ず、もちろん他の地球人類とのゆききも許されず、厳重《げんじゅう》に捕虜の状態におかれてあった。ただれいがいとして、サミユル艇長だけは艇からおろされ、町に住まわせられていた。そのわけは、かれが艇にいると、ガン人の仕事がやりにくいからであった。つまり艇長は外へだしておいて、ガン人は艇内を完全に自由にいじりまわしたかったのである。艇長がいなければ、艇の乗組員はどうしていいか、困るのであった。
「いや。いまは無電連絡がつくようになっているかもしれませんよ」
 と、帆村がいった。帆村は『宇宙の女王』号の事情をうすうすさっしていたので、いまはもうガン人たちが艇から退去しているであろうし、それであれば、無電連絡もかいふくしているのではないかと思ったのである。
「なるほど。無電連絡をこころみる値打ちはあるようだ」
 テッド隊長は、ふたたび無電係を呼んで、こんどは『宇宙の女王』号を呼びだすように命じた。


   ガスコの最期《さいご》


 連絡は、すぐついた。そしてサミユル艇長の声が、すぐとびだしてきたものだから、無電係はおどろいて、大あわてにあわてて、テッド隊長の部屋に通信線をつないだ。
「やあ、テッド君。どうしたい」サミユル博士のほうから声をかけた。
「いやァ」とテッド隊長は面くらって、しばらくは口がきけなかった。
「先生は、いつそこへ帰られたのですか」
「あのさわぎが起こると、すぐ帰ってきたよ」
「なるほど。よくお帰りになられましたね。ところで、これからどうなさいますか」
「電話では、ちょっとしゃべれないね。とにかく万全の用意をととのえていることだ。死地に落ちてもなげかず、順風《じゅんぷう》に乗ってもゆだんせずだ。ねえ、そうだろう」
「はあ」
 テッド隊長は、サミユル博士も、じぶんたちとおなじように、機会をねらっているのだとさっした。博士も、そのうちに、こんらんの中からすばらしい機会が顔をだすかもしれないと思っているらしい。
「先生。お目にかかりたいですね。至急にお目にかかって、打合せをしたいと思いますが、いかがでしょう」
「けっこうだ。それでは、あと五分もたったら、わしはきみのところへゆこう」
「えっ。先生がきてくださるのですか。それはありがたいですが、そこをおはなれになってもいいのですか」
「まあ、心配なかろう。それに『宇宙の女王《クィーン》』号は、きみたちのところからゆずってもらいたいものもあるのでねえ。とにかく会ってから話そう」
「じつは、こちらから隊員のロナルド君とスミスとが出発して、そちらへ連絡にうかがったのですが、それがついたら、どうかいっしょになって、こっちへおでかけください。それなら、わたしも安心しますから」テッド隊長は、老博士の身の上を案じて、そういった。
「ありがとう。それならば、ふたりが到着するのを待っていましょう」
 そこで無電は、いったん切られた。その電話のおわるのを待ちかねていたように、僚艇《りょうてい》からの報告がどんどん隊長へとどけられた。『出航用意』が、もはや完全にととのったと知らせてきたものもある。また、すくなくともこれから五時間しないと、用意が完了しそうもないと、なげいてくる艇もあった。隊長は、そのような僚艇へは、用意完了の艇から応援隊をおくるように手配した。
 時刻はうつった。待ちうけているサミユル博士は、まだ姿をあらわさない。どうしたのであろうか。すると、三根夫が、テレビジョンの映写幕をさして叫んだ。
「あッ隊長。担架《たんか》が二つ、こっちへきますよ」
「なに。担架が二つとは……」見ると担架が二つ、ゆらゆらと揺れて、艇の出入り口に近づく。担架には誰か寝ている。しかし担架をかついでいる者の姿は見えない。ただ、長いシャツのようなものをひきずって、首も手足もない奇妙な形をしたものが、担架をとりまいている。そしてもう一つ、べつの奇妙な形をしたものが、担架のまえに立って、歩いている。それは、他のものとちがって、冠《かんむり》みたいなものがうえに輝いていた。
「先に立って歩いているのは、ガンマ和尚《おしょう》みたいですね」三根夫がいった。
「ガンマ和尚がね。いったいどうしたというのだろう」隊長はいぶかった。三根夫は、ガン人の姿がはっきり見えるようになる変調眼鏡を取りにじぶんの部屋へ走った。かれが、変調眼鏡を手にとって、もとの艇司令室のほうへ引返そうとする出合い頭《がしら》に、れいの担架が入口をはいってきた。
「どうしたんだ」
「なんだ、なんだ」と、隊員はあつまってきた。
「テッド博士にお会いしたい。ふたりの勇士を送り届けにきたのです。わしはガンマ和尚でござる」
 冠の下から、特徴のある声がひびいた。三根夫はこのとき変調眼鏡を目にあてることができた。三根夫は、ガンマ和尚の顔を見ることができた。れいのとおり、小熊で豚で人間のようなガン人であったが、ガンマ和尚は、額にしわがより、眉の間にもたてじわが三本も深くみぞをきざんでおり、そして垂れた鼻の両わきから、長い白ひげがさがっていた。このガンマ和尚こそ、怪星ガンの最高指揮者であった。
 ガンマ和尚は『ふたりの勇士』を送り届けにきたという。ふたりの勇士とは、
「おや。ロナルドとスミスじゃないか。大けがをしているね。いったいどうしたんだ」
「おい、しっかりしろ、ロナルド。どうしたんだスミス」隊員たちは、びっくりして担架のまわりに寄った。が、そこで、目に見えないぐにゃりとした壁みたいなものにつきあたり「ひゃッ」と悲鳴をあげて、うしろへとびのいた。それはかれらが、目に見えないガン人たちの身体につきあたったからである。そのガン人たちは、担架をかついでいたのだ。


   大宇宙の秘密


 ガンマ和尚《おしょう》とテッド隊長の会見は、劇的な光景をていして、隊員たちをいやがうえにこうふんさせた。
 司令室の卓《テーブル》をなかに、両雄は、しばらくぶりに会ったあいさつをしたが、
「どうしたというのですか、わたしのぶたりの隊員たちの大けがは……」
 と、テッド隊長は、悲しげな顔になって、ガンマ和尚にたずねた。
「わしが、両君に力を貸してくださいと、むりにお願いしたのです。相手はガスコと称しているすこぶる悪い奴で、やはり地球人類なんですわい」
「ガスコ?」ガスコの名がでてきたので、隊長のそばに立っている帆村荘六も三根夫も、はっと顔をかたくした。三根夫はあのにくむべき悪党に、天蓋《てんがい》のところで出会って、あとでふり切って逃げたが、あのあと、まだ何か悪いことをしていたのであろうか。
「そうです。ガスコです。あいつは、アドロ彗星のまわし者ですって。あいつは、立入り禁止の天蓋の所へでて、もう十何日間も、アドロ彗星と連絡していたのです。アドロ彗星って、ごぞんじでしょうな、テッド博士」
「よく知りませんが、今、我々のほうへ向かってくる宇宙の賊《ぞく》のことですか」
「宇宙の賊! ふうん、それはいい名称だ。あの悪魔星にはうってうけの名称だ。宇宙の賊ですよ、まったく」
「で、ロナルドとスミスは、どうしたのですか」
「さあ、そのことです。われわれが、ガスコを取りおさえようとしたが、なかなか手におえない。こまっていたところへ、両君が通りかかったものだから、両君にちからを貸してくれるようたのんだのです。地球人類をおさえるのには、やはり地球人類にたのむのが一等いいのです。そのけっかわしたちの希望どおり、ガスコは、取りおさえられました。もうあいつは、アドロ彗星へ連絡することはできなくなりました。だが、お気の毒に両君とも、だいぶけがをしました。われわれは地球人類の傷の手当をするのにじゅうぶんの自信はないのです。ゆえに、両君をいそいでお連れしたわけです。はやく手当をしてあげてください。それから、われわれは両勇士およびあなたがたに、大きな感謝をささげるものです」ガンマ和尚は、ロナルドとスミスの働きについてそう語った。
 両人は、すでに別室で医局員の手で手当がくわえられつつある。ガスコが死にものぐるいで刃物をふりまわしたので、両人は身体にたくさんの斬《き》り傷《きず》をうけていた。しかしさいわいに急所ははずれている。両人は、ガンマ和尚に協力することよりも、すこしもはやくサミユル博士のところへいって、連絡任務をはたしたかったのだ。しかし、ガンマ和尚たちの命令をきかないわけにいかなかった。そこでガスコと決闘したのである。こんな傷を負い、連絡にいけなくなって申しわけないと、両人は、手当をうけながらわびた。ガンマ和尚は、二勇士についての報告と感謝をすませたあとで、あらたまった態度でテッド隊長に相談をもちかけた。
「わがガンマ星が非常なる危機に立っていることは、もうごぞんじのとおりです」和尚はガンマ星という名称を使った。
「たぶんこんどはアドロ彗星の攻撃から抜けだすことはできないでしょう。しかしわれわれは、最後まで宇宙の賊とたたかう決心です。アドロ彗星には正義感というものがすこしもないのです。強大にはちがいないが、ゆるしておけない巨人です」
「アドロ彗星というのは、天然の彗星なんですか。それともこの怪星ガン――いや、失礼しました、ガンマ星のごとく、人工的に建造された星体《せいたい》なのですか」
「やはり人工的の星です。いまこの近くの宇宙において、人工的自動星がすくなくとも四、五万はとんでいるようです。アドロ彗星は、その中の一番巨大なやつで、銀河の暗黒星雲《あんこくせいうん》あたりからでてきたすごいやつです」
「ははあ、なるほど」テッド隊長は思わずため息をつく。
「そこでテッド博士。おり入ってお願いしたいことがあります。それはあなたがた地球人類にお願いして、われわれがこれまで盛りあげてきたガンマ星文化というものを、できるだけたくさん、ここから持っていっていただきたいのです。わしは、それがやがて地球上において、地球人類の手で研究される資料となることをのぞむものです」
「おどろいたご相談です。お引受けする気持はありますが、どうしたらいいか……」
「われわれは大宇宙の研究に乗りだして、もう五百年いじょう経っているのです。さいきん地球と地球人類に興味を持ちまして、このまえは『宇宙の女王《クィーン》』号をとらえたのです。まことに失礼なことをしたわけだが、あれはわしとして、どうしても手に入れたかったので、捕獲《ほかく》したわけです。そして非常によろこんだ。そこへあなたがたがきたものだから、ますます喜んで、中へはいっていただいたのです。が、失礼はおゆるしください。一方的なやりかたで、すみませんでしたが、わしとしては、もうすこしさきになったら、ここであなた方ときもちよく共同研究をする夢をいだいていたのです。だが、いまになって、そんな申しわけをしても何のやくにも立ちません。さあ、お願いしたことを引受けてください。わしは、部下たちにいいつけて、いままでの文化記録を大至急、あなたのところへはこびこませることにします。どうぞ、よろしく。もう時間もないのです」和尚は席から立ちあがった。

「待ってください、ガンマ和尚。あなたは、われわれが、ふたたび地球へもどれるものと思っていられるようだが、われわれはそんなことができようとは、考えられないのですがね」
「いや、機会はかならずきます。あなたがたは優秀な人たちです。あなたがたが、機会をつかまえそこなうということはないと信じます」そういったときガンマ和尚は、電気にうたれたように身体をびくっとふるわせた。かれは席をはなれた。
「わしはじぶんの部署へもどらねばなりません。では諸君の幸運と冷静と勇気とを祈りますぞ」
 ガンマ和尚とその部下は、風のように、部屋から走り去った。


   大団円


 その直後、事態はきゅうに重大となった。アドロ星の撃ちだす破裂弾《はれつだん》の射程《しゃてい》が、いまやガンマ星にとどくようになったらしく、しきりに空気は震動し、本艇はゆさゆさと揺れだした。また、ときおりどこからさしこんでくるのか、目もくらむほどの閃光《せんこう》が頭上で光ることがあった。
 
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