やる」
 そういったかと思うと、スコール艇長はいきなり事務長のえりがみをつかんでかるがると宙吊《ちゅうづ》りにした。そしてとなりの浴室の戸をあけて、中へつれこんだ。
 それからしばらく、生理的なテイイの声がげえげえと聞こえていたが、そのあとで水がばちゃばちゃはねる音がした。と、戸があいて艇長が事務長を猫の子のようにぶらさげてあらわれ、長椅子のうえにほうりだした。
 テイイが死にかかっているようにぐったりしていると艇長はどこから取り出したか、いばらの冠《かんむり》みたいなものを手に持って事務長の頭にかぶせた。そしてその冠のうえについている目盛盤をうごかした。すると事務長は、電気にふれたように、ぴくッとなり、棒立ちになってとびあがった。かれの頭髪は箒《ほうき》のように一本一本逆立ち、かれの目は、皿のように大きく見ひらかれている。
「あ、あ、あ、あ、あッ」
 かれは唇をぶるぶるふるわせたあとで大きいくしゃみを一つした。するとかれの頭から冠がぽんとはねあがった。スコール艇長はそれをすばやくじぶんの服の中にかくしてしまった。
「ふふふ。人間というやつは、あわれなもんだて、脳や神経の生理について、なんにも知っていない。ふふふ」
 艇長ははや口で、ひとりごとをいった。
「艇長、いまなにかおっしゃいました」
「おお、きみの気分はよくなったかと聞いたんだ」
「そうでしたか。おかげさまで、気分がはっきりしました」
 事務長は、そういって満足してしまった。もしスコール艇長のあのひとりごとを、他の人間が聞いていたら、さぞふしんに思ったことであろうに。
 そこで事務長は、怪艇長のうしろにしたがって、艇長室へはいった。ふたりは、せまいが、ふかぶかとした弾力のつよい椅子に腰をおろして向きあった。その椅子は重力に異常のあったときに、からだを椅子にしばりつけるための丈夫なバンドがひじかけのところについているものだった。
「さて、事務長。あのテッド博士のひきいる残りの九台の救援ロケットは、すこしもはやく破壊してしまわなくてはならない」
「はあ、なるほど」
 あんまりはっきりした話なので、さすがの古狸《ふるだぬき》のテイイ事務長も、かんたんな返事しかいえなかった。
「わしがこんど持ってきた器械に、宇宙線レンズというのがある。これは太陽をはじめ、他の大星雲などからもとんでくる強烈な宇宙線を、みんな集めてたばにするんだ。そうしてたばにした宇宙線を、地球じょうで一番かたい金属材料としてしられているハフニウムG三十番|鋼《こう》にかけると、どんな場合でも、まず百分の一秒間に、まっ赤に熱し、たちまち形がくずれてどろどろになり、そしてつぎの瞬間に全体が一塊のガス体となって消え失《う》せる。どうだ、宇宙線レンズはすごい力を持っているだろう」
「へへえッ、それがほんとうなら、大した破壊力を持っていますね」
「破壊力だけで感心してはいけない。またかなり遠方まできくんだ。原則からいうと、無限大の距離でもとどくんだが、まだすこし集めて一本にする技術が完全というところまでいっていないので、まず、四、五千メートル以内なら有効にはたらく」
「四、五千メートルまでなら、じゅうぶん使い道がありますよ。やくに立ちます」
「やくに立たないものなんか、わしは持ってこない。そこでだ、この宇宙線レンズの力を借りて、きょうはテッド博士のひきいる九台のロケットを全部焼いて、九つの煙のかたまりにしてしまおうと思うんだ。しっかりやってくれよ」
「きょうのうちにですか。それはどうも」
 と、事務長が艇長の気ばやいのにおどろいてるおりしも、外から電話がかかってきた。
「艇長ですか、テッド博士外一名が、これから二十分後に、こっちへきて、面会したいといって無電をかけてきました。どう返事をしましょうか」
「ふん、そうか」と艇長はちょっと考えて、
「わしのほうからうかがいますといってくれ。なにしろきのうは失礼しましたから、きょうはわしのほうがでかけますというんだぞ」
 艇長は、電話を切ったあとで、
「ちょうど、都合がいい。これから向うへいって、相手のようすをよく見てきてやろう。うまくゆけば、テッドのやつの頭を変にしてやろう」
 と、平気な顔で、そういった。
 いよいよ救援隊にとってゆだんのならない事態になってきた。あやしい、あやしい。


   猫かぶりの客


 救援隊ロケットの司令艇では、とつぜんのお客さんをむかえる準備にいそがしい。
 なにしろあの傲慢で、やくそくもなんにも平気でやぶって、かってなふるまいをしてはばからないゴロツキ艇ギンネコ号の首脳部が、きのうとはうってかわり、わざわざこっちへくるというのであるから、テッド隊長以下の面くらったのはあたりまえだ。
「ギンネコ号から、形の小さいロケットが発射されました。大き
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