れの掌《てのひら》を下におした。
「お代はいくらですか。このりんごの代金はいくらになりますか」
 三根夫は、そういってしまってから、はっと気がつき、耳のつけ根のところまで赤くなった。なぜならば、三根夫は、この奇怪な世界において通用するお金を、びた一文も持っていないことに、今になって気がついたのである。
(しまった。つい、買物をしてしまったが、たいへんな失敗だ)
 店のかまえといい、姿は見えないが売り子の調子のいい応待といい、地球におけるサービスのいい店とおなじようであったために、つい気軽に買物をしてしまったわけだ。
「代金ですって。そんなものは、いりませんのです」
「えッ。りんご十個が、ただもらえるんですか」
「はあ、この店では、みんな無料でお渡しすることになっています」
「それでは損をするばかりではありませんか」
「いいえ、市民の健康を保つために、市民がたべたいと思う果物を市民に渡すことは、公共事業ですから、損ではありません」
「ついでにおたずねしますが、この町で売っているもので、りんごのほかにもただのものがありますか」
「ございます。衣食住にかんするすべてのものは、みんな無料で市民
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