ークハム氏にもよく見える。そのかわり、カークハム氏の事務室の光景が、帆村のまえにあるテレビ電話の映写幕にうつっている。
球形の部屋の一つを、帆村と三根夫少年とでもらっているのだ。なぜこの部屋が球形になっているか。その理由はもっと先になるとわかる。
室内の調度は、みんなしっかり部屋にくくりつけになっている。コップ一つだって、ちゃんとゴム製のサックの中にはめるようになっている。そしてそのサックは壁とか机の上とかに、しっかり取りつけてあるのだ。
「この窓も、もう閉めたきりです。だっていつ窓から外をのぞいても、暗黒の空間に、星がきらきら光っているだけのことですからね」
地上から成層圏のあたりまで航行する間は、それでも外が明かるく見えていて、多少なぐさめになった。しかし成層圏を突《つ》っ切《き》ってからというものは、どこまでいっても、暗黒の空間に星がきらきらであった。
もっとも、そのなかにおける一つの異風景は、昼間は暗黒の空間に太陽が明かるくかがやいていることだった。月よりはずっと大きく、もっと赤味《あかみ》のある光りをはなっているんだが、附近の空間は地上で見るような青空でなく、暗黒の空間であることにかわりはない。それはそのあたりにはもう空気がないから、太陽の光りを乱反射する媒体《ばいたい》がなく、だから太陽じしんが明かるく光ってみえるだけで、そのまわりはすこしも明かるく見えないのだ。
これは宇宙旅行の第一課にそうとうする知識なのである。
地上から二十万キロメートル位のところで、空から明かるさがまったく消えたが、そこまで達するのに、地上出発いらいちょうど十二時間かかった。それいじょうに速くすることは、乗組員の生命に危険があった。
いまも加速度は、ぐんぐんふえていく。それはこの宇宙艇隊の航空長とその部下が、計器をにらみながら、ひじょうに正確にあげているのだ。そのやりかたの良し悪しによって、この宇宙艇隊の乗組員の健康を良くも悪くもし、また原動力の能率を良くも悪くもするのだ。しかもそのけっかが、さらに『宇宙の女王《クィーン》』号の救援作業の成功か不成功かをさだめる原因となるのだ。
「地上では、われわれの救援ロケット隊にかんしんをもっていますか」
帆村もそのことが気になると見え、カークハム氏にたずねた。
「かんしんをもっているかどうかどころじゃない。きみたちが空を飛んでいるところを、二十四時間テレビジョンで放送してくれなどという注文があるくらいだ。新聞記事のほうでも、二面全部をこんどの事件に使っているよ。それでも読者は、まだ報道が少ないとふへいをいってくる」
「なるほど、近頃まれなるかんしんのよせぶりですね。しかしそのわりに、われわれの現場到着はひまがかかるので、みなさんにしびれを切らしてしまいそうですね」
「それはその通りだ。だから一刻もはやく現場へ到着してもらいたいものだ。このあと、ほんとに一カ月半ぐらいかかるのかね」
「そういっていますね、うちの艇長が……」
「これから一カ月半を、どうして読者をたいくつさせずに引っ張っていくか。これはうちの社のみならず各社各放送局でも気にやんでいる。だからねえ帆村君。その間に、なにかちょっとした事件があってもすぐ知らせてくれるんだよ。そしてじぶんの部屋なんかにあまり引きこもっていないで、操縦室にがんばっていて、首脳部の連中のしゃべること考えることをよく注意していてもらいたいね」
「それは、やっていますから安心してください。今、操縦室には三根夫ががんばっていますよ。ぼくと交替で、かれがいま部署についているのです」
「三根夫少年だろう。少年で、首脳部の連中のいっていることがわかるかね」
「あれは勘のいい少年だし、ぼくがこれまでにそうとう勉強させてありますから、大事なことはのがさないでしょう」
「そうかしら。なんだか心配だぞ」
そういっているときであった。艇内電話のベルがけたたましく鳴りひびいた。帆村は手をのばして、卓上から電話機につづいている紐線《ひもせん》をずるずると引っ張りだし、そのはしを耳の穴に近づけた。紐線の端には、線とおなじ太さの受話器がついていた。
「ああ、ミネ君か。……えッ、なんだって。第六号艇がおかしいって。故障? えっ、火災が起こった。爆発のおそれがあるって。それはたいへんだ。ぼくは、そっちへすぐゆくよ」
帆村は受話器をもとへもどして、立ちあがりざま、テレビ電話の映写幕のなかに録音器を抱きあげて目を丸くしているカークハム氏にいった。
「わかったでしょう。三根夫はなかなか使えるじゃありませんか。ではぼくは操縦室へゆきます。あっちからあなたにあらためて連絡します」
帆村はいそいで部屋をとびだした。
刻々危険せまる
三根夫少年は、操縦室の壁ぎわに、頬をまっ赤にして、はりきっていた。
帆村の姿が見えると、三根夫は手をくるくると動かして、なにか合図のようなものを帆村に送った。
「六号艇ハ絶望ラシイ」
手先信号で、三根夫は重要なることを帆村に知らせた。
「どうしたの、第六号は……」
帆村は三根夫のそばへかけよると、小さい声でたずねた。
「いまから五分まえに、後部倉庫からとつぜん火をふきだしたそうです。原因は不明。消火につとめたが、次々に爆発が起こって――燃料や火薬に火がうつって誘爆《ゆうばく》が起こって、手がつけられないそうです。テッド隊長は、『絶望だ』とことばをもらしました」
「わかった。ここはぼくがいるから、ミネ君は部屋へいそいでもどり、ガゼットのカークハム君を呼びだして、いまの話をしたまえ。そしてね。ぼくもあとから連絡するといっておいてね。その連絡がすんだら、きみはもう一度ここへやってくるんだよ」
「はい。そのとおりやります」
三根夫は、いそぎ足で操縦室をでていった。
あとには帆村が壁ぎわに立ち、この部屋でいまむちゅうになって働いている人々のじゃまをしないようにつとめながら、悲しむべき第六号艇の椿事《ちんじ》のなりゆきを見まもった。
いまこの操縦室には、本隊の首脳部がのこらず集まっていた。もちろん隊長テッド博士が中心になって、なんとかして第六号艇をすくう道はないかと、一生けんめいにやっている。
その悲劇の第六号艇の姿は、操縦室の前方側面の壁に、大きくうつしだされている。それは一メートル四方のテレビジョン映写幕いっぱいにうつしだされているのだった。
艇の姿がななめになってうつっている。本艇よりはすこしおくれている。そして艇のうしろから三分の一の部分のところから七、八箇所も、えんえんと火を吹きだしている。その焔にまじって、まぶしいほどの火の塊が、ぼんぼんとはねながらとんでいる。それらの焔と煙とは、むざんな火の尾を長くうしろにひいている。それは艇の全長の五倍にものびていて、見ているだけで脳貧血が起こりそうである。
いったいどうしてこんな大椿事が起こったのであろうか。
第六号艇の艇長ゲーナー少佐は、原因不明だと無電でテッド隊長に報告している。この救援隊の十台のロケット艇がエフ十四号飛行場を出発するとき、地上では不吉《ふきつ》な流言《りゅうげん》がおこなわれたが、それがとうとうほんものになったようでもある。
隊長テッド博士以下の救援隊の首脳部の心の痛みは、災害をちょくせつに身にうけてその生命もいまや風前の灯火どうようの第六号艇の乗組員三十名よりも、ずっとふかく大きかった。
テッド博士たちとゲーナー少佐とは、あれから無線電話でたえずことばをかわしていたのだったが、テッド博士はついに第六号艇の火災と爆発とが、とても人力《じんりょく》によってふせぎ切れるものでないことを見てとると、艇員たち全部の退避をすすめた。
艇長ゲーナー少佐は、沈着な責任感の強い軍人だったので、隊長テッド博士のこのすすめには、すぐにはしたがわなかった。そしてなおも部下をはげまして消火作業をつづけさせたのであった。
だが、それから五分ののちに致命的《ちめいてき》な大爆発が起こり、そのために艇の後部はふきとばされてしまった。そのすごい光景は、司令艇の操縦室の映写幕にもはっきりとうつって、帆村も見た。見たは見たが、あまりに悲壮《ひそう》であってとうてい見つづけることはできなくて、おもわず両手で目をおおったほどだ。帆村だけでなく、他の人びとの多くも目をおおった。
隊長テッド博士だけは、またたきもせず、だいたんにこの地獄絵巻のような第六号艇の爆発をじっと見つめていた。そして艇長ゲーナー少佐にたいし、ふたたび総員退避をすすめた。
「ゲーナー艇長。この次の爆発が起こると、原子力的な大爆発となるだろう。そうすれば、第六号艇だけでなく、のこりのわれわれ九台の宇宙艇もまたぜんぶ破壊するおそれがある。だから一刻もはやく総員を艇から退避させたまえ。きみたち救援のことは引き受けた」
隊長の忠言は、ゲーナー少佐をついに動かした。
「隊長。わかりました。総員退避を命令します。部下を救ってください。お願いします」
少佐はそこではじめて最後の命令をだした。
二十九名の乗組員は、部署をはなれて、空間漂流器《くうかんひょうりゅうき》をすばやく身体にとりつけると、艇外へ飛びだした。黒暗澹《こくあんたん》たる死のような空間へ……。
爆発原因
帆村は、手に汗をにぎって、映写幕のうえに見入っていた。
かれは、しばしばうなった。こうしてじっとして惨劇《さんげき》を見ているにたえなかった。じぶんもすぐ艇外へとびだして、あの気のどくな第六号艇の漂流者たちのなかに身を投じ、ともに苦しみともにはげましあって、この危機の脱出に協力したかった。
だが、そんなことはゆるされない。艇外へとびだしたとて、何のやくに立とうぞ。
第六号艇のまわりには、僚艇《りょうてい》から放射する探照灯《たんしょうとう》が数十本、まぶしく集まっていた。その中には、空間漂流器を身体につけて、艇からばった[#「ばった」に傍点]のようにとびだす乗組員たちの姿もうつっていた。また、すでにその漂流器にすがって空間をただよっている乗組員たちの姿をとらえることもできた。それはどこかタンポポの種子《たね》ににていた。上に六枚羽根のプロペラがあり、それから長軸《ちょうじく》が下に出、そして種子の形をした耐圧空気室があった。人間はこのなかへ頭を突っ込んでいるが、だんだんと下から上へはいりこむと、しまいには全身をそのなかに入れることもできた。
この耐圧空気室のなかには、いろいろな重要な器具や食糧や燃料などがそろっていた。まず発光装置があって、遠方からでもその位置がわかるように空間漂流器全体が照明されている。
無電装置は送受両用のものがついているから、連絡にはことかかない。
原子力発電機があって、ひつようにおうじてヘリコプター式のプロペラを廻して、上昇することもできる。その外にやはり原子力をりようしたロケット推進器がついており、航続時間は約千時間というから、四十日間は飛べる力を持っている。
そのほか、空気清浄器や食糧いろいろの貯蔵もあり、娯楽用の小説やトランプもあり、聖書《バイブル》とハンドブックもあった。
これだけの用意ができている空間漂流器だったから、乗組員はじゅうぶん安心して、これに生命をあずけておくことができた。
だが、それだけで安心するにははやい。なぜなれば、もし第六号艇が、テッド博士のおそれる第二の爆発を起こすようであったら、その附近から大して遠くはなれてない空間漂流者たちは爆発とともに、まず生命はなくなるものと思わなければならない。
「おい、ゲーナー君。なぜきみは早く退避しないのか」
無電で、隊長テッド博士が、ゲーナー艇長を叱《しか》りつけるようにいった。
「もうすぐ退避する。二十八名、二十八名だ。まだ一名艇内に残っている者がある」
少佐は、艇員がもう一名残っているのを気にして、じぶんは危険をおかして踏みとどまっているのだ。
それを聞くと隊長テッド博士は、胸が迫ってきた。
「ゲーナー君。きみは数えまちがえて
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