にこたえた。相手のいうことは、ようするにこの国には、きみたちの常識では解けないような、いろいろなふしぎがある。それを一度にとこうとすると、気がへんになるかもしれない。だからゆっくりこの国に滞在して、ゆっくりと疑問をといていらっしゃいといっているのだ。博士は、かるくうなずいて、相手がいったことを頭の中で復習した。これはぜひおぼえておかなくてはなるまい。
「ただ、いまのおたずねについて、これだけはお答えしておきましょう。このところが、どんなところであるかを知るには、橋をわたりエレベーターで下り、市街を歩いてごらんになると、まず、早わかりがするでしょう」
「ああ、そうですか」
「それから、わたしの姿が見えないことです、これはちょっとしたからくりを使っているのです。こっちから説明しないでも、やがてみなさんのほうが、なあんだ、あんなからくりだったかと、気がおつきになりましょう。それはとにかく、いずれそのうち、よい時期がきたらわたしどもは、みなさんの目に見えるように、姿をあらわします。それまでは、私どもの姿が見えないほうがよいと思うので、決してわたしどもは姿を見せません」
「そうおっしゃれば仕方がありませんが、もしわれわれのほうで、あなたさまに連絡したくなったとき、どうすればいいでしょう。あなたのお姿が見えなければ、あなたを探すことができません」
すると、姿なき相手は、おかしそうに声をたてて笑い、
「これは失礼しました。連絡の必要のあるときは、あなたがたは『もしもし、ガンマ和尚《おしょう》』と一言おっしゃればいいのです。するとわたしは、すぐご返事するでしょう」
「ガンマ和尚? ふーむ、ガンマ和尚とおっしゃるお名まえですか」
「そういえば、通じますから」
偵察団出発
ふしぎなガンマ和尚《おしょう》の声は消えた。
テッド博士以下は、たがいに顔を見合わせて、すぐにはことばもでなかった。さっきから、思いがけないことの連続であった。なにから話し合っていいやら、けんとうがつかない。
「帆村のおじさん」と、三根夫が、帆村荘六の服の袖《そで》を引く。
「なんだい」
「おもしろいことになってきましたね。たいへんめずらしい国――いや、めずらしい星の国へきたようですね」
「ミネ君、きゅうに元気になったね。どうしたわけだい」
「だって、この下に町があるというのですもの。それから飲食店があったり、めずらしい品物を売っている店があったりする。はやくいってみたいものだ」
「ははは、そんなことで、ミネ君はうれしがっているのかい。だがね、飲食店や商店があったとして、きみはこの国で通用するお金を持っていないから、どうにもならないじゃないか」
「あッ、そうだ」三根夫は、いまいましく舌打ちをした。なあんだ、あのガンマ和尚め、とんでもないかつぎ者だ。
このときテッド博士が、ガンマ和尚の話によって、第一回の偵察団を出発させることを決めた。
そしてその人選を発表したが、人数は五名であった。まずテッド博士。それからポオ助教授に帆村荘六。射撃と拳闘の名手のケネデー軍曹。それから三根夫。
この発表で、三根夫はじぶんが第一番に見物にいけるというので大よろこび。
そこで一行五名は、すぐ出発した。空気服も脱いで、散歩にでるのとおなじ軽い服装だった。
だが、みんなの胸のなかには、もっと重苦しいものが、つかえていた。それは不安であった。
ガンマ和尚のことばはおだやかであるが、ここはまさしく怪星ガンの中だ。『宇宙の女王《クィーン》』号が、悲痛な最後の無電をもって警告していった怪星ガンの内部である。
ただ、どうしても腑《ふ》におちないのは、『宇宙の女王』号の場合は、気温の急上昇があったりなどして、乗組員はかなり苦しんだようであるが、本艇の場合には、それがなかったことだ。これはなぜだろう。まだ解くことのできない謎だ。
さて偵察団の一行五名は、おそるおそる橋へ足をかけた。もしこれが妖怪屋敷《ようかいやしき》のなかのまぼろしの橋だったら、あっという間に身体は奈落《ならく》へ落ちていくはずだった。
「大丈夫だ。きたまえ」テッド隊長はさすがにひと足さきにみずから試験をしてみて、大丈夫であることをたしかめると、つづく者に渡れと合図した。そこで残りの四名も橋を渡りだした。横から見たところはなんだかひょろひょろしたあぶなっかしい橋であったが、こうして渡ってみるとすこしもゆれず、きしむ音もなく、しっかりしたビルの廊下を歩いているのとかわりがない。
「この橋の材料は、なんでできているの」帆村がポオ助教授に聞く。
「さっきから目をつけているんだが、これはめずらしい金属だ。われわれの知らない合金《ごうきん》らしい」
助教授は、ざんねんそうに答えた。橋を渡り切ると、なるほどエレベーターがあった。それはコンベヤー式になっていて、上ってくるものと下るものとが、左右に並んでいっしょに動いている。扉もない。そしてメリーゴーラウンドの箱車みたいになっている。ちょうどまえにきたときに、その箱車へとびこめばいいのだ。一つの箱に十人ぐらいは乗れる。
テッド博士とケネデー軍曹が先頭を切って、とびのった。ポオ助教授と帆村と三根夫は、その次の箱車に乗った。エレベーターはずんずん下へおりていく。外は窓がないので、どんな景色になっているのか見えない。
この道中はかなりながく、十二、三分間もかかった。そしてついにホームのようなところへ箱車ははいった。博士の合図で、みんなホームへとび移った。
「たしかに、これはしっかりした地面のようだがね」
博士はそういって足許《あしもと》を見ながら足ぶみをした。ホームのむこうに、大きなアーチが見え、そのアーチのむこうには明かるい街並が見えた。みんなはそのほうへ歩いていった。たしかに見事な街路だった。きれいに並んだ商店街。街路樹《がいろじゅ》もゆらいでいる。なんだか狐《きつね》に化《ば》かされたようだ。
「よう、テッド君じゃないか」隊長の肩へ手をかけた者がある。
老探検家
わが名を呼ばれ、テッド隊長はびっくりしてうしろをふり向いた。
「あッ、あなたはサミユル先生」
隊長がおどろいたのもむりではない。かれの肩をたたいた者は余人《よじん》ならず、『宇宙の女王《クィーン》』号にのってでかけた探検隊長のサミユル博士だった。その『宇宙の女王』号が、悲壮《ひそう》なる無電をとちゅうまで打って、消息をたった。それでテッド隊が、『宇宙の女王』号のゆくえを探すために地球をあとにして、困難なる大宇宙捜査《だいうちゅうそうさ》に出発したのであった。ところが、サミユル博士一行の六十名をのせた『宇宙の女王』号の消息はまったくわからず、テッド隊は不安のうちにも捜査をつづけているうちに、怪星ガンの捕虜《ほりょ》となってしまったわけだ。ところがこんなところで、ばったりとサミユル博士と出会うとは、なんという奇縁《きえん》であろうか。
「ほんとに、あなたは、サミユル先生」
テッド隊長は、ほんとになんべんも目をこすって、まえに立つ半白《はんぱく》の老探検家を見なおした。
「ふしぎなところで会ったね。どうして、こんなところへきたのかね」
老探検家は、健康色の顔に、ほおえみを見せて、テッド博士にきく。
「わたしたちは、先生のご一行を救援するためにこっちへやってきたのです。不幸にして、このとおり怪星ガンの捕虜となってしまい、われらの目的ももう達せられないかとなげいていましたのに、とつぜんここで先生にお目にかかるなんて、ふしぎというか何というか、びっくりいたしました」
テッド博士の話を老探検家はうなずきながら聞きとった。そして強く博士の手をにぎりかえした。
「ありがとう。よく捜しにきてくれた。これまでに苦労をたくさんかさねたことだろう。くわしい話を聞きたいが、わしの家まできてくれないか」
「はい。どこへでもおともをします。あ、それからご紹介します。これが隊員のポオ助教授。それからケネデー軍曹。帆村探偵、三根夫君です。どうぞよろしく」
「おお、みなさん、よくはるばるきてくだすって、ありがとう。隊員もどんなによろこぶことでしょう」サミユル博士のことばに、三根夫は、
「先生。すると、『宇宙の女王《クィーン》』号にはいっていた隊員は、みんな無事なんですか」
と、きけば、博士はちょっと表情をかたくし、
「まあ、いまのところ無事です。もっとも、一時は隊員のはんぶんが重傷を負うやら、なかには死ぬ者もあったが、いまはみんな元気です。このことはあとでゆっくり、お話しよう」
と、ここではそれから先のことを話したがらなかった。一同はサミユル博士の家のほうへ歩きだした。三根夫は、目をみはり、耳をそばだてて、町の両側に注意し、いきあう人にも注意した。
広場といい、道路といい、地球のうえで見る広場や道路にかわらないようであった。道路の両側にならんだ店や家も、地球の上で見るそれらとあまりかわったところがなかった。もっとも店は、たいへん美しく飾りたてられてあり、商品は豊富であった。料理店が店頭にかかげてある料理の品目も、おなじみなものばかりだった。だが、三根夫は、ついにかわったことを発見した。
「ねえ、帆村のおじさん。このへんの店は、へんですね」
帆村に話しかけた。帆村はにやりと笑って三根夫を見おろした。
「何に気がついたのかね」
「だって、へんですよ。店には、だれも店番をしている者がないじゃありませんか。どの店もそうですよ」
「なるほど。それから……」
「それから? まだ、へんなことがあるんですか」
三根夫は小首をかしげて考えこむ。
「ああ、そうか。帆村のおじさん。お客さんがひとりもいません。へんですね」
「客の姿が見あたらない。よろしい。それから……」
「それからですって。まだへんなことがあるんですか」
三根夫は立ちどまって、店をまじまじとながめる。
「あ、これかな。帆村のおじさん。店の出入り口の戸が、ばたんばたんと、開いたり閉まったりしますね。まるで風に吹かれているようだけれど、そんな強い風が吹いているわけでもないのにへんだなあ。おじさん、これでしょう」
「なるほど。それから……」
「えッ、えッえッ。まだ、それからですって」
三根夫はあきれてしまった。へんなことが、そんなにたくさんあるのだろうか。帆村荘六がからかっているのかしらと、三根夫は帆村の顔をちらりと見た。
帆村は、そのとき小さい手帖に、いそいでなにごとかを書きこんでいた。
りんごの買物
「どうだい。わかったかい」
「いや、わからないです」
「三根クン。きみはあの店にならんでいるりんごがたべたくないかい」
「あれですか。りんごはめずらしいですね。それにたいへんおいしそうだ。あれを買えないでしょうかね」
「さあ、どうかな。三根クン。きみはあの店へはいっていって、『りんごをいくつ、ください』といってみたまえ。するとどうなるか。ただし三根クン、おどろいちゃだめだよ」
「おどろきゃしませんが誰もいない店へはいって、誰もいないのに、りんごを売ってくださいというのですか」
「そうだ。ためしに、そういってみたまえ」
三根夫は帆村からへんなことをすすめられて、はじめは帆村がいたずらはんぶんにそれをいっているのだと思っていたが、そのうちにどうやらそれは帆村がしんけんになって、知りたいと思っているのだとさとった。それで三根夫はゆうかんに、すぐまえの果実店《かじつてん》の戸をおして、なかへはいった。
「もしもし、このりんごをください」三根夫は、はいると同時に叫んだ。
「はいはい、いらっしゃいませ。りんごはどれを、何個さしあげますか」
やわらかい女の声がひびいた。若い美しい声であった。それは三根夫のすぐまえのところに聞こえた。だが、ふしぎなことに、声の主の姿は見えなかった。
三根夫はきょろきょろあたりを見まわし、気味がわるくなって、唾《つば》をのみこんだ。
「りんごは何個さしあげますか」ふたたび美しい声が、たずねた。
「ええと、十個ください」
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