つぐんだ。そして肩をすぼめてあごひげを小さくふるわせている。老人の顔色は血《ち》の気《け》をうしなっている。
 そのまわりにいた老婦人たちも、スミス老人のただならぬようすに気がついた。そしてスミス老人がぶるぶるふるえだしたわけを、それとさっして、これまた顔色が紙のように白くなり、ひざのあたりががくがくとふるえだして、とめようとしても、とまらなかった。花束までが、こまかくふるえていた。
 ずいぶん永い時間、みんなは息をとめていたような気がした。しかしじっさいは、たった二分間ほどだった。その間に、れいの緑色のスカーフで顔をつつんだ松葉杖の男は、人ごみの中にかくれてしまった。
「スミスのおじいさん、いまここを通っていったのが、そうなんですかね」
 ケート夫人が、さいしょに口をきった。くだもの店をもっているしっかり者と評判の夫人だった。
「しいッ。あまり大きな声をださんで……」
 とスミス老人は大きな目をひらいて言った。
「……わしの言ったことはうそじゃなかろうがな。だれでもひと目見りゃわかる。あのとおりあやしい男じゃ」
「やっぱり、そうなの? あのスカーフの下にどんなこわい顔がかくれているんでしょうね」
「おじいさん。あれが、さっきおじいさんがいった宇宙の猛獣使いなの?」
「そうじゃ。この間から、彼奴《きゃつ》がこのへんをうろうろしてやがるのじゃ。ひとの家の窓をのぞきこんだり、用もないのに飛行場のまわりを歩きまわったり、あやしい奴じゃ」
「なぜ、あの人が宇宙の猛獣使いなの。宇宙の猛獣て、どんなけだものなんですの」
「宇宙の猛獣を知らんのかな。アフリカの密林《ジャングル》のなかにライオンや豹《ひょう》などの猛獣がすんでいて、人や弱い動物を食い殺すことはごぞんじじゃろう。それとおなじように、宇宙にはおそろしい猛獣がすんでいるのじゃ。頭が八つある大きな蛇、首が何万マイル先へとどく竜《りゅう》、そのほか人間が想像もしたことのないような珍獣奇獣猛獣のたぐいがあっちこっちにかくれ住んでいて、宇宙をとんでゆく旅行者を見かけると、とびついてくるのじゃ」
「おじいさん。それはほんとうのこと。それとも伝説ですか」
「伝説は、ばかにならない。そればかりか、あのあやしい男はな、わしがこっそりと見ていると、ひそかに宇宙を見あげて、手をふったり首をふったりしておった。そうするとな、星がぴかりと尾をひ
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