んだ。
 艦長は、それを聞いて、双眼鏡をにぎりしめ、ぐっと顎《あご》をむこうへつきだした。
「追え!」
 命令は下ったのだ。
 駆逐艦松風は、まもなく全速力で、怪船のあとをおいかけた。艦首から左右に、雪のような真白な波がたって、さーっと高《たか》く後へとぶ。
 一体あの怪中国船は、どこの港から出てきたのであろうか。どんな荷をつんで、どこへいくつもりなのであろうか。いま怪船のとっている針路からかんがえると、南シナ海をさらに南西へ下っていくところからみて、目的地はマレー半島でもあるのか。
 小さな貨物船は、速力のてんで到底わが駆逐艦の敵ではなかった。ものの十分とたたない間に駆逐艦松風は、怪船においつき、舷と舷とがすれあわんばかりに近づいた。
 駆逐艦のヤードに、さっと信号旗がひるがえった。
“停船せよ!”
 怪貨物船は、この信号を知らぬかおで、そのまま航走をつづけた。甲板《かんぱん》上には、たった一人の船員のすがたも見えない。さっきまでは、そうではなかった。双眼鏡のそこに、たしかに甲板にうごく船員のすがたをみとめたのに。
 停船命令を出したのに、怪船がそれを無視してそのまま航走をつづけると
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