はいっていって、『りんごをいくつ、ください』といってみたまえ。するとどうなるか。ただし三根クン、おどろいちゃだめだよ」
「おどろきゃしませんが誰もいない店へはいって、誰もいないのに、りんごを売ってくださいというのですか」
「そうだ。ためしに、そういってみたまえ」
 三根夫は帆村からへんなことをすすめられて、はじめは帆村がいたずらはんぶんにそれをいっているのだと思っていたが、そのうちにどうやらそれは帆村がしんけんになって、知りたいと思っているのだとさとった。それで三根夫はゆうかんに、すぐまえの果実店《かじつてん》の戸をおして、なかへはいった。
「もしもし、このりんごをください」三根夫は、はいると同時に叫んだ。
「はいはい、いらっしゃいませ。りんごはどれを、何個さしあげますか」
 やわらかい女の声がひびいた。若い美しい声であった。それは三根夫のすぐまえのところに聞こえた。だが、ふしぎなことに、声の主の姿は見えなかった。
 三根夫はきょろきょろあたりを見まわし、気味がわるくなって、唾《つば》をのみこんだ。
「りんごは何個さしあげますか」ふたたび美しい声が、たずねた。
「ええと、十個ください」
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