る》めると共に一つの角を曲りました。警笛を四隣のビルディングに反響させ乍ら、自動車は憲兵隊本部の衛門の前、数間《すうけん》のところに止りました。車から降りる時、歩哨《ほしょう》の大きい声が襲《おそ》いかかって来ました。見ると半身《はんしん》を衛門の上に輝く煌々《こうこう》たる門灯に照し出された歩哨が、剣付銃をこっちへ向けて身構えをしていました。
「何者かアーッ」
 と又歩哨が叱鳴《どな》りました。僕は、
「至急当直将校に会わせて下さい。内容はお目に懸《かか》らなければ言えませぬ。早く願います。僕の名刺《めいし》が此所《ここ》にあります」
 と私は学生の肩書のついた名刺を出しましたことです。歩哨は僕の年若さと、学生服とに好意をよせたものか、二三の押問答の末、折から衛門から我々の声を聞きつけて飛び出して来た僚兵《りょうへい》に僕を当直将校室へ案内することを命じて呉れました。
 当直将校丸本少佐は、何でもないという顔付をして僕の待たせられている応接室に入って来ました。僕は其の落付いた態度に、自分の持っている昂奮と不安とが、ややうち鎮《しず》められて行くのを感じました。しかしそれからのちの、重大事件の説明は、すらすらと搬《はこ》びませんでした。それは、小一時間に渡った問答――というよりも訊問――が続いたのちのことです。何等かの決意をした丸本少佐は別室に去りました。営内がこの夜更に少しずつざわめき出して来ました。電話のベルが廊下のあなたに三度四度と鳴らされて行きました。「坩堝《るつぼ》に滾《たぎ》りだした」不図こんな言葉が何とはなしに脳裡《のうり》に浮《うか》びました。
 室の外の長廊下の遠くから、入り乱れて佩剣《はいけん》の音が此方へ近付いて来ました。
 丸本少佐の外に士官が二人、兵士が二人うち連れだって室内に姿を現わしました。少佐は其の人達を僕に紹介して呉れましたが、一人は参謀《さんぼう》の川沼大尉、他の一人の阿佐谷《あさがや》中尉と二人の兵士は通信係の人達でした。少佐はこれより直ちに僕の家を訪問して、謎の短波無線局のセントー・ハヤオ氏の通信を聴きたいということを語りました。僕はまだこれ位語ってみても信用されない自分を一応は腹立たしく思いました。又こんなにさし迫《せま》った君国の一大事に対して、余りに呑気《のんき》らしい少佐及びその一行を咎《とが》めたい気持に襲《おそ》われました。が今は言い争うよりも、あれほど明らかな通信をこの人達に聴かせることによって、この一大事を直接彼等の手に委《まか》せた方が、万事に都合のよいことを考えなおすことが出来ました。僕はまた元のような緊張と昂奮を感じ乍ら、訪問を諾《だく》すると共に、自ら第一番に此の室を馳《はし》り出ました。

 僕が案内して家についた頃は、例の謎の通信者セントー・ハヤオと再び通信再開を約した午前四時に間もない時刻でした。僕は早速送受信機の機能を点検して、何等変りのないのを確めました。
 午前四時になると私は直ちに、呼出信号を発しました。これを数回打ってはやめ、受信機の方に空中線を切換えては其の応答を俟ちました。四時を十分ばかり過ぎた頃、相手の答が入って来ました。信号の強さは前よりも一層音量を増しているのが感ぜられました。空中状態が一層よくなったものとみえます。僕は手短《てみじ》かに経過を報告して、憲兵隊の方々《かたがた》を同道《どうどう》して来たことをセントー・ハヤオに物語りました。相手は大変嬉しいという意味の符号を打ち返して来ました。何か変ったことでもあるかと僕は彼に訊《たず》ねました。彼は早速報告したいと思うから憲兵隊の人に出て貰って呉れというのでした。僕は丸本少佐にこの旨《むね》を申しますと少佐は直ちに阿佐谷通信中尉に通信方《つうしんかた》を命じました。
 阿佐谷中尉は、直ちに私に代って通信席に就《つ》きました。丸本少佐に司令を受け乍ら受信が続々と行われました。何事《なにごと》をセントー・ハヤオから聴いているのか、又何事をセントー・ハヤオに打電しているのか、それは僕には少しも判りませんでした。何故《なぜ》ならば、僕が同伴して来た三人の将校達は、多分《たぶん》仏蘭西語《フランスご》と思われる外国語で話をしつづけました。幸《こう》か不幸《ふこう》か、仏蘭西語は僕には何のことやら薩張《さっぱ》り意味が判りません。唯三人の将校の顔面筋肉が段々と引きしまって来て、其の顔色は同じように蒼白化《そうはくか》し、其の下唇は微かに打ちふるえて来るのを看取《かんしゅ》することが出来ました。
 四五十分に続く通信が終ると、阿佐谷中尉は僕を招きました。セントー・ハヤオが僕に話したいことがあると言うのです。僕は、永いこと無理やりに距《へだ》てられた恋人同志が会うときのように胸をわくわくさせて受話器を取
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