くありさまをじっと見まもっていたが、このときおどろきの声を発して、隊長テッド博士に呼びかけた。
「隊長。もうしばらくのうち星の光りは全部消えてしまいそうです。残っているのはあそこだけで、ふしぎだなあ、残っている星の群れは、円形の中にはいっています」
「なるほど。これはまた奇妙だ」
「ほら、ごらんなさい。円形の窓から眺めるような星の光りが、だんだん小さくなっていきます。窓がだんだん小さくしぼられていくようだ。ポオ君、見ていますか」
「見ているとも、帆村君」と助教授は帆村の肩へそっと手をかけた。
「まったくふしぎだね。こんな異変が天空に起こるという報告を、これまでに一度も読んだこともなければ、聞いたこともない。じつにふしぎだ。しかしこれは夢ではない。われわれは皆で、さっきからこの天の涯《はて》の異変をたしかに見たのだ」
「ねえ帆村のおじさん。ぼくは、とても大きい黒い袋のなかに包まれていくような気がします。おじさんは、そう感じないですか」
さっきから、だまってこの異常なできごとを見まもっていた三根夫少年が、このとき帆村の服のはしをひいてこういった。
「なに、黒い袋のなかに包まれていくようだと。……うまい。ミネ君。うまい表現だ。うまいいいあらわしかただ」
と、帆村が感心していった。
「なるほど、そのような感じだ」
隊長も、うなずいた。
「ああ、黒い袋の口が、ついに閉まる。みなさん見ていますか」
「見ているとも……」
一同は、いいようのない気味わるさをもって、天空《てんくう》にのこされた最後のせまい星の光りが消えていくのを見まもっている。
「あ、消えた」
「とうとう消えた。完全な暗黒世界だ」
「暗黒の空間なんて、はじめて見知ったよ。ああ、おそろしい」
「大宇宙が、消えてしまったんだろうか。地球へもどるには、どうすればいいのだろう」
恐怖のことばが人びとの口からほとばしった。こんな異変は、テッド博士も経験したことがなかった。
「ああ、もうだめだ。本艇の噴進もきかなくなり、昼の光りさえ見えない暗黒世界へ閉じこめられてしまったのだ。わたしたちは、もう何をする力もない」
「そうだ。われわれを待っているものは燃料の欠乏だ。食料がなくなることだ。そしてみんな餓死《がし》するのだ。ああ、おれは餓死するまえに頭が変になりたい」
もはや『宇宙の女王』号の救援どころではない。じぶんたちのうえに、おそろしい死の影がさしているのだ。
もうじぶんを救うみちはないか。
奇怪なるこの大暗黒の秘密は何?
真相不明
司令艇の操縦席が、会議場になってしまった。
最高幹部と、本艇内にいて、科学技術をたんとうする十二人の博士などが集まって、これからどうしたらよいか。そしてこの奇怪な現象はなにごとであるかの協議をはじめた。
帆村もこれにくわわっていた。三根夫もいた。三根夫は帆村からいいつけられて会議を聞きながらも、本艇の周囲にたいしとくに注意をしていることになっていた。少年は、テレビジョンの六つの映写幕へ、かわるがわるするどい視線を動かした。
「まず、いまわれわれがどういう目にあっているんだか、意見をのべてもらいたい」
隊長がいった。
「宇宙塵《うちゅうじん》のかたまりのなかに突入したのではないかと思います。だから星の光りが見えなくなった」
博士のひとりが意見をのべた。
「いやいや、そうでないと思う。宇宙塵のかたまりというものがあって、その中へ突入したものなら、本艇はその宇宙塵につきあたるから、手ごたえが感じられるはずです。しかしそんな手ごたえはないではありませんか。また宇宙塵の中といえども、本艇は噴進することができるはずであるが、実際本艇は一メートルも前進することができないのです。ですから宇宙塵の考えは正しくない」
「では、きみは何と考えるのですか」
「わたしは暗黒星《あんこくせい》へ突っ込んだのではないかと思いますよ」
「それはおかしい。暗黒星のなかへ突っ込んだものなら、そのときにはげしい衝突が感ぜられ、本艇は破壊するでしょう」
「いや、暗黒星には、ねばっこい液体からできているものもあると思うのです。そういうものの中へ突っ込めば、かならずしも破壊が起こりはしない」
みんなの議論がかっぱつになった。
「諸君は、もっとも大切なことを見のがしておられる。それは星の光りが消えはじめるまえに、本艇はうす赤い光りで包まれていたことだ。あの光りはなんであろうか。あのふしぎな光りの謎をまず解かなくてはならない」
「おお、それはいいところへ目をつけられた。きみは、どう解くのか」
「わたしの考えでは、本艇は、なにかの外力をうけて、あのきみょうな放電現象となったのであろうと思う。その外力はなにものか、それはまだわかっていないが、ともかくもその外力は、非常に大きな力を持っていると思われる。あのきみょうな放電現象によって、本艇の外廓《がいかく》のうえには、黒いペンキのようなものが塗られた。そのために外が見えなくなった。この考えはどうですか」
「なるほど、その説によると、外界《がいかい》が見えなくなったことは、説明できるが、しかし本艇がガスを噴射しているにもかかわらず、すこしも前進しないのは何故かという説明がつかない。それとも、このうえにもっときみは説明をくわえますか」
「その黒いペンキのようなもの――それは非常にねばねばしたもので、われわれにはちょっと想像もできないが、それはしっかり本艇を宇宙のある一点へとめているのではなかろうか。つまり蠅《はえ》がとりもちにとまって動けなくなったとおなじように、本艇は、そのねばねばしたまっ黒いものに包まれ、そして動けなくなったのではないですかな」
「その考えはおもしろいが、しかしそれは想像にすぎない。想像ではなく、もっとはっきりした事実をつかまえ、そのうえに組立てた推理でなくてはならない」
「ですが、地球のうえならばともかく、このように宇宙の奥まで入りこんでいるのですから、ここではだいたんなものさし[#「ものさし」に傍点]で測る必要があります。地球のうえだけで通用するものさしで測っていたんではだめだと思います」
「そういう議論はあとにして、もっと実際の問題を論じてもらいたいね」
と、テッド隊長は注意した。
すると一同は、だまってしまった。
どう解こうにも、さっぱり手がかりがないとは、このことだ。さすがの救援隊のちえ袋といわれる博士たちも、いいだすことがなくなった。
「なにか考えをいってもらいたい」と、隊長はさいそくした。
しかし一同は、たがいに顔を見合わすばかりだった。
やっと口を開いた者があった。それは帆村荘六だった。
「さっぱり手がかりのないことを、いくら論じてみても、むだだと思います。それよりはもうすこし時間のたつのを待ったうえで、なにか新しい手がかりのみつかるのを待ち、あらためて論ずることにしてはどうでしょうか」
「まあ、そういうことになるね」
隊長は、帆村の説にさんせいした。
「では、しばらく待とう。会議はひとまず解散だ」
そういって隊長テッド博士が椅子から立ちあがったとき、三根夫がとつぜん大声で叫んで、テレビジョンの幕面を指した。
「あッ、光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてきますよ。あれはなんでしょう」
光る怪塔《かいとう》
光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてくるとは何事であろう。
三根夫少年が指すテレビジョンの映画へ、隊長以下の視線があつまる。
ほんとうであった。たしかに光る棒が下方から伸びあがってくる。春さきの筍《たけのこ》が竹になるように伸びてくるのだった。
それまでは四方八方が暗黒だったから、テレビジョンの幕面にはなんの明かるいものも見えなかった。ところがいま、三根夫の発見により、はじめて艇外に、目に見えるものが現われたのである。
「なんだろう。やっぱり棒かな」
「棒ともちがう。割れ目のようでもある」
「割れ目? なんの割れ目」
「割れ目ができて、となりの空間のあかりが割れ目からさしこむと、あのようになるではないか」
「なるほど」
「ちがう。光りの棒でも割れ目でもない。光る塔だ」
「光る塔! なるほど塔みたいだ。そうとう大きなものだ。しかし宇宙のなかに塔があるとは信じられない」
「だめだ、そんな風に、地球上だけで通用する法則だけにとらわれていては、この大宇宙の神秘はとけないですよ」
「また、さっきの議論のむしかえしか」
「いや、そうとってもらっては困る。とにかくわれわれは、頭のなかを一度きれいに掃除しておいて、そのきれいな頭でもって、われわれの目のまえに次々にあらわれる大宇宙の驚異《きょうい》をながめる必要がある。そうでないと、その驚異の正体を、はっきり解くことができないからねえ」
「おやおや、すてきに大きい塔だ。どう見ても塔だ。わたしは気がたしかなのであろうか」
白光につつまれたその巨大なる怪塔は、下からぐんぐん伸びあがってきてやがて本艇と同じ高さにたっした。本艇の窓という窓には、艇員の顔があつまり、びっくりした顔つきでその光る怪塔を見まもる。
「帆村のおじさん。あの塔はなんでしょうか」
三根夫は、このときやっとわれにかえり、帆村に質問をかけるほどのよゆうができた。
「はっきりはわからないが、あれは相手がわれわれに、一つの交通路を提供しようというのじゃないかなあ」
「なんですって」
三根夫にとっては、帆村のいうことがさっぱりわからなかった。交通路の提供だの、相手だのというが、なんのことだろう。
「つまりだ、相手は、われわれに会いたいのだ。会うためには、あのような塔の形をした交通路を、本艇のそばまでとどかせてやらなくてはならない、相手はそう考えたんだろう」
「塔が交通路なんですか。どうしてですか」
「もうすこし見ていればわかるのではないかなあ。ほら、塔の先から、こんどは横向きに、籠《かご》のようなものが伸びてきたではないか」
「あッ。ほんとだ」
伸びるのがとまった塔のてっぺんは、すこしふくれていたが、そこから籠のようなものが横向きにぐんぐん伸びて本艇の方へ近づいてくるのであった。
「おそろしい相手だ」
帆村が、ひとりごとをいった。
それを聞きとめた三根夫は、
「帆村のおじさん。さっきから、おじさんは相手がどうしたとかいいますがね、相手とはだれのことですか」
「あの塔の持主のことさ。ああして塔をぐんぐんと、われわれのほうへ伸ばしてよこすのはだれか。それがおじさんのいう相手さ」
「だれなんですか、その『相手』は」
「本艇をすっかり暗黒空間でつつんでしまった『相手』だ。本艇の電波通信力をなくしてしまった『相手』だ。いくら本艇が噴進をかけても、一メートルも前進させない『相手』だ。これだけいえば、ミネ君にもわかるだろう」
「わからないねえ」
三根夫は、ため息とともにそういった。
「わかりそうなものではないか。宇宙を快速で飛ぶ力のある本艇を捕虜《とりこ》にすることができる『相手』だ。ただ者ではない。もうわかったろう」
「あッ。すると、もしや……」
三根夫はがたがたとふるえだした。
帆村がなにをいっているか、ようやくわかってきた。が、もしそれがほんとうならこれは大変なことだ。
「やっとわかったらしいね」と帆村は青白い顔にかすかな笑みをうかべた。
「ミネ君われわれは本艇とともに、ついに怪星ガンにとらえられたのだ。もはやわれわれは、怪星ガンの捕虜でしかないのだよ」
怪星ガンの捕虜になってしまった! ああ、なんという意外、なんというおそろしさよ。テッド博士以下の救援隊員の運命は、これからどうなるのであろうか。おそるべき怪星ガンの正体は何?
怪星の正体
怪星ガンの捕虜《とりこ》になってしまったというのだ。
これが、日ごろ深く尊敬し信用している帆村荘六のことばであったが、三根夫は、こればかりは、すぐに信用する気になれなかった。
なぜといって、あまりにだしぬけすぎる。とつぜん『怪星ガン』がとびだしてきて、
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