た。その返事は、人をばかにしたようなものだった。
「本艇は、貴艇団のまん中において安眠することができない。また、いうまでもなく、本艇の行動は自由である。されど貴艇団にやくそくする、明日九時、本艇はふたたび、貴艇団のまん中へ引きかえすであろう。ギンネコ号艇長」
 貴艇団のなかでは安眠することができないとは、よくもぬけぬけといえたものである。


   錫箔《すずはく》のかべ


 それにしても、この返事がギンネコ号から発せられたので、救援隊としては、これいじょうに文句がいえない。で、そのままにして、引きつづきギンネコ号の位置に気をつけていることにした。
 そしてテッド博士以下の幹部も、またベッドへかえった。
 帆村荘六はベッドにかえらなかった。そして監視班の当直がつめている部屋の中へはいった。三根夫少年も、帆村につよくねだって、そのうしろへついていった。
 四名で当直をしていた。
 テレビジョンへ一人、レーダーへ一人ついていた。あとの二人のうち、一人は電源などに気をつけていたし、もう一人は記録をとっていた。
「たいへんですね。なにかあれば、ぼくと三根夫が伝令になって、隊長でも誰でも起こしてきますからね」
 と、帆村は当直の人びとにいった。
 あいかわらずギンネコ号は、遠くへはなれつつあった。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は、うまいことをいって、にげてしまうんじゃない」
 三根夫は心配でしかたがなかった。
「さあ、何ともはっきりしたことはいえないが、さっきあのように返事をよこしたんだから、まさかほんとうににげはしまい」
 そう答えた帆村も、レーダー手が新しい距離を測定してそれを曲線図にかいたのを見るたびに心配に胸がいたんだ。
 それは十二時近くであった。
「あッ、たいへんだ」
 と、レーダー手が、おどろきの叫び声をあげた。
 帆村はすぐ椅子からとびあがって、レーダー手のところへいった。
「どうしたんですか」
 するとレーダー手は、ブラウン管の膜面におどるエコーの映像を指してダイヤルをまわしながら、
「これごらんなさい、ギンネコ号がおびただしい電波妨害用の金属箔《きんぞくはく》をまきちらしたようです。このへんいったい、そうとうひろく、エコーがもどってきます」
「なるほど。とうとうみょうなことをはじめたな」
 ギンネコ号がまきちらしたらしい電波妨害用の金属箔というのは、よく飛行機などが敵の戦闘機に追いかけられたとき空中にまきちらす錫箔《すずはく》などをいう。これをまくと、レーダーの電波は錫箔にあたって反射し、レーダー手のところへかえってくる。そしてそのむこうにいるかんじんの飛行機は、空中にひろがる錫箔のかげを利用して、うまくにげてしまうのである。
 だからギンネコ号がそれをまけば、かなりひろい空間にわたって錫箔のかべができてしまい、ギンネコ号はそのかべの向うでにげてしまうことができる。つまり、こっちがその錫箔のかべをむこうへつきぬけないかぎり、とうぶんレーダーは何のやくもしなくなるのだった。
 テレビジョンの方も、視界がうんと悪くなって、ギンネコ号の姿を見うしなってしまった。
 まさに一大事である。
 やっぱりギンネコ号はにげるつもりだったんだな。
 帆村は隊長テッド博士のところへとんでいって、きゅうをつげた。
「ふーむ。これはもうほうっておけない」
 隊長はついに命令を発し、救援艇の第三号と第五号と第七号の三台に、全速力をもってギンネコ号のあとを追いかけ、電波妨害用の金属箔のむこうへ出、状況をよく見て報告するようにと伝えた。
 そこで三台のロケット艇は、隊列からぬけると、うつくしい編隊を組んで、ギンネコ号のあとを追いかけた。
 だが、彼《かれ》と我《われ》との距離は、いまはもうかなりへだたっていた。だからこの三台の追跡隊が、金属箔のかべのところまでいくには、四時間もかかって、午前五時となった。
 ようやく金属箔のかべをつきぬけたのはいいが、そのむこうにまた金属箔のかべがあった。何重にも、それがあったのである。だからそのうるさいかべの全部をつきぬけるには、それからまた二時間もかかった。
「何かご用でもありますか。いそいで本艇を追っかけておいでになったようだが……」
 とつぜん追跡隊へ無電がかかってきて、ギンネコ号からのいやみたっぷりな問いあわせであった。
「ええッ」
 といって、追跡隊の人たちも、この返事にはつまった。じつに間のわるい話であった。
 こっちをからかいながら、ギンネコ号は、いぜんとはうってかわって、いやにきげんがいい。
 ふしぎなことであった。


   覆面《ふくめん》の怪人物


 さすがのテッド博士以下の救援隊幹部も、また名探偵といわれたことのある帆村荘六も、ギンネコ号がひそかにやってのけたはなれ業《わざ》には、ま
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