った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。
 受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。
 薬品を買うひつようはないであろう。
 服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師《さいほうし》や靴屋さんがいるであろうから。
 だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。
 もう家へかえろうかなと思った三根夫は、最後に、とうぶん銀座街ともお別れだと思い、そこを歩いた。
 昔ながらの露店《ろてん》が、いろいろなこまかいものをならべて、にぎやかに店をひらいていた。それをいちいちのぞきこんでゆくうちに、三根夫は、ある店に、小さな娘の人形が、オルゴールのはいった小箱のうえで、オルゴールの奏楽《そうがく》とともにおもしろくおどる玩具《おもちゃ》を、一つ買った。かれはオルゴール音楽がたいへん好きだったのである。
 それからしばらくいった先の店で、かれは一ちょうの丈夫なパチンコを買った。さらにその先の店で、硝子《ガラス》のはまった木箱のなかで、じぶんの身体よりもずっと大きい車をくるくるまわしつづけるかわいい白鼠《しろねずみ》を買った。それは三つの車がついている一番いい白鼠の小屋に、白鼠を七ひきつけて買った。
 オルゴール人形、パチンコ、車廻しの白鼠の小屋――なんだかあまりひつようのように見えないへんな買物であるが、とにかくときのはずみで三根夫はそれを買ってしまったのである。いわば、よけいなフロクの買物であった。
 しかしこのフロクの買物が、やがて三根夫にとって、思いがけないたいへんな役目をつとめてくれることになろうとは、さすがに気がつかなかった。
 三根夫がかえってみると、伯父の帆村はやっぱり寝衣《ねまき》のうえにガウンをひっかけたまま、暗号器を廻しつづけていた。別になんの出発準備をすすめているようすもない。
 が、帆村は、三根夫がその部屋へはいっていったとき、
「やれやれ、間にあったぞ」
 ひとり言をいって、暗号器から一枚の紙をぬきだしてほっと一息つくと、その紙片《しへん》を八つに折りたたんで、革製の名刺入れのなかにつっこんだ。
「さあ、でかけよう」
 伯父は寝衣をぬいで、外出用の服に着かえた。たった一分しか、かからない。それから机の上の雑品をあつめてポケットへつっこんだ。それから戸棚《とだな》から一個のトランクをだして、手にさげた。
「ミネ君。でかけるが、きみの準備はいいかい」
「待ってください、伯父さん。ぼくはこれから荷造《にづく》りをするのです」
「おやおや、そうかい。……でもまだ三十分時間があるね」


   救援艇の出発


 ニューヨークのエフ十四号飛行場から、十台の救援ロケット艇がとびだしたときの壮烈なる光景は、これを見送った人びとはもちろん、全世界の人びとにふかい感動をあたえた。
 帆村荘六と、甥の三根夫少年は、テッド隊長の乗っている一号艇に乗組んだ。
 各艇とも、乗員は三十名であった。
 遭難をつたえられるサミユル博士搭乗の『宇宙の女王《クィーン》』号にくらべると、搭乗人員ははんぶんであるが、そのかわりこの救援ロケット艇は、最新型の原子エンジンを使っているので、ひじょうなスピードをだすし、またその航続距離にいたっては十億キロメートルを越すだろうとさえいわれる。
 うつくしい流線形をした巨体。後部には、軸《じく》に平行に十六本の噴気管がうしろへ向かって開いている。
 頭部の一番先のところが半球形の透明壁《とうめいへき》になっていて、その中に操縦室がある。その広さは十畳敷ぐらいあるというから、このロケット艇はかなりの巨体であることがわかろう。
 出発のときは、胴体から引込《ひきこ》み式の三|脚《きゃく》をくりだして、これによって滑走《かっそう》した。そのとき、やはり胴体から水平翼《すいへいよく》と舵器《だき》が引き出されて、ふつうの飛行機とどうように地上を滑走した。
 もちろんプロペラはないから、尾部《びぶ》からはきだす噴気《ふんき》の反動によって前進滑走した。そしてある十分なスピードにたっしたとき、艇は空中に浮かびあがり、それから、足と翼と舵器とをそろそろ胴体のなかにしまいこむ。
 一等むずかしい仕事は、スピードをだんだんあげていくその調子であった。スピードをそろそろあげていたのでは、目的地へたっするのにたいへん年月がかかって、搭乗員《とうじょういん》はみんな老人となり、ついにはみんな死んでしまわなくてはならない。
 そうかといって、あまりスピードをあげる割合いを――このことを『加速度のあげ方』ともいう――その割合いをきゅうにすると、搭乗員の内臓によくないことが起こる。ことに脳がおしつけられてしまって、気が遠くなったり、仮死《かし》の状態となり、はげしいときにはそのままほんとうに死んでしまう。そういうことがあるから、あまり加速度をきゅうにあげることもできないのであった。
 つまり、その中間の、ほどよい、そして能率のよいスピードのあげ方というものがある。それをまちがいなく正しく調整していくことが操縦員にとってまず第一番のたいせつな仕事であった。
「ああ、なんという壮烈なことだ。どうかこの十台の救援艇が、無事にもどってきてくれますように」
 そういって、ひそかに神に祈りをあげる老紳士もいた。
「うまくいくだろうか。三十名十台だから、総員三百名だ。このうち何人が生きて帰ってくるだろうか」
 心配する飛行家もいた。
「ああ、勇《いさ》ましい。あたしはなぜいっしょにゆけなかったんでしょう。エイリーンさん、アネットさん、ペテーさんはいってしまった。あたし、うらやましい」
 ハンカチーフをふりながら、残念がるお嬢さんもいた。婦人の搭乗者もあると見える。
「どうかなあ。この救援は成功しまいとおもうよ。第一、宇宙はあまりに広いんだ。……それにね、去年の春あたりからこっちへ、ひんぴんとして行方不明の宇宙艇があるじゃないか。わしのにらんだところによると、宇宙のどこかに、兇悪《きょうあく》な宇宙の猛獣とでもいうべき奴がひそんでいて、みんなそれに喰われてしまうんだどおもうよ」
 禿げ頭のスミス老人が杖をふりまわしながら、花束を持った四、五人の老婦人を相手にしゃべっている。
「まあ、宇宙の猛獣ですって。またスミスさんのホラ話がはじまったよ」
「なにがホラ話なもんか。わしはきのう、その宇宙の猛獣をつかう恐ろしい顔をした猛獣使いを見つけたんだ。わしは相手に知られないように、こっそりと、その恐ろしい奴のあとをつけていったが――ややッ」
 スミス老人は、きゅうに話を切って、おどろきの声をあげた。そのときそばを、顔を緑色のスカーフでぐるぐる巻きにした目のすごい怪しい男が、松葉杖にすがりながら、通りすぎた。


   自称《じしょう》金鉱主《きんこうぬし》


 スミス老人は、おしゃべりを忘れてしまったかのように、口をつぐんだ。そして肩をすぼめてあごひげを小さくふるわせている。老人の顔色は血《ち》の気《け》をうしなっている。
 そのまわりにいた老婦人たちも、スミス老人のただならぬようすに気がついた。そしてスミス老人がぶるぶるふるえだしたわけを、それとさっして、これまた顔色が紙のように白くなり、ひざのあたりががくがくとふるえだして、とめようとしても、とまらなかった。花束までが、こまかくふるえていた。
 ずいぶん永い時間、みんなは息をとめていたような気がした。しかしじっさいは、たった二分間ほどだった。その間に、れいの緑色のスカーフで顔をつつんだ松葉杖の男は、人ごみの中にかくれてしまった。
「スミスのおじいさん、いまここを通っていったのが、そうなんですかね」
 ケート夫人が、さいしょに口をきった。くだもの店をもっているしっかり者と評判の夫人だった。
「しいッ。あまり大きな声をださんで……」
 とスミス老人は大きな目をひらいて言った。
「……わしの言ったことはうそじゃなかろうがな。だれでもひと目見りゃわかる。あのとおりあやしい男じゃ」
「やっぱり、そうなの? あのスカーフの下にどんなこわい顔がかくれているんでしょうね」
「おじいさん。あれが、さっきおじいさんがいった宇宙の猛獣使いなの?」
「そうじゃ。この間から、彼奴《きゃつ》がこのへんをうろうろしてやがるのじゃ。ひとの家の窓をのぞきこんだり、用もないのに飛行場のまわりを歩きまわったり、あやしい奴じゃ」
「なぜ、あの人が宇宙の猛獣使いなの。宇宙の猛獣て、どんなけだものなんですの」
「宇宙の猛獣を知らんのかな。アフリカの密林《ジャングル》のなかにライオンや豹《ひょう》などの猛獣がすんでいて、人や弱い動物を食い殺すことはごぞんじじゃろう。それとおなじように、宇宙にはおそろしい猛獣がすんでいるのじゃ。頭が八つある大きな蛇、首が何万マイル先へとどく竜《りゅう》、そのほか人間が想像もしたことのないような珍獣奇獣猛獣のたぐいがあっちこっちにかくれ住んでいて、宇宙をとんでゆく旅行者を見かけると、とびついてくるのじゃ」
「おじいさん。それはほんとうのこと。それとも伝説ですか」
「伝説は、ばかにならない。そればかりか、あのあやしい男はな、わしがこっそりと見ていると、ひそかに宇宙を見あげて、手をふったり首をふったりしておった。そうするとな、星がぴかりと尾をひいて、西の地平線へ向けて、雨のようにおっこった。だから彼奴は、宇宙の猛獣使いにちがいないんじゃ」
「ほほほ。やっぱりスミスおじいさんのほら話に、あんたたちは乗ってしまったようね」
「おじいさんは、話がおじょうずですからねえ」
「ほら話と思ってちゃ、あとで後悔しなさるぞ。わしはうそをいわんよ。だいいち、あの男の顔をひと目見りゃ、あやしいかどうかわかるじゃろうが……」
「もし、おじいさんのいうとおりだったら、あのあやしい松葉杖の男は、さっき出発したテッド博士たちの旅行に、わざわいをあたえるかもしれませんわねえ」
「それだ。それをわしは心配しておるんだて。それについてわしは、もっといろいろとあのあやしい男のあやしいふるまいについて知っているんじゃ。昨晩あの男はな……」
「あ、おじいさん。あの男が松葉杖をついて、またこっちへもどってくるよ」
「うッ、それはいかん。……わしは、こんなところでおちついで話ができん。こうしようや。みなさんが、次の日曜日、教会のおかえりに、わしの家へお集まりなされ。あッ、きやがった」
 スミス老人が、ぎくりと肩をふるわせたそばを、れいの緑色のスカーフに面《おもて》を包んだ男が、ぎちぎちと松葉杖のきしむ音をたてて通りすぎた。
 一同が、そのほうへこわごわと視線を集めていると、いったん通りすぎたかの男は、ぴたりと松葉杖をとめ、それからうしろをふりかえった。肩ごしに、首をぬっとまえにつきだして、かれはしゃがれ声でものをいった。
「おい、お年寄り、あまり根も葉もないよけいな口をきいていると、おまえさんの腰がのびなくなっちまうよ」
「……」
「おれは金鉱のでる山を三つも持っているパンチョという者だ。これからへんなことをいうと、うっちゃってはおかねえぞ」
 ぎりぎりぎりと、すごい目玉で一同をねめつけておいて、かれはそこを立ち去った。
 あとの一同は、しばらくまた息がつけなかった。スミス老人は、いつまでも唇をぶるぶるふるわせていた。


   宇宙通信


「なかなか気持のいい旅行をつづけています」
 帆村荘六は救援艇ロケット第一号の中から、ニューヨーク・ガゼット編集局のカークハム氏と無電で話をしている。
「はじめは、このような球形の部屋に住みなれなくて、へんなぐあいでしたが、もうだいたいなれました」
 テレビジョン電話で話しているから、この部屋のなかが相手のカ
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング