艇長。あなたの顔が――」
 と、テイイの叫ぶ声に、はっとしてスコール艇長は気がついた。かれは「しまった」とうなると、手をポケットに突込み、それから緑色のマフラーをつかみだし、くるくるッと自分の顔にまきつけた。
 まえばかり向いて説明をつづけていたテッド博士が、このとき気がついて、うしろにふりむいた。
「どうかされましたか。おや、あなたはガスコ氏!」
 博士は、ガスコ氏をいいあてた。が、博士の声は、あんがいあわてていなかった。あわてているのは、当の怪人ガスコだった。
「なにをいう。わしはガスコなんて者ではない」
 緑色のマフラーのなかで怪人の口が大きく動いた。と、とつぜんかれは、服の下から、針金を輪にしたようなものをとりだし、頭上高くあげた。そしてそれを高く持ったかれの右手はねらいをつけるためか前後へゆれた。その輪こそ、かれがテッド博士の顔めがけて発狂電波を投げかけようとするおそろしい発射器であった。と、かれの左手が服の下へはいった。そこには電波をだすためのスイッチがあった。
 かれはそのスイッチをおした。ああ、博士があぶない。


   ほえる怪人


 とつぜん、この機関室が鳴動した。
 電灯がすぅーと暗くなったかと思うと、天井につるしてあった二つの大きな金属球の間に、すごい音を発して、ぴかぴかッと電光がとんだ。
 その電光の一部は、ガスコ氏が高くさしあげた輪の上にもとんだ。
「あッ」
 と叫んで、ぱったりたおれた者がある。電光のとびつく輪を持って立っている怪人ガスコのうしろにいた事務長テイイが、悲鳴とともにたおれたのだ。
 たおれたと思ったテイイは、すぐはね起きた。そしてげらげらと、とめどもなく笑いだした。
「ちょッ、二度目の失敗だ」
 いまいましそうに怪人ガスコは舌打ちして、電波をだす輪を足許へなげすてた。
 すると、いままで部屋じゅうを荒れくるっていた電光がぱったりと停り、電灯がもとのように明かるくなった。
「わははは。これはいいおもてなしを受けたもんだ。稲妻《いなずま》のごちそうとは、親善の客にたいして無礼きわまる」
 電波が発射されるまえに、三根夫が大放電のスイッチを入れ電光をとばしたので、さしもの電波もテッド博士のほうへは向かわず、かえってあべこべに後へ吹きつけられ、テイイ事務長の頭をおかして、かれの頭を変にさせたのであった。
「おかえりになる道は、こっちであります」
 と、ロバート大佐が怪人ガスコにたいし、わざとていねいにいって腕をのばした。
「ふん。わしは礼をいう。いずれ後から、たんまりお礼をするよ。おい、事務長。みっともないじゃないか。さあ、早くこい。引きあげだ」
 怪人ガスコは、げらげら笑いの事務長を横にして抱えると機関室をでてどんどん走りだした。そのあとから三人の空気服を着た部下が、おくれまいと追いかける。
 帆村とポオ助教授も、それにつづいて走っていく。
 あとにはテッド博士とロバート大佐とが残っていて、顔を見合わせた。
「ロバート君。よくまあだんどりよく、あいつの仮面をはぎ、そしてあいつの害心を叩きつぶしてくれたね。お礼をいう」
「幸運でした、隊長。帆村君とポオ君とそれから三根夫少年が、すぐれたチームワークを見せてくれたのですよ。しかし、あれはやっぱりガスコ氏ですかな」
「それにちがいないと思う。あの緑色のマフラー、あの口のきき方、顔を見せないで、変装してきたことなど、ガスコ氏にちがいない。しかしふにおちないのは、飛行場に残ったはずのガスコ氏が、いつの間にギンネコ号にはいりこんだのか、それがわからない。
「怪しい人物ですね。あれはいったいどういう素性《すじよう》の人ですか」
「それは帆村君にも調べさせたんだがはっきりとはわからない。わかっていることは――」
 といいかけたとき、警鈴《けいれい》のひびきとともに壁の一方にとりつけてあったテレビジョンの幕面に本艇をはなれてゆく怪人ガスコの乗ったロケットがうつりだした。
「隊長、ごらんなさい」と、高声器の中から帆村の声が聞こえた。
「スコール艇長は、かれの部下のひとりが、最後に乗りこもうとして片足をかけたときに艇をだしたので、かわいそうに、かれはハッチから外へほうりだされて、あれあれ、あのとおり宙に浮いて流れています」
「おお、かわいそうに。非常警報をだして僚艇から救助ボートをだしてやれ」
 テッド隊長はむずかしいとは思ったが、いやなギンネコ号の乗組員ながら、ひとりの人命を救うために、重大命令を発した。
 怪人ガスコは、ぷんぷん怒って、ギンネコ号にもどってきた。出迎えた艇員の誰もが怪人ガスコのスコール艇長のそばに寄りつけない。
 ガスコは、艇長室へはいった。
 それからかれの部屋から、ベルがたびたび鳴った。入れかわりたちかわり、いろいろな人が呼ばれたが、いずれも頭や顔に大きなこぶをこしらえて、ほうほうのていで艇長室から逃げだしてきた。
「ちょッ。やくに立つやつはひとりもない。これっきりで、わしがぐずぐずしていた日には、女王《クィーン》から、どんなお叱りをうけるか、たいへんなことになる。こいつはなんでも早いところ、すぐさま宇宙線レンズで、テッド隊のロケット九台を焼き捨ててしまうにかぎる。そうだ。それしか手がない」
 怪人ガスコは、卓上のマイクを艇内全室へつなぐと、それに向かって命令のことばをどなった。
「砲員の全部は、宇宙線レンズのあるところへ集まれ。宇宙線レンズ係りは、すぐ使えるようにいそいでレンズを艇の外へ突きだせ。わかっているだろうが、これからテッド隊のロケットをぜんぶ焼きはらうんだ。わしはすぐ、そこへいく。それまでに用意をしておけ」
 マイクのスイッチを切ると、怪人ガスコは両の拳《こぶし》でじぶんの胸をたたきわらんばかりに打った。そしておそろしい声でうなった。それはどうしても野獣の叫び声としか思われなかった。


   大異変《だいいへん》


 ギンネコ号では怪人ガスコの命令により、宇宙線レンズ砲が、むくむくと動きだし、艇外へぬっと砲門をつきだした。
 あとは、ガスコの「焼け」という号令一つで、このレンズ砲が偉力《いりょく》を発し、たちどころに救援隊ロケット九台を火のかたまりとしてしまうことができるのだ。
 それぞれの宇宙線レンズ砲についている砲員たちは、ガスコの号令をいまやおそしと待ちうけた。
 ガスコは、レンズ砲の用意のできたという報告を受取った。よろしい、いまやテッド博士以下を赤い火焔《かえん》と化《か》せしめ、『宇宙の女王《クィーン》』号の救援隊をここに全滅せしめてやろうと、かれは覆面の間から、ぎょろつく目玉をむきだし、相手をにらんで「焼け」という号令をマイクにふきこむために、その方へ口を寄せた。
 ああ、テッド博士以下の救援隊員の生命は風前の灯である。全滅まえのたった一秒まえである。ガスコが、のどから声をだせば、すなわちテッド博士以下の生命はおわるのだ。
「ややッ!」
 おどろきの叫び声! 叫んだのは、余人でない、怪人ガスコだった。
 かれは両手でじぶんの大きな頭をおさえ、はあはあと、あらい呼吸《いき》をはずませた。
「ちぇッ、おそかったか……」
 と、ガスコが二度目のおどろきを発したそのときには、ギンネコ号の全体はうす桃色の光りで包まれていた。
 そればかりか、艇の外へつきだしたばかりの宇宙線レンズが、まるで飴《あめ》のように、だらんと頭をさげて曲がり、それからそれは蝋《ろう》がとけるようにどろどろととけて、なくなってしまった。なんというふしぎであろう。
 これでは、怪人ガスコがものすごい声をだしてざんねんがるのも、むりはない。いったいだれが宇宙線レンズをこんなにとかしてしまったのであろうか。いや、そればかりでない。ギンネコ号をうす桃色の光りが包んだときから、ギンネコ号は航行の自由を失ってしまったのだ。つまりいくら舵《かじ》をひねっても操縦はきかなくなり、いくらガス噴射を高めてみても前進しなくなったのだ。
 怪人ガスコは、頭をおさえたまま、どうと艇長室の床にたおれた。
 このギンネコ号の異変は、救援隊ロケットがやったことであろうか。
 いや、そうではないようだ。というわけは、テッド博士のひきいる救援隊ロケットにおいてもギンネコ号の場合にゆずらない異変がおこっている!
 九台のロケットは、やはり艇全体がうす桃色の光りでつつまれていた。
 操縦がさっぱりきかなくなり、前進もできなくて、まるで宇宙の暗礁《あんしょう》へのりあげてしまったようなことになった。
「故障! 原因不明!」
「航行不能におちいった。原因不明」
 そういう報告が、僚艇から司令艇のテッド博士のところへ集まった。
 ところがその司令艇も、ふしぎな故障で、航行不能におちいっているのであった。しきりに尾部《びぶ》からガス噴射をしているんだが、速度《スピード》計の針はじっと一所に固定してしまって、一目盛も前進しない。
「これはきみょうだ。こんなに猛烈にロケット・ガスを噴射しているのに、すこしも前進しないとはおかしい」
「外力がこのロケットにくわわっているわけでもないのに、完全に動かなくなるとはおかしい」
「しかしそれでは自然科学の法則にはんする。やっぱり外力が本艇にくわわっているのではないか」
「だってきみ、そんな外力を考えることができるかね。本艇のロケット推進力を押しかえしてゼロにするという外力が、どうしてあるだろうか。外を見たまえ。本艇の正面も尾部も異常なしだ。他のロケットで、本艇を押しもどしているようすなんかないものかね」
「ふしぎだ。わけがわからない。いったいどうしたんだろう」
 司令艇の機関部員たちは、あらゆる場合を考えて、この謎を解こうとしたが、謎はさっぱり解けない。
 テッド博士も、さすがにこれにはこまって、腕をこまぬいてうなるばかりだった。
(この異常現象はどういうわけで起こったか。それがわからないうちは処置なしだ)
 博士は、その異常現象が、九台の救援ロケットの破壊をすくったことさえ知らなかった。
「あッ、ふしぎだ。空から星が消えていく。隊長、あれをごらんなさい」
 叫んだのは帆村荘六だった。
 操縦席のまえの硝子《ガラス》窓をとおして、無数の星がきらきら輝いているひろい大宇宙が見えていたが、その星が、左のほうからだんだん消えていくのであった。まるで大きなひさしが天空を横にうごき、星の光りをかくしていくようであった。
 すわ、大異変!


   暗黒化


「おお、なるほど。星の光りがだんだん消えていく」
 テッド博士もおどろいた。いったい星の光りをさえぎっているものはなにか。
「なにかしらんが、大きなひろいものが星と本艇の間にあって、星の光りをさえぎっていくのですね」
 帆村の声が、いつになくうわずっている。かれはなかなかおどろかない男だが、きょうばかりは大おどろきの中にほうりこまれているらしい。
「そうだ。通信当直。レーダーで調べてみるんだ。あのおそろしいじゃまものはいったい何だかわかるかね。あれは本艇から、どのくらいの距離にあるのか、すぐ調べてくれ」
 テッド博士は叫んだ。
「だめなんです、隊長」
「だめとは何が?」
「今、ご報告しようと思っていたところですが、いますこしまえから、とつぜん僚艇との連絡通信が不可能になりました」
「やッ」
「こっちからいくら電波をだしても、僚艇から応答なしです。じつはレーダーもはたらかしてみました。ところが、これもだめなんです。つまり本艇の電波通信はさっぱり用をしなくなりました」
「レーダーも応答なしか」
「はい。困りました」
「困ったね。そしてわけがわからん。おお、ポオ助教授。きみにわかるかね、本艇の電波通信が用をしなくなった理由が……」
 テッド博士は、そばにポオ助教授が立っているのに気がついて、そういってきいた。
「ちょうど、非常にひどい磁気嵐《じきあらし》にでもあたったようですね。しかしいまのところぼくにも本当のことはわかりません」
 助教授も、さじをなげた。
 その間にも、帆村は、星の光りが消えてい
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