しかもじぶんたちは、そのなかにもはやとりこ[#「とりこ」に傍点]になっているというのだ。
そのまえに三根夫は、怪星らしいものの片影《へんえい》すら見なかった。だから、その怪星のとりこになったなどといわれても、さっぱりがてんがいかない。それに、星がロケット隊をとりこにするなんて、そんなことができるのであろうか。いったい、どんなにして、それを仕とげるのだろうか。
もっとも、わがテッド博士のひきいる救援艇ロケット隊が探している『宇宙の女王《クィーン》』号が、さいしょに打った無電によると女王号もどうやら怪星ガンのとりこになったらしくは思われるが。
三根夫の頭のなかには、花火が爆発したときのようなにぎやかさで、たくさんの疑問が入りみだれて飛ぶ。
「帆村のおじさん。怪星ガンというやつは、どこに見えるのですか」
三根夫は、ついに質問の第一弾をうちだした。かれの唇は、こうふんのために、ぴくぴくとふるえている。
「どこに見えるといって、われわれは怪星ガンの腹の中にはいっているんだから、外を見て見えるものはみんな怪星ガンの一部分だと思うよ。これはいまのところわたしだけの推理だがね」
帆村荘六の顔は、死人の面のように青く、こわばっている。
「では、あの塔みたいなものも、怪星ガンの一部分なんですか」
「それはたしかだと思う」
「でも、へんですね。星というものは、ふつう表面が火のように燃えてどろどろしているか、あるいは表面が冷えて固まっているものでしょう。ところが、怪星ガンはそのどちらでもないようですね。なぜといって、火のように燃えている星なら、ぼくたちも、たちまち燃えて煙になってしまうでしょうが、このとおり安全です。おじさん、聞いている?」
「聞いているよ」
「また、怪星ガンが表面が冷えかたまっていて、地球や月のような星なら、その星の腹へ、ぼくらのロケットをのみこむといっても、できないじゃありませんか。だから、怪星のとりこになっているといわれても、ぼくは信じられないや」
そういって三根夫は、帆村の返事はどうかと、顔をのぞきこんだ。
「きみは信じないかもしれないが、きみがのべた二つの星の状態のほかにも、星の状態というものはいろいろあると思う。そしてわたしたちは、その一つの実例を、いま目のまえに見ているのだ。そう考えることはできるだろう」
帆村のことばがむずかしくなる。かれもおそらく、じぶんの小さい脳髄《のうずい》だけでは持ちきれないほどの推理こんらんになやんでいるのだろう。
「とにかく、さっききみは見たろう。星がどんどん姿を消していったのを。最後に窓のように残った図形の星空、それが見ているうちに、まわりがだんだんちぢまって、やがて星空は完全に消えてしまった。そして大暗黒がきた。そうだろう」
「そのとおりですけれど」
「つまりね、あの大暗黒が、怪星ガンの一部分なんだ。われわれは怪星ガンにすっかり包まれてしまったんだ」
「すると怪星ガンは霧のようなものですかねえ。それともゴムで作った袋みたいなものかしらん」
「そのどっちにも似ている。けれども、それだけではない。そのうちに、もっと何かあるんだと思う」
帆村は、謎のような、ぼんやりしたことをいう。
「もっと何かあるって、何があるの」
「あれだ。あのようなものがあるんだ」
と、帆村は下からのびてきた光る怪塔を指した。
「あれはなんでしょう。高い塔のようなもの」
「つまり、怪星ガンのなかにはあのように、しっかりした建造物があるんだ。霧かゴムのようにふんわり軟い外郭《がいかく》があるかと思うと、そのなかにはあのようなしっかりした建造物がある。いよいよふしぎだねえ」
「まるで謎々ですね」
「そうだ、謎々だ。しかし、この怪星ガンの構造がどうなっているか。その謎をとくには、もっともっといろいろ観察をして、条件を集めなくてはならない」
「ぼくは、なにがなんだか、さっぱりわけが分らなくなった。くるなら、こい。なんでもこい、よろこんで相手になってやる」
三根夫は、かたい決心を眉《まゆ》のあいだに見せて、ひとりごとをいった。
扉をたたく者
そのころ、怪塔の頂上から横にのびていた籠型《かごがた》の高架通路《こうかつうろ》のようなものが、ぴったりとこっちのロケットの横腹に吸いついた。それは、わが司令艇の出入口の扉のあるところだった。
その扉が、どんどんと、外からたたかれた。そこに当面していた乗組員たちは、ぶるぶるッと身ぶるいした。かれらは、さっそくこのことを司令室の隊長テッド博士のところへ報告した。そして特別のマイクを、扉のところへもっていって、外からたたかれる音を、テッド隊長の耳に入れた。
「おわかりになりますか。隊長。あのはげしい音を……」
「よくわかる。外で何かしゃべっているようだね」
「え、しゃべっていますか。どうせ怪しい奴のいうことだ、ろくなことではあるまい」
出入口当直員は、耳をすまして、扉のむこう側の声を聞きとろうとした。
と、そのとき、外の声が一段と大きくなった。
「この扉を開いてください。お話したいことがあります」
そういうことばが、いくどもくりかえされていることがわかった。
ていねいなことばだ。しかしいったい何者がしゃべっているのだろう。
その声は、司令室や操縦室の高声器《こうせいき》からもはっきりでていたので、いあわせた者は、みんなそれを聞くことができた。
「帆村のおじさん。本艇の外へやってきたのは誰でしょうね」
「誰だと思うかね」
「あれじゃないでしょうか。ほら、おそろしい顔をしたガスコ。ギンネコ号の艇長だといって、きのうここへはいってきたあのいやな奴」
「そうではないと思うね」
帆村は三根夫の説にはさんせいしなかった。
「おじさんは、誰だと思うんですか」
「怪星ガンの住人《じゅうにん》じゃないかと思うね」
「えっ、怪星ガンの住人ですって。それはたいへんだ。いよいよぼくらを牢《ろう》へぶちこむか、それとも皆殺しにするために有力な軍隊をひきいて乗りこんできたのでしょうか」
「ミネ君は、このところ、いやに神経過敏《しんけいかびん》になっているね。それはよくないよ。もっとのんびりとしていたほうがいい」
「だって、こんなふしぎな目、おそろしい目にあって、えへらえへらと笑ってもいられないですよ」
「とりこし苦労はよくないのさ。ぶつかったときに、対策を考えるぐらいでいいのだ。一寸さきは闇というたとえがある。先のところはどうなるかわからないんだから、それを悪くなった場合ばかり考えて、びくびくしているのは、神経衰弱をじぶんで起こすようなもので、ためにはならないよ」
「じゃあ、あの扉をあけて、外に立っている怪星ガンの人間の顔を見たうえで、対策を考えろというんですか」
「それくらいでも、この場合は、まにあうのだ。なにしろぼくたちは、すっかり自由というものをうばわれているんだから、ふつうの場合とちがうんだ。とにかく相手は、あのようにていねいなことばで呼びかけているんだから、ぼくたちを殺すとかなんとか、そういう乱暴は、すぐにはしないだろう」
そういっているとき、テッド隊長が、帆村のほうへ声をかけた。
「帆村君。いまみんなの意見を集めているんだが、きみはどう考えるかね。扉を開いて、相手の申し出におうずるかどうか、きみの考えは」
帆村はうなずいた。
「わたしは、すぐ扉をあけて、相手と交渉にはいったがいいと思います」
「ほう。きみもやっぱりそのほうか。扉をあけるのはいいが、艇内の気圧が、いっぺんに真空に下がるだろうと思うが、このてん考えのなかにはいっているかね」
「わたしは、そのてんも心配なしと思います。つまり、扉の外は、じゅうぶんに空気があるんだと思うのです。なぜなら、外から声をかけられるんですから、外に空気があり、相手は空気を呼吸しながら立っているんだと推察《すいさつ》しているのですが、隊長のお考えは、いかがです」
「うん。きみのいまの説によって、完全に説明しつくされた。そうすれば、外部に空気があることが信じられる。しからば、わしもさっそく扉をあけて、相手に面会する決心がつくというものだ」
「では、どうぞ、しかし、びっくりなすってはいけませんよ」
「なんだって。びっくりするなとは、何が?」
「それはだんだんわかってきましょう。いまのところわたしの想像にとどまりますが、なにしろ相手は怪星ガンの一味と思われますから、ずいぶんわれわれをふしぎな目にあわせるかもしれません」
「うん。覚悟はしているよ」
このあとで、テッド隊長は命令を発して、ついに本艇の一番大きい戸口の扉をひらかせた。
「やあ。とうとう扉を開いてくださいましたね。みなさん。よく、ここまでいらっしゃいましたね。これから仲よくいたしましょう」
相手の声が、はっきりと聞こえた。だが、ふしぎなことに、その相手の姿はどこにも見えなかった。姿なきものの声だ。なんという気味のわるいことであろう。
魔か人か
テッド博士は、救援隊の幹部とともに、開かれた扉のほうへわるびれもせず、進んでいった。博士は、ここしばらくの間が救援隊全員にとって、もっとも重大なときだと感じていた。
相手は鬼か、神か、魔物か怪物か、なにかは知らない。しかしいかなる相手にもせよ、博士は身をもって隊員たちの生命の安全をはからねばならないと、かたく決心していた。
なるほど、空気のことは心配ないようだ。そのままで呼吸にさしつかえない。いったん空気服を身体につけた者も、ぼつぼつそれを脱ぎはじめた。帆村の判断は正しかったのだ。
それにしても気味のわるいのは、声のする相手の姿が見えないことであって、それにおびえてだれも返事をする者がない。
姿なき声は、べつにきげんをそこねたようすもなく、ひきつづいて、こっちへことばをかける。
「どうか、みなさんは、この橋を利用してください。ごらんのとおり、この橋はまっすぐに伸び、やがてはしに達します。そこにはエレベーターがあって、上り下りしています。それに乗って、下までおりてごらんになるよう、おすすめします。みなさんはそこで、なつかしい市街《しがい》をごらんになることでしょう。いろいろな飲食店もあり、生活に必要な品物をも売っている店もございます。どうぞごえんりょなく、ご利用ください」なんということだ。まるで大きな百貨店の玄関で案内嬢から店内の案内を聞くような気がする。
だが、姿なき声がのべたてる案内は、とても信じられなかった。こんなへんぴな天空《てんくう》に市街などがあって、たまるものか。飲食店や売店があるといってもだれが信じるだろうか。いや、それどころかエレベーターのついている塔が、下から上へ伸びあがってきたことさえ、たしかに目で見たにちがいないのに、信じられないのだ。夢を見ているとしか考えられない。
こういう感じは、テッド隊長以下、すべての乗組員の頭のなかにあった。
「ご親切なることばに感謝します。ですが……」と隊長テッド博士は、あいさつをはじめた。
「ですが、われわれはいま、どういうところにいるのでしょうか。またあなたは、どういう方ですか。われわれには、あなたのお姿が見えないのです」
こっちからの話が、相手につうずるかどうか、博士には自信がなかったが、それはともかく、いいたいだけのことをいってみた。すると、相手が返事をした。
「いろいろ疑問をもっておいでのことは、よくわかります。今、それについて完全なるお答えをすることができません。それは、わたしどもが秘密事項をあなたがたに知られたくないというのではなく、完全なるお答えをして、あなたがたにわかっていただくには、かんたんにはいかないからです。つまり、かなりの時日《じじつ》をかけないと、おわかりになれないと思うのです。ですから、質問のすべてを一度にとくのはおやめになって、これから毎日すこしずつ、市街を散歩するなりだれかと会って話しあうなりして、だんだん疑問をといていかれたがよいと、それをおすすめします」
相手は、ますますねんのいった話しかたで博士
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