まであげて宇宙を飛ばなくてはならないのです。スピードがあがらなければ、いっさい生物も機構も、そしてすばらしいガン星の歴史もまったく失われてしまうのです」いつもはのんき者に見えていたハイロが、深刻な表情を見せる。
「あれだね、さっきちょっと聞いたけれど、本星はアドロ彗星に追っかけられているんだそうだね」
「それを知っておいででしたか。三根夫さん。わたしはここでお別れしますよ。おくればせながら、わたしは配置へいそがねばなりません」ハイロはかけだそうとする。
「おっと、ハイロ君。ちょっと待ってくれたまえ。きみの配置はどこなの。あとでたずねていきたいから……」
「だめです。とてもこられませんよ。たとえきても、地球人の肉体では、生きていることができない場所です」ハイロはおそろしいことをいう。
「へえーッ。地球人は生きていられないというのかい。まるで地獄みたいなところなんだね。そういわれると、ますます聞きたくなる。いったいどこなんだい」
「もうお別れです。さようなら、三根夫さん。あなたはわたしをかわいがって、いろいろおもしろいものをくれました」
「お別れなんて、そんなことをいうと心細くなるよ」
「地球人の生命はもろい。わたしたちにはたえられる熱にも電気にも、光りにも空気密度にも、地球人の体質ではたえられない。お気の毒でなりません」ハイロは、さっきから妙なことをいっている。
「なにをいっているんだい、ハイロ君。そんなことよりも配置はどこなんだか、はやく教えたまえ」
「原子熱四百万度管区第十三区です。では三根夫さん。あなたの幸福と平安を祈ります」
「あッ、待ちたまえ」と、三根夫は、ハイロのほうへ腕をのばしたけれど、ハイロはもうふりむこうともせず、いそいでかけだしていった。そうしてその姿は、地階の下深くつうずる『動く道路』の乗り場をしめしている傘状《かさじょう》の塔のなかへ消えた。ハイロがいったように、これがかれと三根夫のさよならとなったことは、後になってそれと思いあたるのであった。
無人《むじん》の辻《つじ》
ひとりぽっちになった三根夫は、街をどんどんかけていった。
無人《むじん》の境《きょう》だった。ただどの店も、いつものように明かるい照明の下に美しく品物をかざっていた。ふしぎな光景だった。
「テッド隊長や帆村のおじさんたちはどうしているだろう」
一刻もはやくロケット艇《てい》へかえりつきたいものと、三根夫はねがった。辻のところまでくるとテレビジョン塔が、まえに聴衆もいないのに、ひとりでアナウンスをし、むだと見えるニュース画面を映写幕のうえにうつしだしていた。三根夫は、そのまえにちょっと足をとめた。
「……われらの敵アドロ彗星は、ただいま八十万キロの後方に迫っています。画面に見える白熱《はくねつ》の光りの塊《かたまり》がそれであります」とアナウンスの声に、三根夫は映写幕に目をうつした、なるほど漆黒《しっこく》の大宇宙がうつっているが、その左下のところに、ぎらぎらと白熱光をあげている気味のわるい光りの塊がうつっていた。光りの尾をひいているらしく、それがときどき方向をかえるのだった。そのたびに凄惨《せいさん》の気がみなぎった。
「……もしもわれわれが、ただいま以上にスピードをあげることができないとすると、あと約二時間三十分で、我々はアドロ彗星に追いつかれてしまう計算となります。ただし我々の機関区はいまなおこれいじょうにスピードをあげるために努力していますから、それに成功すれば、この時間のよゆうは、もっと延《の》びるはずであります。まだ非常配置につかない者は、全力をあげていそいで配置についてください」アナウンスは、心細いことを伝えている。三根夫はガン人のために深く同情した。
が、ガン人に同情するなら同時に、この怪星にとらわれて心るテッド隊長以下の地球人たちへも同情をそそがなくてはならない。ガン人が悲しい恐ろしい運命に追いつめられているいじょう、テッド博士以下の地球人たちも、また同じ悲運に追いこまれているのだ。
いや、地球人の立場は、ガン人よりももっと悪いのだ。危険なのだ。それはハイロがちょっと口をすべらしていったが、地球とこのガン星とは、まったくおなじ気候や空気密度などではない。地球にいま棲息している人間や動物植物は、地球の気候風土にたえられるものばかりであって、それにたえられないものはとちゅうで死滅《しめつ》し枯死《こし》してしまったのだ。
ガン星の気候風土が地球のそれと完全におなじなら、地球人はガン星のうえでも、ガン人とおなじように健康をたもって生きていられる。だが、じじつそうでない。地球とガン星とは、気候風土がかなりにかよっているとはいうものの、じつはだいぶんちがっているのだ。ガン人の身体は、地球人よりも、ずっとは
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