勢いでまわりに飛び散った艇の破片《はへん》によって、不幸にも漂流器をこわされ、あるいは身体に致命傷《ちめいしょう》をうけた人びとだった。
その救助のときはそうかんだった。
九台の僚艇は、全部が六号艇の遭難現場のまわりに集まってきて、四方八方から六号艇のほうへ強力なる照空灯で照らした。あたりは光りの海と化した。六号艇からふきでる火災の煙が、地上の場合とははんたいに、照明をたすけた。顕微鏡で見たみじんこ[#「みじんこ」に傍点]のような形をした空間漂流器が、明かるく光る。それを目あてに、救助作業がはじまったのだ。
しかし六号艇が爆発して飛び散ったときには、みんなひやっとした。それは破片がとんできてじぶんの艇をぶちこわしはしないだろうかと、きもをひやしたのだった。だがさいわいにも、それによる損傷はなくてすんだ。
ゲーナー少佐は、司令艇に救助された。
救援隊長のテッド博士は、少佐をむかえて、しっかり抱きしめた。
「けがはないのかね」
「たいしたことはないです」
「ほう。やっぱりけがをしているんだね。ドクトル、手当をたのみます」
医局長がすぐに手当にかかった。両手と左脚をやられていた。手のほうは火傷《やけど》だ。
「隊長、倉庫員のモリが重大なる発見をしたのです。それは……」
と、少佐は傷の手当をうけおわるのが待っていられないというようすで、艇長に報告をはじめた。
艇長テッド博士は、非常におどろいた。
そばに、それを聞いていた人たちも顔色をかえた。
聞きおわった艇長は、何おもったか、ものをもいわず、いそいでそこを去った。そして司令室にはいった。
「いそぎの命令だ、各艇に時限爆薬がかくされているおそれがある。各艇はすぐさま艇内を全部しらべろ。六号艇の爆破の原因は、時限爆薬のせいとわかった」
隊長は僚艇に無電で命令をつたえた。
たしかにそのおそれがあった。六号艇が特別にねらわれる理由はないようだ。だから時限爆薬は、他の九台の艇にもかくされているおそれはじゅうぶんであった。
この命令をうけた各艇は、ふるえあがった。そんなぶっそうなものがあっては一大事だ。各艇は総員を集め、大至急で艇内の捜査をはじめた。
そのけっか、隊長テッド博士のはやい命令がよかったことがわかった。というのは、第二号艇と第三号艇と、それから博士が乗組んでいる司令艇と、この三台の艇内に、やはり時限爆薬がかくされていたことがわかった。
そのあぶないお客さまは、ただちに艇外に放りだされた。それは木箱にはいっていて、機械の部分を入れた箱のように見えた。もう五分間探しあてるのがおそかったら、司令艇は六号艇とおなじ運命におちいったことであろう。じつにあぶないところであった。
社会事業家ガスコ氏
艇内捜査と時限爆薬のかたづけがすんだあとで、艇長テッド博士は、数名の幹部とゲーナー少佐と、そのほかに特別に帆村荘六を招いた。
「集まってもらったのはほかでもないが、さっきの時限爆薬事件だ。なぜあんなものがかくされていたか、これについて諸君の意見を聞かせてもらいたい。じつにこれはにくむべき陰謀事件であるからねえ」
そこで一同は、あの事件のてんまつを復習し、そしていろいろと意見をのべて、事件の奥に何者がかくれているかを探しだそうとした。
「出航のまえに、じゅうぶん調べたんだがなあ。まったくふしぎだ」
「密航者しらべをしたときに、怪しい品物がまぎれこんでいるかどうか、それもいっしょに厳重にしらべるよう僚艇に伝えたんですがねえ」
「もし、そういう品物がまぎれこんだとすれば、それはやはり出航のすぐまえのことだと思います。つまり乗組員が家族に送られて艇を出たりはいったりしましたからねえ。もしそういうすきがあったとすれば、それはそのときですよ」
これは帆村荘六の意見だった。
「まあ、こうだろうという話は、それぐらいでいいとして、じっさい見たことで、怪しいと思ったことがあったらのべてもらいたい」
隊長テッド博士は、議論よりも事実のほうが大切だと思った。
「べつに怪しい者が出入りしたとは思いませんがねえ。みんな家族なんですから」
「出入《でい》りの商人もすこしは出入りしたね」
「招待客もすこしは出入りしました」
「顔を緑色のスカーフでかくした男がうろうろしていましたね。松葉杖をついていましたから、みなさんの中にはおぼえていらっしゃる方もありましょう」
帆村がいった。
「あっはっはっ」と同席のひとりが笑った。
帆村は、なぜ笑われたのかわかりかねて、その人の顔をふしぎそうに見た。
「それはガスコ氏だ」
「ガスコ氏とは?」
帆村いがいの人びとは、にやにや笑いだした。
「ガスコ氏というのは、こんどの救援事業に、名をかくして六百万ドルの巨額を寄附してくれた風変りの富豪だ。金鉱のでる山をたくさん持っている」
この説明には、帆村も苦笑した。そういう有力なる後援者とは知らなかった。その方面のことは、かれと仲よしのカークハム編集長も教えてくれなかったのだ。この重大なことをなぜ教えようとはしなかったか、ふしぎなことである。
そのとき帆村は、ふと気がついたことがあった。
「……名をかくし六百万ドルを寄附したということですが、それならば、なぜみなさんはそれがガスコ氏であることをご存じなのですか」
帆村は探偵だけに、どうもわけがわからないと思ったことは、わけのわかるまで探しもとめなければ気がすまないのだった。
「それはね、帆村君」とテッド博士が口を開いた。
「出発の日の朝になって、ガスコ氏は本隊へ電話をかけてきて、きょうはじぶんも気持がよいので、こっそり救援隊の出発を見送りにいく。しかし微行《びこう》なんだから、特別にわしをお客さまあつかいしてもらっては困る。それからあの匿名寄附者《とくめいきふしゃ》がわしであることは、今回救援に出発する少数の幹部にだけは打ちあけてくれてもよい――こういう電話なんだ。それで幹部だけは、あの匿名寄附家がガスコ氏であることを当時わたしから聞かされて知ったのだ。きみには知らせるわけにゆかなかったが、まあ悪く思うな」
「なるほど」
帆村はうなずいた。もっともな話である。帆村荘六は通信社から特にたのんだ便乗者《びんじょうしゃ》にすぎない。隊の幹部ではない。
「それで隊長は当日、ガスコ氏をこの艇内へ案内せられたのですか」
「ちょっとだけはね。氏はほんのわずかの間艇内を見たが、まもなくおりてゆかれた。わたしは氏を迎えたとき、氏が『挨拶《あいさつ》はよしましょう。ていちょうな取扱いもしないでください。近所のものずき男がやってきているくらいの扱い方でけっこうです。わしはすぐ失敬します』といった。氏はきょくりょく知られたくないようすで、スカーフを取ろうともしなかった」
「そこなんだが……」と帆村はまえへ乗りだしてきて、「どなたか、その時刻からのち、ガスコ邸《てい》へ電話をかけて、ガスコ氏と話をされたことがありましたか」
「さあ、どうかなあ」
帆村のだしぬけな質問に、隊長テッド博士はすこし面くらいながら、幹部たちの顔を見まわした。
「わたしはその後一度もガスコ氏に連絡しないのだが、諸君はどうか」
その答えは、あのとき以後誰もガスコ氏と話したり連絡した者がないと
前へ
次へ
全24ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング