だ気がついていない。
 そのはなれ業のことを、ここですこしばかり読者諸君にもらしておこうと思う。
 ギンネコ号が金属箔のかべを作ったあとのことであるが、流星かと見まごうばかりの快速ロケットが、救援隊とは反対の方向からギンネコ号にむかってどんどん距離をちぢめてくるのが、ギンネコ号にわかった。
 テイイ事務長などは、そのしらせを受けると、大満悦《だいまんえつ》であった。そしてギンネコ号を、そのほうへ最高速力で近づけるとともに、うしろにはたえずレーダー妨害用の金属箔の雲をまきちらした。
 快速ロケットはだんだん接近し、午前三時半頃には、ついにギンネコ号といっしょになった。たくみなる操縦によって、その快速ロケットは、ひらかれたるギンネコ号の横腹《よこはら》のなかに収容されたのであった。
 見かけは古くさいギンネコ号には、意外に高級な仕掛けがあったのだ。
 そしてこの快速ロケットは、銀色の葉巻のような形をしたもので、全長はギンネコ号の十何分の一しかなく、せいぜい一人か二人乗りのロケットらしかった。
 テイイ事務長に迎えられて、快速ロケットのコスモ号から姿をあらわしたのは、身体の大きな緑色のスカーフで顔をかくした人物だった。
「間にあったんだろうな」
 その覆面の人物は、きいた。
「はあ、見事におまにあいになりました。やっぱり親分はたいしたお腕まえで……」
「これこれ、親分だなんていうな。きょうからスコール艇長とよべ。おおそうだ。艇長室はきれいになっているだろうな」
「はいはい。それはもうおいでを待つばかりになっております。ええと……スコール艇長」
 スコール艇長はマフラーの中で顔をゆすぶって笑った。
「よし、満足だ。安着祝《あんちゃくいわ》いに、みんなに一ぱいのませてやれ」
「え、みんなに一ぱい?」
「おれの乗ってきたコスモ号のなかに、酒はうんとつんできてやったわい」
「うわッ、それはなんとすばらしい話でしょう。さっそくみんなに知らせてやりましょう」
「ちょっと待て。顔の用意をするから、おまえもうしろを向いてくれ」
 やがて、もうよろしいと、スコールの声に、テイイ事務長がふりかえってみると、そこには顔全部が灰色の髭《ひけ》にうずまったといいたいくらいの人のよい老艇長がにこにこして立っていた。
「あッ」と事務長はおどろいた。
「ふふふ、これならおれだという事はわかるまい。重宝《ちょうほう》なマスクがあるものだ」
 このへんでおさっしがついたことであろうが、快速ロケットのコスモ号で今ここについたスコール艇長こそ、社会事業家のガスコ氏によく似ており、またスミス老人が宇宙の猛獣使いと呼んだ怪人物にもよく似ていた。
 いや似ているどころか、まさにその人であったのである。
 素性《すじょう》ははっきりわからないが、どうやらすごい悪漢《あっかん》らしい。救援隊の第六号艇を爆破させたのも、またほかの僚艇に時限爆弾をなげ入れていったのも、この人物のやったことである。
 何故《なにゆえ》に、かれスコール艇長は、そのようなひどいことをするのか。またかれのいまかぶっている仮面《マスク》の下には、どんな素顔があるのか。それはともに一刻もはやく知りたいことではあるが、もうすこし先まで読者のごしんぼうをお願いしなくてはならない。
 さて、朝の午前九時から、ギンネコ号は針路をぎゃくにして、救援艇隊の主力が向かってくるほうへ引っかえしていった。
「なあんだギンネコ号はやくそくどおり、ちゃんと引っかえしてきたじゃないか」
 テッド隊長も、気ぬけがしたように、近づくギンネコ号の姿を見て、指先をぴちんと鳴らした。
「きょうはひとつわしがギンネコ号へでかけて、れいの空間浮標の件をかたづけてしまう。帆村君、きみもついてきてくれ」
 なにも知らないテッド博士は、そんなことをいって、きげんがよかった。その日こそ、じつは驚天動地《きょうてんどうち》の一大事件が救援艇隊のうえに襲いかかろうとしているのに、まだ誰もその運命に気がついていないらしい。あぶない、あぶない。


   宇宙線レンズ


 ギンネコ号の事務長テイイは、じぶんの机のまえで、うつらうつらしていた。昨夜らいのガスコ氏いや、いまではスコール艇長のもってきたふるまい酒をのみすぎて、ねむくてたまらないのだった。
「事務長。ちょっとこっちへきてもらいたいね。相談したいことがある」
 いきなり戸があいて、ひげだらけの老人がはいってきた。スコール艇長だった。
「はい。ただ今」
 事務長テイイは、ともかくもへんじだけをして椅子からとびあがったが、よろよろとよろけて足を机の角《かど》でうって、ひっくりかえった。
「事務長。だらしがないね。きょうはさっそく重大行動をとらねばならないのに、そんなふらふらじゃ困るね。よろしいわしがすぐなおして
前へ 次へ
全60ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング