ロケット艇《てい》へかえりつきたいものと、三根夫はねがった。辻のところまでくるとテレビジョン塔が、まえに聴衆もいないのに、ひとりでアナウンスをし、むだと見えるニュース画面を映写幕のうえにうつしだしていた。三根夫は、そのまえにちょっと足をとめた。
「……われらの敵アドロ彗星は、ただいま八十万キロの後方に迫っています。画面に見える白熱《はくねつ》の光りの塊《かたまり》がそれであります」とアナウンスの声に、三根夫は映写幕に目をうつした、なるほど漆黒《しっこく》の大宇宙がうつっているが、その左下のところに、ぎらぎらと白熱光をあげている気味のわるい光りの塊がうつっていた。光りの尾をひいているらしく、それがときどき方向をかえるのだった。そのたびに凄惨《せいさん》の気がみなぎった。
「……もしもわれわれが、ただいま以上にスピードをあげることができないとすると、あと約二時間三十分で、我々はアドロ彗星に追いつかれてしまう計算となります。ただし我々の機関区はいまなおこれいじょうにスピードをあげるために努力していますから、それに成功すれば、この時間のよゆうは、もっと延《の》びるはずであります。まだ非常配置につかない者は、全力をあげていそいで配置についてください」アナウンスは、心細いことを伝えている。三根夫はガン人のために深く同情した。
が、ガン人に同情するなら同時に、この怪星にとらわれて心るテッド隊長以下の地球人たちへも同情をそそがなくてはならない。ガン人が悲しい恐ろしい運命に追いつめられているいじょう、テッド博士以下の地球人たちも、また同じ悲運に追いこまれているのだ。
いや、地球人の立場は、ガン人よりももっと悪いのだ。危険なのだ。それはハイロがちょっと口をすべらしていったが、地球とこのガン星とは、まったくおなじ気候や空気密度などではない。地球にいま棲息している人間や動物植物は、地球の気候風土にたえられるものばかりであって、それにたえられないものはとちゅうで死滅《しめつ》し枯死《こし》してしまったのだ。
ガン星の気候風土が地球のそれと完全におなじなら、地球人はガン星のうえでも、ガン人とおなじように健康をたもって生きていられる。だが、じじつそうでない。地球とガン星とは、気候風土がかなりにかよっているとはいうものの、じつはだいぶんちがっているのだ。ガン人の身体は、地球人よりも、ずっとはげしい温度変化にたえ、寒さにも暑さにも強い。
ガン人は地球人が呼吸困難を感じはじめるくらいの空気密度の五十分の一の大気中で、平気で生きつづける。そのほか、地球人の目には感じない光りが、ガン人には見えるし、音のこと、電気のこと、磁力のことなどについても、地球人とガン人とでは感じかたがたいへん違っている。
はやくいうと、ガン人にくらべて、地球人はもろい生物だ。そしてまた下級の生物だといわなくてはならない。このガン星において、テッド隊長やサミユル博士以下の地球人が、ガン人のために圧《お》されて、手も足もでないのはいまのべたことにもとづいているのだ。「人間は万物《ばんぶつ》の霊長《れいちょう》である」といばっていた人間も、ここではあわれな二流三流の生物でしかない。
三根夫の帰着《きちゃく》
三根夫が無事にもどってきた。艇内に大きな喜びの声がどっとあがる。
帆村荘六がとびだしてきて、三根夫少年の肩を抱きすくめた。
「よく帰ってきてくれた。みんな、どんなに心配していたことか。どこにもけがはなかったかい」
「けがはしなかったですよ。でも、もうおしまいだなと、あきらめたことがあった」
「そうだろう。そして隊長から命ぜられた仕事は、どうした」帆村は、その仕事が三根夫にとってはあまり重すぎるものだったから、たぶんうまくいかなかったのであろうと思っていた。
「できるだけ、やってきたつもりです。ほら、ここにある」
と、三根夫は撮影録音機のはいっている四角い箱を帆村に手渡した。
「ほう。それはすごいや。で、天蓋《てんがい》まであがってみたのかい」
「ハイロ君が生命がけで、そこへ案内してくれました」
「そうか、ハイロがね。かれは途中でミネ君を密告しやしないかと、それを心配していた」
「そんなことはありません。ハイロ君はできるだけのべんぎをはかってくれました。しかしかれは焦熱地獄《しょうねつじこく》のような配置へいってしまったんです」
「そうかね。……や、隊長がこられた。ミネ君。テッド隊長が迎えにきてくだすった」
そのとおりであった。長身の博士が大股で三根夫のほうへ歩いてきて、大きな手で握手をした。
「おめでとう。たいへんご苦労だった。われわれは、三根夫君のお仲間なんだということに大なるほこりを感ずる」テッド隊長は、いくども手を握ってふった。
「隊長。天蓋も写真にうつしてきました。そばへいってみると、大したものですよ。丈夫で、弾力《だんりょく》があって、厚いんです。あれにむかっていっても、小さな蠅《はえ》が蜘蛛《くも》の巣《す》にひっかかるようなものです」
「そうでもあろう。だが、われわれは、何としても小さな蠅の力で、その丈夫で弾力のある蜘蛛の巣をつき破る方法を考えださなくちゃならんのだ」
そのとき三根夫は、ふと気がついて、
「隊長やみなさんは、このガン星に、いま非常事態が発生していることを知っているのですか」
と隊長にたずねた。
「ああ、知っているとも。だから、いっそうきみの安否《あんぴ》を心配していたんだ。この星が、いまアドロ彗星に追いかけられているというのだろう」
「そうです。どうしてそれがわかりました」
「さっきから、とつぜん本艇の無電通信機が働きだして非常事態放送の電波を捕えたんだ。ふしぎなことだ。われわれが怪星ガンの捕虜になった頃から、無電機は、さっぱり働かなくなっていたんだがね」
「ふしぎですね」
「いろいろふしぎなことがある。いままでは通信がいっさいできなかった僚艇とも電波で通信ができるようになった。そればかりではない。『宇宙の女王《クィーン》』号の通信室とも通話ができるようになった」
「どうしたわけでしょうね」
「わけなんか、さっぱりわからん。とにかくわれわれは、この事態を利用しなくてはならない。きみが持ってかえってくれた資料によって、われわれはなんとしても脱出の方法を考えださなくてはならないのだ。諸君。すぐ仕事をはじめよう。きたまえ」
テッド博士は、首脳部の連中を呼びあつめて司令室へいそいだ。
そこでは、三根夫の撮影してきたトーキー映画の映写ができるように、幕が用意され、発声装置もつながれていた。一同が席につくとまもなく、帆村が反転現像《はんてんげんぞう》したフィルムを持って、この部屋へはいってきた。そのフィルムは、さっそく映写機にかけられた。そして三根夫が苦心して秘密撮影してきた怪星ガンの要所要所が一同のまえにくりひろげられていったのである。
フィルムは、いくどもくりかえし映写された。そして首脳部の人々は、脱出方法について熱心な討論をつづけていった。だがその結論は、思わしくなかった。三根夫が撮影録音してきたフィルムによって、天蓋の堅牢《けんろう》さが、想像していたいじょうにすごいものであることがわかったのだ。本艇が持っているありとあらゆる爆発力をあつめて、あの天蓋にぶつけても、天蓋はけっして壊れないであろうという絶望的な計算がでたのである。
みんなは、がっかりした。絶望的計算に全力をふるったポオ助教授は、もちろんがっかり組のひとりであったが、彼はとつぜん立ちあがると、絶望に血走《ちばし》った目をみんなのうえに走らせて、「みなさん。わたしの計算はぜったいにまちがっていない。しかし、物事がわたしの計算どおりに実現するかどうか、それはわからないのだ。運命というものがある。機会というものがある。そういうものは、わたしの計算の中には、はいっていないのですぞ」と叫んだ。
帆村荘六が、やけに手をぱちぱちたたいた。それに釣りこまれたか、他の人たちも手をたたき、それからみんな顔をかがやかして、大きな声で笑った。
テッド隊長が立って、ポオ助教授とかたい握手をした。そして声を大きくして演説をした。
「おお、あなたは真の科学者である。あなたは我々を死の淵《ふち》からすくいだした。我々は最善をつくし、それから運命の命ずるところにしたがい、そしてもし絶好の機会がくればそれを必ずつかむことにしよう。前途に光明《こうみょう》は燃えているのだ。元気をだせ諸君」さて、このあとに何がくる。
出航用意
「出航用意!」テッド隊長は、思い切った命令をだした。出航するといっても、本艇は自由がきかないのである。また、目指していくべきあてもないのである。天蓋は、堅牢《けんろう》である。本艇を繋留塔《けいりゅうとう》にむすびつけている繋索《けいさく》は、ものすごく丈夫である。いったい出航用意をしてどうするというのだ。テッド隊長は、気がちがったのではなかろうか。
しかしテッド隊長は、気がちがっているのではなかった。かれは、じぶんだけで、一つの夢を持っていた。ぜっこうのチャンスの夢であった。まんいちその夢がほんとうになるならば、そのときは本艇はいつでも出航できるように準備ができていなくてはならないのだ。
さもなければ、あたらぜっこうのチャンスをとりにがしてしまうであろう。が、その夢が現実になる公算は、ほんとに万に一つの機会であった。いや、万に一つどころか、億に一つかも知れない。常識で考えると、いまは本艇やその乗組員の運命は絶望の状態にあるとしか思えないのであった。
それにもかかわらず、テッド隊長は、『出航用意』を命令したのであった。
乗組員たちは、この命令にせっして、目を丸くしない者はなかった。そして、それにつづいてかれらはこうふんのいろをあらわし、いつもとはちがって、年齢が五つも若返ったように元気づいた。
「うれしいね、出航用意だとさ」
「出航用意か。いつ聞いても、胸がおどるじゃないか。さあ、いこう」
「出航用意だぞ、出航用意だぞ」
機関室は、火事場のようないそがしさだった。全員は、本当に出航する顔つきになって、小さいエンジン類からはじめて、だんだん大きなものを起動《きどう》していった。
出航用意の命令は、本艇だけでなく、僚艇《りょうてい》八|隻《せき》にも伝達された。
僚艇でも、みんな目を丸くし、そしてこうふんになげこまれ、それからみんないそがしく活動をはじめた。脱出不可能なことは、誰も知っていたが、なつかしい『出航用意』の号令は、なおかれらを立ちあがらせる力を持っていた。テッド隊長は、考えぬいたすえに、『宇宙の女王《クィーン》』号のサミユル博士に連絡をとることをめいじた。無電は、サミユル博士|邸《てい》を呼びだした。しかし、誰もでてこなかった。
無電係が、それを報告してきたので、テッド隊長は、隊員ふたりをえらんで、博士邸へ走らせることにした。ロナルドとスミスとが、えらばれた。どっちも元気で、常識に富んだ隊員だった。ふたりは、この危険な使いに立つことをおそれげもなく引きうけ、そしてとなりの家へゆくほどの気軽さででかけた。もちろんふたりは、携帯《けいたい》無電機を背負って、ひつようなときに、すぐ本艇と連絡がとれるよう、用意をおこたらなかった。ふたりが出発したあとで、テッド隊長からこの話を聞いた帆村荘六は、
「あ、それなら、『宇宙の女王』号へ無電連絡をとってみてはどうでしょう」といった。
「あそこは、無電連絡がきかないのだ。そのことはきみも知っているはずだが……」
と、隊長はいった。そのとおり『宇宙の女王』号は、本艇よりもずっときびしい取締りをガン人からうけていた。あとでわかったことだが、ガン人は、はじめ『宇宙の女王』号を手に入れると、たいへんめずらしがって、その構造の研究と、そして地球人類の能力の研究のために、『宇宙の女王』号のなかは、いつも大ぜいのガン人の学者たちでごったがえしていたのだ。そして乗組員たちは、艇から外へでることを許され
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