れました。が今は言い争うよりも、あれほど明らかな通信をこの人達に聴かせることによって、この一大事を直接彼等の手に委《まか》せた方が、万事に都合のよいことを考えなおすことが出来ました。僕はまた元のような緊張と昂奮を感じ乍ら、訪問を諾《だく》すると共に、自ら第一番に此の室を馳《はし》り出ました。

 僕が案内して家についた頃は、例の謎の通信者セントー・ハヤオと再び通信再開を約した午前四時に間もない時刻でした。僕は早速送受信機の機能を点検して、何等変りのないのを確めました。
 午前四時になると私は直ちに、呼出信号を発しました。これを数回打ってはやめ、受信機の方に空中線を切換えては其の応答を俟ちました。四時を十分ばかり過ぎた頃、相手の答が入って来ました。信号の強さは前よりも一層音量を増しているのが感ぜられました。空中状態が一層よくなったものとみえます。僕は手短《てみじ》かに経過を報告して、憲兵隊の方々《かたがた》を同道《どうどう》して来たことをセントー・ハヤオに物語りました。相手は大変嬉しいという意味の符号を打ち返して来ました。何か変ったことでもあるかと僕は彼に訊《たず》ねました。彼は早速報告したいと思うから憲兵隊の人に出て貰って呉れというのでした。僕は丸本少佐にこの旨《むね》を申しますと少佐は直ちに阿佐谷通信中尉に通信方《つうしんかた》を命じました。
 阿佐谷中尉は、直ちに私に代って通信席に就《つ》きました。丸本少佐に司令を受け乍ら受信が続々と行われました。何事《なにごと》をセントー・ハヤオから聴いているのか、又何事をセントー・ハヤオに打電しているのか、それは僕には少しも判りませんでした。何故《なぜ》ならば、僕が同伴して来た三人の将校達は、多分《たぶん》仏蘭西語《フランスご》と思われる外国語で話をしつづけました。幸《こう》か不幸《ふこう》か、仏蘭西語は僕には何のことやら薩張《さっぱ》り意味が判りません。唯三人の将校の顔面筋肉が段々と引きしまって来て、其の顔色は同じように蒼白化《そうはくか》し、其の下唇は微かに打ちふるえて来るのを看取《かんしゅ》することが出来ました。
 四五十分に続く通信が終ると、阿佐谷中尉は僕を招きました。セントー・ハヤオが僕に話したいことがあると言うのです。僕は、永いこと無理やりに距《へだ》てられた恋人同志が会うときのように胸をわくわくさせて受話器を取
前へ 次へ
全14ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング