えないことであって、それにおびえてだれも返事をする者がない。
姿なき声は、べつにきげんをそこねたようすもなく、ひきつづいて、こっちへことばをかける。
「どうか、みなさんは、この橋を利用してください。ごらんのとおり、この橋はまっすぐに伸び、やがてはしに達します。そこにはエレベーターがあって、上り下りしています。それに乗って、下までおりてごらんになるよう、おすすめします。みなさんはそこで、なつかしい市街《しがい》をごらんになることでしょう。いろいろな飲食店もあり、生活に必要な品物をも売っている店もございます。どうぞごえんりょなく、ご利用ください」なんということだ。まるで大きな百貨店の玄関で案内嬢から店内の案内を聞くような気がする。
だが、姿なき声がのべたてる案内は、とても信じられなかった。こんなへんぴな天空《てんくう》に市街などがあって、たまるものか。飲食店や売店があるといってもだれが信じるだろうか。いや、それどころかエレベーターのついている塔が、下から上へ伸びあがってきたことさえ、たしかに目で見たにちがいないのに、信じられないのだ。夢を見ているとしか考えられない。
こういう感じは、テッド隊長以下、すべての乗組員の頭のなかにあった。
「ご親切なることばに感謝します。ですが……」と隊長テッド博士は、あいさつをはじめた。
「ですが、われわれはいま、どういうところにいるのでしょうか。またあなたは、どういう方ですか。われわれには、あなたのお姿が見えないのです」
こっちからの話が、相手につうずるかどうか、博士には自信がなかったが、それはともかく、いいたいだけのことをいってみた。すると、相手が返事をした。
「いろいろ疑問をもっておいでのことは、よくわかります。今、それについて完全なるお答えをすることができません。それは、わたしどもが秘密事項をあなたがたに知られたくないというのではなく、完全なるお答えをして、あなたがたにわかっていただくには、かんたんにはいかないからです。つまり、かなりの時日《じじつ》をかけないと、おわかりになれないと思うのです。ですから、質問のすべてを一度にとくのはおやめになって、これから毎日すこしずつ、市街を散歩するなりだれかと会って話しあうなりして、だんだん疑問をといていかれたがよいと、それをおすすめします」
相手は、ますますねんのいった話しかたで博士
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