夫は、この非常事態がどうして起こったのか、どんな状況なのかを知りたいと思って聞き耳をたてながら走る。その間にかれは切れぎれながら次のような短かいことばを耳にした。
「ぐんぐん追いついてくるそうな。こっちはスピードがでない。いずれ追いつかれてしまうよ」
「……また襲われるのか。あの賊星《ぞくせい》とはもう縁がきれたと思っていたんだがなあ」
「……このまえの賊星プシではないらしいっていうことだぞ。プシ星よりは十数倍も大きな構築星《こうちくせい》だってよ」
「……分った、わかった。竜骨星座《りゅうこつせいざ》生まれのアドロ彗星《すいせい》だ。もうだめだ。あいつに追っかけられては、もうどうにもならん」
「アドロ彗星の尾に包まれてしまえば、一億五千度[#ママ]の高温に包まれるわけだからぼくたちの身体はもちろん、構築物も工場も何も、みんなたちまちガス体となってしまうだろう。ああ、おそろしい目にあうものだ」
「……そう悲観することはない。ガンマ王もそこはよく研究してたいさくが考えてあるはずだ。ほら、耳をすましてあれを聞け。エンジンの音が強くなったじゃないか。わがガン星もいまずんずんスピードをあげているぞ」
「アドロ彗星に追いつかれるか、うまく逃げられるか。はあ、これはどうなることか。やっぱりアドロ彗星にくわれてしまうんじゃないかなあ」
「けっきょく、ちえくらべさ。ガン人のちえと、アドロ彗星人のちえと、どっちが上かということさ」
「それははっきりしているよ。けたちがいだ。まえからアドロ彗星人は宇宙を支配するだろうといわれているじゃないか」
急ぐハイロ
三根夫とハイロは、ようようにヘリコプターをつないであるところへいきついた。
ところが、三根夫のヘリコプターは、見えなかった。誰かが使って、乗っていったものらしい。
「困った。一つしかない」ハイロが顔をしかめた。
「一つでもいい。ハイロ君。きみが乗りたまえ」
「だって、三根夫さんをここに残しておけないよ」
「いいんだ。ぼくはきみのヘリコプターの下にぶらさがっておりる。下街《したまち》へつくまでぐらい、なんとかがんばりとおすよ」
「息がとまっても、しりませんよ」
「そのときには、降下スピードをすこしゆるめてもらうさ」
「よろしい。それでは早くこれへ……」
ハイロはヘリコプターの座席にはいった。かれはじぶんの身体をゆわく皮バンド四本をじぶんの用には使わないで、外に垂《た》らした。そしてすばやく金具のところを結びあわせると、三根夫のほうを見て、皮バンドをたたいてみせた。
三根夫はりょうかいした。そして尻ごみすることなく、そのバンドの中へ両脚をつっこんだ。
「よろしい。出発だ」と、三根夫はバンドを両手でつかんだ。
「でかけますよ」ヘリコプターは吊り橋をはなれて、すうすうと下へまいおりていった。
それから下界へ到着するまでの時間の長かったことといったら、ハイロは座席からのびあがって、下にぶらさがっている三根夫の息づかいや、顔色を見ながらスピードを調節していったんだが、マスクも酸素管もない三根夫にとっては、この降下も楽ではなかった。かれはしばしば息がとまりそうになり、心臓はその反対にめちゃくちゃにはやくうった。でもかれはがんばりとおした。もっとも半分ばかりおりたあたりで楽になった。それから下はもちろんたいへん楽であった。
「やれやれ、助かった」
と、三根夫はため息をついた。そしてれいの大事な撮影録音機の包みが、ちゃんとじぶんの腰にぶらさがっているのをたしかめて安心した。下界《げかい》へおりると、さいわいにとがめられないで、地下へもぐることができた。すべり台式の降下路《こうかろ》にとびこんですーイすーイと地階を何階も通り越して、おりていった。そうしてやっとじぶんたちの居住区《きょじゅうく》までたどりついた降下路を街へでてみると、どうしたわけであろうか、人ッ子ひとり見えない。まるで、死んだ町のようであった。
「誰もいないよ。これはいったいどうしたのだろうかね、ハイロ君」
「わたしはおくれてしまったんですよ」
「おくれてしまったとは……」
「市民たちは、すでにめいめいの配置についてしまったのです。わたしは、大変におくれてしまった」
「でも、この町を空《から》っぽにしておくことは危険じゃないかね。やはり警備員をおかないと安心ならないと思うがね」
「いや、こんなところなんか、どうでもいいのですよ。市民たちの多くは、機関区のほうへいってしまったんですよ」
「機関区だって」
「ほら、三根夫さんをはじめに案内していって見せたじゃありませんか。最地階に近く動力室や機関室があったことを忘れましたか」
「ああ、あれか。どうしてみんなあそこへ集まるのかね」
「だってそうでしょう。わが星は、いま最大のスピード
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