テッド隊長はいそがしかった。繋留《けいりゅう》索は、はじめはとても本艇からはなすことができないほど強いもので、それをたち切ることをだんねんしていたが、テッド隊長はガンマ和尚がいったことばに希望を持ち、隊員をなおも繋留索のところへいかせて、それをたち切る作業をつづけさせた。
「サミユル先生は、どうされたろう」
テッド隊長はもう一つ気にかかっていたことを口にした。こっちから連絡にだしたロナルドとスミスが、途中でああいうことになったため、サミユル博士は待ちぼけをしているであろう。そこで無電をかけてみると、博士はついに待ちあぐねて、部下十名とともに、こっちへでかけたという。博士は、まもなく姿を見せた。息せききって、テッド隊長のところへとびこんできた。
「燃料がないのだ。すこしもないのだ。きみのところもじゅうぶんでないだろうが、できるだけわけてくれたまえ。わたしは、乗組員たちを見殺しにすることができない」
放射能物質であるその燃料は、本艇でもじゅうぶんな貯蔵がなかった。それは怪星ガンに捕獲される前後に、ひどく使いすぎてしまったからだ。といって、テッド隊は『宇宙の女王《クィーン》』号を救いにきたのであるから、サミユル博士のたのみに応じないわけにいかなかった。
テッド博士は、英断をくだした。
「よろしい。先生のところへ、わが貯蔵量のはんぶんをさしあげましょう。しかし大急行で、ここからはこびだすのでないと、まにあわないかもしれませんよ」
そのとおりであった。あたりの空気をやぶって、爆発音がしだいに間隔《かんかく》をちぢめて、どかーンどどンと、気味のわるい音をひびかせ、艇は波にもまれているようにゆれた。
「ありがとう、テッド君。わたしは感謝のことばを知らない。わたしは、わが乗組員にたいして」
「いや、先生。お礼をおっしゃるよりも、一分間でもはやく燃料をはこぶことですよ。わたしのところからも運搬作業に十名をお貸ししましょう」
「なにから何まで。……しかし、じつは脱出に成功する自信はほとんどないのだがねえ」
サミユル博士は顔を曇《くも》らせた。
「運と努力ですよ、先生。われわれは天使のようにむじゃきに、そして悪魔のごとく敏捷《びんしょう》でなくてはならないのです。うたがいや不安や涙はいまは必要でないのです」
「そうだったね。わたしはきょうはことごとくきみから教えられた。師と弟子の立場はぎゃくになったよ」
それからテッド隊長は、『宇宙の女王』号への放射能燃料の運搬を指図した。艇からえらばれた十名の運搬者のなかに、帆村荘六と三根夫のまじっていたことをしるしておく。この両者は志願して、その運搬員にくわわったわけである。作業は、はじまった。テッド隊長の胸は、いまにもはりさけんばかりに痛んだ。師サミユル博士に報恩《ほうおん》し、『宇宙の女王』号の乗組員たちに希望を持たせることにはなったが、しかしこの燃料運搬がおわるまでに、はたしてこのガンマ星がいままでどおり安全な状態をたもっているかどうか、それはたいへん疑わしいことであったからだ。
運搬作業のとちゅうで最悪の事態が起こったとしたらどうだろう。運搬に従事している二十名の同僚を失わなくてはならないのだ。そのなかには、愛すべき尊敬すべき十名の本艇員がいるのだ。三根夫少年もいる。帆村荘六もいる。――神よ、作業がおわるまで、かれらの身の上をまもりたまえ。サミユル博士は、驚いたことに、二十名の運搬員といっしょに、やはり燃料運搬にしたがっていた。博士の気持はよくわかる。燃料運搬作業は、その三分の一のところで中止するのやむなき事態にいたった。
それはアドロ彗星の砲撃がますますはげしくなり、ガンマ星の天蓋《てんがい》をぼンぼンと破壊しはじめたからであった。運搬員の頭上からは、破壊された天蓋や架橋《かきょう》の破片が火山弾《かざんだん》のようにばらばらと落ちてきて、危険このうえないことになった。
サミユル博士は長大息《ちょうたいそく》するとともに、そのあとのことを遂《つい》にあきらめた。
「運搬はやめる。隊員はそれぞれの艇へいそいで引揚げなさい」
「先生、いま運搬をやめては、『宇宙の女王』号はよていした燃料の三分の一くらいしか持っていないことになり、長い航空にはたえませんですよ。もっとがんばりましょう」
「ぼくも、やりますよ。まだ、大丈夫、やれますよ」
と帆村と三根夫とは、左右からサミユル博士を激励《げきれい》した。
「そういってくれるのはありがたい。が、わたしはいまやじぶんの運命にしたがうのです。運搬作業は、とりやめにします。あなたがた、はやくテッド君のところへ引揚げてください。そしてテッド君に、わたしが心から大きな感謝をささげていたと伝えてください」
博士の決意は、もうびくともゆるがなかった。そこで帆村たちも博士のことばにしたがって、本艇へ引揚げていった。これがおたがいの顔の見おさめだろうと両艇員は別れ去るのがとてもつらかった。
なにごとも運命であったろう。帆村たち十名が本艇へたどりついて、テッド隊長に報告をはじめ、それがまだおわらないうちに、とつぜん千載一遇《せんざいいちぐう》の機会がやってきた。
猛烈な砲撃が天蓋にくわえられたけっか、ぽっかり穴があいたのである。暗黒な空が見えた。
「今だッ」
出航! テッド隊長は、出航命令をくだした。操縦員たちは極度に緊張した。
艇の繋索《けいさく》はたたれた。そして針路は、吹きとばされた天蓋のあとへ向けられた。
大危険である。砲撃はつづいているのだ。すこし間隔《かんかく》はおいてあるが、猛烈に撃ってくる。天蓋や構築物の破片や、砲弾そのものまでが頭上からばらばら落ちてくる。もしその一つが本艇の要所にあたれば、本艇は即時に飛ぶ力をうしなって、あわれな巨大な墓場と化さなくてはならない。
しかしそれをおそれていられないのだ。脱出はいまをおいてほかにないのだ。
全速前進! 僚艇に注意! テッド隊長以下の艇員は、ものすごい初速と加速度にたいして、歯をくいしばってたえていた。気が遠くなる。頭が割れるようだ。脱出に成功した。
脱出したというよりも、空間にほうりだされたといったほうが、その感じがでる。なにしろ一瞬のできごとだった。そしてそのあと、艇員たちは数十分間にわたって失心していた。やっと、ぼつぼつ気がついた者がでてきて、それから同僚を介抱《かいほう》した。しばらくは、何がどうなっているのやら、さっぱりわからなかった。やがて、思いがけない快報がもたらされた。それはほかでもない。今、本艇がただよっている位置から二百万キロばかりのところに、なつかしい地球の姿が見えるというのであった。艇員は喜びに気が変になりそうになった。
「もうひととびで、地球へもどれるんだ」ああ、意外にも、ガンマ星から脱出したところは、地球に間近いところであったのだ。燃料の心配も、いまはもうなかった。
艇員は、気がついて、ガンマ星とアドロ彗星《すいせい》の姿を天空にもとめた。ところが、ふしぎなことに、それらしいものは何にも見えなかった。どうしたのであろうか。テッド隊の宇宙艇九隻のうち、七隻はぶじに地球へ着陸した。他の二隻は、おしいことに脱出に失敗したらしい。
サミユル博士の『宇宙の女王』号もぶじアメリカに着陸した。博士をはじめ乗組員はすくない燃料にあきらめの心を持っていたが、脱出してみると、地球は意外の近くにあったため、帰着するまでにそれだけの燃料でじゅうぶんありあまったのである。テッド隊は、ついに救助の任務をはたして、全世界かち隊員全部が大賞讃をうけた。三根夫少年は、なかでも大人気で、新聞社や放送局からひっぱりだこのありさまだった。かれはいつも少年らしいむじゃきな話ぶりをもって、怪星ガン――じつはガンマ星のことや、ふしぎなガン人種のことについて、全国の少年少女たちに物語るのであった。
ただざんねんなのは、ガンマ和尚《おしよう》が、あれほど熱心に希望したガン星文化の資料が、本艇へとどけられないうちに、本艇はガン星からとびだしてしまったことだ。テッド博士はざんねんがっている。そしておなじ志《こころざし》のポオ助教授と帆村荘六とが、いまは博士の下で、『ガン星およびガン人の研究』という論文をつくっているという話だ。最後に、地球から見たガン星の最後について、一言のべておこう。天文台《てんもんだい》は急速にちかづく彗星を発見して、ただちに全世界の天文台へ通報した。
この彗星の速度は、じゅうらいの彗星よりもはなはだ速く、そしてその翌日には、あっというまに、地球と火星の間を抜けて飛び去った。それは深夜のことだったが、通過のさいは、約三時間にわたり、まるで白昼《はくちゅう》のように明かるかったという。そしてその彗星は、ひとつのものと思われ、テッド隊員がしきりに知りたがっているようなガン星の姿はぜんぜんみとめられなかったという。それから考えると、おそらくもうそのときまでに、ガン星はアドロ彗星の腹中《ふくちゅう》へおさまっていたのであろう。ガンマ和尚やハイロ君の運命については、もちろんなにも知られていない。
宇宙は広大であり、古今は長い。そして地球人類の科学知識はあまりにもうすく、そしてせまい。われらは、自然科学について知ること、あたかも盲人が巨象の片脚の爪にさわったよりも知ることがすくないのだ。われわれは、いそいで勉強しなくてはならぬ。それは地球人類のゆるぎなき幸福のために、ぜひひつようなのである。
底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
1992(平成4)年2月29日初版発行
※「ミネ君」、「三根クン」の表記は、底本において統一されていない。本ファイルも、底本のままとした。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2001年7月21日公開
2002年1月16日修正
青空文庫作成ファイル:
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