惑《とうわく》した。
「こらッ、喧嘩《けんか》したいやつは、こうして呉れるぞ」
 ノルマン船長の足が、つつと前に出たかと思うと、彼の両腕が、さっとうごいた。と思うとたんに、彼の両腕には、すぐ傍にいた平靖号の水夫一名と、ノーマ号の水夫一名とが、同じく襟《えり》がみをとられて、猫の子のように、ばたばたはじめた。このほそっこい船長には、見かけによらない力があった。そのまま船長は、つつッと甲板をはしって、
「えいッ。」
 というと、二人の水夫を、舷からつきおとした。おそるべき力だ。船長は、或る術を心得ているのかもしれない。
 どどーンと、大きな水音《すいおん》がした。
「どうだ。後の奴も、海水の塩辛《しおから》いところを嘗《な》めて来たいか。希望者は、すぐ申出ろ」
 と、威風堂々と、あたりを見まわしたが、そのいきおいのはげしいことといったら、見かけによらぬノルマン船長の怪力を知らない者は、窒息《ちっそく》しそうになったくらいである。
「おい、みんな。帰船だ」
 事務長は、そういって、ノルマン船長に、型ばかりの挙手の礼をおくると、自分はいそいで、舷側に吊った縄梯子《なわばしこ》の方へ歩いていって
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